農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 命と暮らしを守る21世紀の農業を考える

 農業と産業の「融合」へ壮大な実験の成功目指す
対談 三洋電機会長井植敏氏に聞く
三洋電機会長 井植 敏氏
京都大学名誉教授 藤谷 築次氏

 井植会長は、父の出身地・淡路島に愛着がある。子どものころは島に行き、祖母と一緒に野菜を作ったりもした。農業と産業の「融合」という発想の原点は淡路島にあるといえる。島には三洋グループの工場が幾つもある。会長は、この島をクリーンエネルギーの「生産基地にしたい」ともいう。同グループには、世界最高効率の太陽光発電システムなどの技術がある。環境保全と経済発展の調和がグループのコンセプトだ。会長は、環境に優しい農業の問題についても大いに語った。


「国民会議」で衆知集める JAの出番にも期待して


◆理解者は財界にもいる


井植 敏氏

いうえ・さとし
1932年兵庫県生まれ。56年同志社大工学部卒。同年三洋電機入社、86年社長、92年会長。大阪商工会議所副会頭。三洋電機(株) 総合家電大手。近年は環境調和型・環境対応型製品の研究開発と生産に積極的。「創エネルギー」「省エネルギー」「蓄エネルギー」の技術で地球の温暖化防止に貢献していきたいという方針。

 藤谷 最近、設立された「農林水産業から日本を元気にする国民会議」の議事録を読んで、井植さんのような熱い思いを農林水産業に対して持っていらっしゃる財界人がいることに感動しました。ご年配の世代には農村出身の財界人が多いのですが、しかし今のリーダー層には、農林水産業に対する理解者がどれくらいいるのか、私は大変心配しています。どうでしょうか。

 井植 今回の「国民会議」について、私が多くの方々に、お話をしてみた結果、非常に関心が高いとわかりました。例えば国民会議の幹事になっておられるリコーの浜田広・最高顧問は、子どもの教育にとって農業が非常に大事だと積極的に考え、廃業した農家を会社で買い取って農業塾をつくり、都会の子どもに土をさわらせてみるところから教育を始めようとされています。
 1980〜90年代にかけ、農業と産業の関わりは、お互いに離反していくような形が強くなりました。それまでは、家電についていいますと、日本経済成長の中で、基本的に農業政策も良く、裕福になった農家が家電の商品を買うようになったという(家電産業)成長の基本が農家の方々によってつくり出されました。その前には農地開放があり、食糧難からも脱却し、少しの努力で、みんなが豊になるという関係にありました。
 50〜70年代にかけ、農業の成長につれて国内消費も伸びてきたということが(世間では)余りわかっていないようですね。私は69年に三洋電機とサムスンの合弁会社をつくるため韓国に行きましたが、日本は農業政策に力を入れてきたのに、韓国は農業から搾取する形をとったために経済成長が遅れたとの話が出ました。その後、韓国はセマウル運動を展開しましたが、そうした国際的な比較も産業界では余りされていません。


◆戦後の歩み振り返って


 井植 やはり農業を先行させ、豊かにさせたことが日本では経済・産業に影響を及ぼしたわけです。同時に農村には子どもが多く、それが集団就職などで都会に出て人材となり、産業を発展させました。今も農村の方々は農閑期に産業を応援してくれます。
 それは、収入がないから“出稼ぎ”をするんだといわれますが、しかし産業界から見れば、農業からの協力を得ているのです。長期的スパンで振り返って考えれば、農業と産業の問題がお互いに融合してきたことが日本の発展につながったんだという結論になると思います。
 ところが、このことが余り取り上げられられないのは、例えば農水省と経産省のコミュニケーションがないという風習などによると思います。政府と産業界にしても21世紀に入って、情報の交換がし難いのです。国の将来を考える場は、もっと広げないといけません。そこで私は国民会議の場に期待しています。
 経済人から見ると、私どもの仕事の、どちらかというと売上金額の高いものがだんだん減っていって、日本は付加価値だけを外国に売るという商売に変わっていこうとしています。ところが(輸入)食料は外国から最終商品価格で買わないといけないから10年、20年先には外貨がなくなってくる、今の経済の動きからも、人的資源からも(高い価格での食料輸入は)できなくなってくるでしょう。
 そんな時に食料安全保障がしっかりできていなければ、えらいことになります。せめて50%台でも自給できる体制を整えておけば、そういう圧力に屈することが少なくて済むだろうという気持ちです。私たちの年代が体験してきた食糧難の時代の苦しさを孫たちには味あわせたくないということで、食料安保の問題を、みんなで考え合っていこうと思っています。


◆経済成長を支えた農業


 藤谷 日本経済の成長発展を農業がどう支えてきたのかということは、農業経済学の分野では常識ですが、おっしゃる通り国民の常識にはなっておりません。また日本経済調査協議会の「農業・農政改革の提言」や経済同友会の農政改革提言などは、農業の発展の可能性は大きいなどと書いていますが、その中身は私ども専門の立場からすると、いい加減にしてほしいといった立論で残念です。食料自給率の向上にも触れていません。こうした点、どう思われますか。

 井植 東京の人の多くは、実物の社会の中で活動していません。知識だけの活動です。関係の会社が地方にある方でも、団体の場では本音の主張をしていません。例えば、農業がしっかりしないと自由貿易協定(FTA)が締結できないなどという議論にすぐなります。FTA問題では、やはりアジア全体の農業をみんなで考えなければなりませんが、豊かな飽食の時代とあって、食料問題なんかは議論していないようです。

 藤谷 私は欧米の農業を調査して参りましたが、欧州には農業と農政のあり方に骨太の国民的合意があります。財界の方も財政支出の効率化には注文をつけますが、農業支援は当たり前だとしています。日本の不幸は国民世論が分裂し、合意の形成がないということです。

 井植 農業だけではなく、今度の年金問題にしても、国民的同意をコーディネートしていく能力がない国になってしまいましたね。例えば米国のオハイオ州などは、耕耘機による深耕で上層が砂地化してしまった問題を地方全体で心配していましたよ。日本に、合意していこうという姿勢がないのは、マスコミにも責任があると思います。


◆百姓には「百」のノウハウ


 藤谷 私も、そう思います。

 井植 何が、その地方にとって、また国にとって重要問題であるのかを、よく取捨選択して報道してもらいたいですね。

 藤谷 その意味で、国民会議の幹事の方々の発言には賛同しかねる部分も多いのです。

 井植 いや、違う意見の方々を集めて、その情報をまとめていかないと方向性をはっきり出せません。また意見を出すだけでなく、多くのプロジェクトを立ち上げて、みんながそこに参画して具体的に(事業モデルづくりなどを)実行し、その情報を共有して方向性を出していきたいと思っています。
 国際的に見て今、日本の一番大きな資源は水です。中国では恐ろしいほど水位が下がっている状態で、農業の今後が心配されます。幸い日本には雨が多いから、今後はさらに植林なども含めて考え、プロジェクトで追求していきます。より生産性が高いとか、有機とか、いろいろな形の農業があるから、実行していく仕事も多いのです。
 ところで、百姓という言葉は差別的だとテレビ局からいわれましたが、私は百のノウハウを持っていないと農業はできないという考えで百姓といっています。産業も、その血を継いで、商品を大切に製造しています。
 そのやり方も大量生産方式から屋台方式に変わってきています。1人で百くらいの部品を付けていきますが、これは農耕民族の特徴を生かした方式です。


◆農業の自立とは何か


藤谷 築次氏

ふじたに・ちくじ
昭和9年愛媛県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済学専攻)修了。京都府立大学農学部教授を経て京都大学農学部教授、同大学院農学研究科教授、平成10年定年退官後現職。日本協同組合学会会長等を歴任。著書多数。

 藤谷 国民会議の設立趣意書には「農林水産業は自立していない」と書いてありますが、では「自立させる」とはどういう意味でしょうか。米国だって農業は大変に保護されているし、EUも保護によって生産意欲が高まり、結果として食料自給率が向上しましたが。

 井植 例えば、年収150万円ほどのお百姓は年金をもらって、やっとですから、どのように(営農)単位を広げるかとか農機具にしてもレンタルのサービスをもっとうまく受けるようにするなどといった知恵を出す必要があり、そういう個々に自立してもらう問題があります。
 もう1つは、補助金カットというようなこととは違って、補助金をもっとうまく使うようにみんなが考え、地域の合意を得られるようにするという意味で自立していく問題もあります。
 それから農業、林業、漁業は循環の中にありますから、野生動物が野荒らしをしないような植林を地域で考えるといった環境問題での自立もあります。
 JAは個々の農家の情報を持っておられるのだから、それを基盤に70年代までのやり方を変えて「自立」の中心になっていく必要があると思います。


◆団塊世代の対策考えて


 井植 私は淡路島で見ていますが、タマネギ、コメ、レタスやキャベツの三毛作で、肥沃だった土の色が変わってきており、化学肥料を入れ続けても10年先には収穫がなくなってしまうのではないかと心配です。そこで産業界が堆肥工場をつくることを物流なども含めて考えることも必要ではないかと思います。

 藤谷 農業と産業の融合とか、産業も農業との兼業を考えるべきだという井植さんの発想は非常に魅力的ですが、この具体化に成功すれば井植さんは日本農業の救世主になりますよ。

 井植 いやいや。これからは団塊の世代が定年退職となりますが、日本のシステムは平均寿命60歳で構築されているのに、今は80歳に延びており、06年になると、65歳がくるまで年金がもらえません。では5年間どうするのか。これまで消費を支えてきた人たちが無収入となれば日本経済が崩壊しかねません。
 そこで団塊の世代を有効に使って、なおかつ国際競争に勝たなくてはならない。そういう仕事は産業だけでは考えられないから、農業と産業のビジネスユニットをつくり、給料を半々ずつのシェアにする方法を考えなくてはなりません。そういうことを考えようとする実験を国民会議が始めようとしています。


◆難しいとは考えない


 井植 私どもは田舎で商品を製造しており、従業員の3割は農家だから、週のうち何日間を工場への出勤と農業に振り分けるかなどといったノウハウを持っています。だから余り難しくは考えていません。年収は300〜350万円くらいにしたいものだとも考えています。
 それから高齢者向けの農業機械を開発する必要も出てきますね。ガソリンではなく電動にして機械の重量を減らすことも課題になります。そうした分野では、農機のレンタルを考えるなどJAのノウハウが必要です。
 そういった農業と融合した工場が故郷にあれば、都会から帰郷する人もあるでしよう。

 藤谷 私どもとしても、井植さんの思いを熱く受け止めたいし、壮大な実験の成功を見守りたいと思います。

インタビューを終えて
 地位の高い人にありがちな傲慢さなど一欠片もない、優しさと包容力に富んだ人間味溢れるお人柄に、まず感動を覚えた。こういう指導者こそが企業を成功に導くのか、と刮目した次第である。
 一流企業の頂点を極めた井植会長ご自身が、明確な使命感をもって立ち上げに尽力し、そのリーダーの一人として運営に全力投球で立ち向かおうとされているのが「農林水産業から日本を元気にする国民会議」であるが、食料自給率の向上の大切さを明言される会長には、国家的、国民的視点で、子供や孫の時代を見据えて国づくりを進めなければ、大変なことになる、という切実な思いがある。
 淡路で生まれ育った子供の頃の思い出話は印象的であったが、会長の切実な思いの原点は、まさにふるさと淡路の当時の美しい農村風景、豊かな山と海なのだと理解できた。あの姿を取り戻すことなしに、日本の未来はないのだと―。私にとって示唆深く、印象深いインタビューであった。(藤谷)

(2004.7.26)


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