農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 鼎談 「これでいいのか? 基本計画見直し論議」(1)

 農業の持続的発展こそ農政の核心
―求められる食料安定供給のための施策検証―

福岡県・JAおんが代表理事組合長 安澄夫氏
横浜国立大学教授 田代洋一氏
東京農工大名誉教授 梶井 功氏

 食料・農業・農村政策審議会企画部会では、基本計画の見直しの議論を進め8月10日に中間報告をまとめる予定になっている。その中間報告をもとに、新たな基本計画づくりに向けてJAグループをはじめ各界での議論が一層本格化することが望まれる。
 本紙ではこの秋に「これでいいのか? 基本計画見直し論議」をテーマにシンポジウムを開催するを予定。基調報告者に梶井功東京農工大学名誉教授、田代洋一横浜国立大学大学院教授、安澄夫・JAおんが組合長(審議会委員)にお願いしている。本紙ではシンポジウム開催に先立って座談会を企画、議論の問題点を3氏に話し合ってもらうことにした。座談会は3回を予定。今回は中心課題である食料自給率について議論してもらった。

 

新たな基本法の理念に立って正面から自給率向上の議論を


◆現行基本計画の柱は食料自給率の向上


梶井 功氏
かじい いそし
大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 梶井 この座談会のテーマは、現在行われている「基本計画」の見直しについてです。
 なかでも今日問題にしたいのは、これまでの「議論の仕方」についてです。というのも現在の基本計画は食料自給率の問題をどうするかを中心に組み立てられているからですね。
 基本計画の策定を定めているのは基本法の第15条ですが、そこで基本計画は食料自給率の問題を中心に策定するときめています。現行の基本計画はそれに忠実に策定されているといってよい。
 ですから、基本計画の見直しを議論するのであれば、何よりもまず中心課題である食料自給率が現在どうなっているか、上がる方向にあるのかどうかを点検すべきです。
 上がる方向で進行しているとすれば平成22年までに目標の45%に達することができるのかどうかを吟味すべきだし、一方、そうでないとすれば、これまでの施策のどこに原因があって目標達成が難しくなっているのか、というように議論を展開していくのが筋だと思います。
 45%という目標数字も簡単に決めたわけではありませんね。現行の基本計画を策定するときの議論では、本来は日本国民を安心させるためには50%を目標にするのが筋だ、しかし、急には難しいから、いくつかの施策を講じることによって、この程度の数字は平成22年には実現するであろうということから、45%と設定したわけです。
 そういう設定の仕方からすれば、これまでに講じてきた施策の点検をまず企画部会はすべきだったと思います。


◆生産・消費の両面で検証すべき施策の実効性


 梶井 その施策も生産面だけではなく消費の問題も関わることから、農水省、厚労省、文科省の3省で食生活指針を作成しましたね。そのなかには、やはり自給率向上には米の消費拡大が大きく関係することから、ごはんを中心とした食生活をしましょうということも入っています。
 この指針を徹底させるための施策も講じたはずです。その結果、どういう成果を上げたのかということも議論すべきだと思います。たとえば、将来とも米の消費に影響を与える学校給食への米飯導入の施策はどうだったのか。ところがこういう施策の吟味、議論は行われていない。
 生産面では麦、大豆についても生産の重要性を掲げただけではなく、たとえば、小麦では製麺適性の改良などそれぞれの品目で品質面の課題を上げていた。その課題はどこまで解決できたのか。たしかに麦、大豆の生産量は増えていますが、今回の議論でも需要とのミスマッチがあると指摘しています。しかし、ミスマッチがあることはすでに分かっていたのですから、技術課題を示してあったのです。その技術課題がどうなったのかということを点検するのが企画部会の今回の仕事ではないか。


◆飼料自給率向上も大きな課題 成果と今後の課題をまず示せ


 梶井 さらに自給率問題の最大のポイントは飼料自給率です。飼料作物の生産体制はどうなっているのかということを問わなければいけません。現行の基本計画で策定した飼料作物対策がしっかり実行されていれば飼料自給率は上がったはずです。しかし、現実には作付け面積自体が減少している。水田の転作作物として政策的にも手厚く対策を打ったホールクロップサイレージは増えていますが、畑作での飼料作物は減っているという状況ですね。
 もちろん飼料作物生産対策として打ち出されたもののうち、いくつかは成功しているものもある。たとえば、飼料作コントラクターを増やして生産性を上げようということでしたが、現実に北海道では飼料作コントラクターは倍増近くになっています。ただし、都府県はうまくいっていない。では、なぜうまくいかなかったのか、どこに問題があったのかを検証すべきです。日本型放牧も課題にあげていましたが、どうなったのか、検証されていません。
 こういうことに取り組まずに議論していることがまず問題ではないか。いかがでしょうか。


◆変貌する農村のなかで自給率問題をどう考えるか


安澄夫氏
あたか・すみお
昭和28年福岡県生まれ。昭和51年鳥取大学農学部卒。平成11年〜14年芦屋町認定農業者の会会長、平成12年独自に農業経営改善計画を作るため、表計算ソフトを使った「営農シミュレーション」を作成して発表。平成13年遠賀郡農協代表理事組合長就任、平成13年福岡県農協中央会理事就任、平成14年福岡県農協中央会監事就任、平成15年農林水産省の食料・農業・農村政策審議会委員に就任。

  審議会の委員の立場からすると議論のレールが敷かれているなかで意見を出してきたという面はあります。ですから、まず自給率の問題を議論すべきだったのではないかと言われると、そうだったのかという思いもします。
 ただ、私の立場からすると、自給率の問題は農政、国家の問題ではあるでしょうが、農業をやっている農家の問題ではないということです。
 昔から思っているのは、農政は農業に対して食料生産という点しか見ていないということです。食料というモノの供給の場としか見ていない。ですから、むしろ企画部会で申し上げているのは今回の議論に農村という問題が何も出ていないではないかということです。
 たしかに産業としての農業と捉えるなら、強者の論理で政策の対象を絞るという考え方でいいのかもしれません。しかし、社会という視点で考えるなら9割以上の弱者で構成されているわけです。今回の議論はその農村社会というものを切り離します、ということなのかという思いがあります。
 食料自給率の問題は重要だと思いますが、農政はどこを見ているのかという問題をまず感じます。農家にとっては自給率がどうなるかよりも農村がどうなるかが重要なことなんです。
 今回の議論では自給率以上にこうした農村の問題については一言も言及されていないと思いますね。


◆農業者の関心は農村の将来 農業と農村の姿を捉え直せ


 梶井 旧農業基本法は法律としては農村のことに全然触れていなかったけれども、新基本法は名前からして「食料・農業・農村基本法」ですから、農村の問題を農政が初めて正面から取り上げることにしているはずなんです。それが基本計画論議のなかで出てきていないとすれば問題ですね。

鼎談風景
鼎談風景

  農村というのは農業者を含めた生活の場なんですよね。実は私も専業農家でピーク時には10人以上のパートを雇っています。その方たちはほとんどが地域内の団地に住む人たちです。ということは農業に従事している人が農村には住んでいないということです。従来の牧歌的な農家が農業を営んでいるという姿ではない。農家が農業を営んでいるという姿であればこれは農村が農村としてのイメージで存在すると思います。
 しかし、今のように経営を重視してくると経営者と労働者とが分かれてきます。たとえば、今度の議論では生産者の経営意識を向上させていくことが必要とされていますが、これはおかしいと言っています。かつて食管法のもとでは経営というものは必要なかったわけです。ところが自由度が高まり競争の世界になると経営というものが求められるようになる。
 しかし、経営力というものはすべての人に備わっているわけではありません。農業の経営力というなら5%か3%かの人になってしまい、つまり農村を構成している人が分化していくことになる。
 そうすると農地のある集落という意味の農村はあるけれども、農業に携わっている人がいる集落という意味での農村はなくなるのではないか。農業者をどうみるかによって農村がどうなるか変わってくるのではないかということです。この点も基本的な視点として重要だと考えています。

 田代 その問題はあとで改めて議論するとして、基本計画の見直しでは、食料自給率の問題をまずきちんと議論すべきだというのはまさにその通りだと思います。
 今回の基本計画の見直しの背景には言ってみれば、ひとつはWTO交渉というがんじがらめの枠組みがあるということ、もうひとつは財界からいろいろな提言がなされていて締めつけがあるということだろうと思います。つまり、国際的な締めつけと国内的な締めつけのなかで、どう見直していくかと追いつめられてしまっている感じがしますが、農政としてどうするのかが大きな課題だと思います。いろいろある詰めるべき農政諸課題のなかで、やはり食料自給率は中心的な問題になると思います。


◆食の安心への関心の高まり世界的な食料不足の時代


田代 洋一氏
たしろ・よういち
昭和18年千葉県生まれ。東京教育大学文学部卒業。経済学博士。昭和41年農林水産省入省、林野庁、農業総合研究所を経て50年横浜国立大学助教授、60年同大学教授、平成11年同大学大学院国際社会科学研究科教授。主な著書に『新版 農業問題入門』(大月書店)、『農政「改革」の構図』(筑波書房)、『WTOと日本農業』(同)など。

 田代 実は、新基本法制定を議論したときには、はっきり言って農政としては食料自給率は取り上げたくなかった問題だったと思いますね。しかしながら、やはり国民の声に押されて取り上げざるを得なかった。取り上げた以上はかなりまっとうに問題を整理して扱ってきたということがあると思います。
 消極的な姿勢であれ取り上げたことは正しかったと言えますし、たとえば、現行基本計画策定後に起きたBSE問題などの経験から、グローバル化が進んでいくなかでは自給率を高めていかないと本当の意味での食の安全性は確保できないという点の意識が広まったことからしても、自給率を政策課題としたのは正しかったと思います。
 もう少し身近なことでいえば、今回の参議院選挙で全政党が自給率問題を正面から掲げざるを得なかったわけですね。そこには依然として国民には食料自給率を高めてほしいという気持ちがあるからだと思います。
 ですから農政にとってはWTO交渉などの課題を抱え苦しい時期でしょうが、今の基本法は農業者のためだけではなく消費者のための政策展開とはっきりうたっているわけですから、国民のニーズに応えるというスタンスに立てば、やはり食料自給率をまっこうから掲げて正面からぶつかることが必要ではないかと思います。


◆「日本提案」でも世界に主張、貿易ルールと食料自給率向上


 田代 強調したいのはここで自給率の問題から逃げていると、やはり農政は逃げているな、と思われている弱みが出てくるということです。
 国際的にもWTO交渉に向けた「日本提案」のなかで、「農業協定20条を超える助成および保護の削減は、国民全体で取り組んでいる食料自給率の向上を著しく阻害するものである」と記述しています。国際的にも食料自給率の向上をわが国として掲げていくんだということを明確にしているわけですから、この問題の審議を先送りすれば日本の農政は逃げていると受け止められると思いますね。
 農水省の推計からしても21世紀には食料需給がひっ迫する可能性がある。そのために備えていこうということですね。
 しばしば「不測の事態」への備えと言われますが、私は「不測の事態」というのはおかしいと考えています。不測ではなく「予測される事態」として食料需給のひっ迫を農水省は指摘しているわけですから。ですから、予測される事態に対して日頃から自給率を高めていくことは必要でしょうし、よく言われるように食料は輸入できても多面的機能は輸入できませんからそういう意味でも自給率を高めることは多面的機能を高めることでもあります。
 とくに飼料自給率は目標が35%ですが現状は24%となっているという問題をどう考えるか。
 これについては、今回の議論では、ホールクロップサイレージや飼料米の生産を、という声に対し、農水省はそれではカロリー自給率は高まらない、逆に麦、大豆を作らなくなるとカロリー自給率は下がるという説明をしています。
 これは非常におかしい議論です。すべてカロリー自給率に換算してしまっている。先ほど梶井先生が指摘されたように、現行の基本計画の議論では、飼料自給率自体を高めようということだったわけです。ところが今回は単品としての飼料自給率向上の問題を抜きにして、カロリー自給率に貢献度があるかどうかで議論しているのはおかしい。
 品目ごとに検討していって政策を立てるというのが正しいあり方であってカロリー自給率はその象徴です。もしカロリー自給率のことだけ言うのであれば、野菜も果物もカロリーはありませんからこれらの品目はなくてもいいというおかしな議論になってしまう。

 梶井 食料に対する世論調査は以前は80%の国民が不安を持っているということでしたが、最近では90%になっていますね。まさに農政としてはこの問題は政策課題として大きく扱わなければならんところです。国際的には「日本提案」などでいい主張をしていますが国内の施策はどうも腰が砕けてしまっているのではないか。

 田代 企画部会ではほとんど議論していないとのことですが、今年の『白書』ではかなり踏み込んで食料自給率問題について分子である農業生産と分母の食料消費の両面からかなり突っ込んで検討したという点は評価できると思います。
 ただ、結論はやはり消費のあり方が問題ということになっているのでいただけない部分はありますが、「現段階では食料自給率の低下に歯止めがかかったとは言い難い」と明確に書いています。ところが最初に指摘があったように法律では自給率を向上させることになっているわけですから、向上させることにチャレンジする必要があると思いますね。


◆基本法の理念から考えるべきこれからの食と農のあり方


  先ほどから基本法の問題が話題になっていますが、基本法には4つの理念がありますね。しかし、私は基本理念は4つではなくて2つだと考えています。
 理念は、食料の安定供給が確保できる農業の持続的発展。これだけでいいと思います。このなかに食料の安定供給と農業の持続的発展という理念が2つあるわけです。農業の多面的機能は農業が持続的に行われることによる結果としての副産物です。農村の振興もありますが、極端にいえば、農業が持続的に発展しているところで農村が振興しないならそんな農村は振興しなくてもいい、ということです。
 私は、食料の安定供給という目的を達成するためには、農業の持続的発展が必要だと考えるべきだと思っています。
 家庭に置き換えると、お総菜や弁当を買ってきたほうが確実に安定的に食料が供給されることが約束されているからといって、それでいいのかということです。それを肯定すると家庭から台所がなくなる。私は農業というのは国にとっての台所だと思っています。
 だから、家庭に台所がなくなったとしたら、家庭の体をなさないのと同じように、国家から農業がなくなったら国家の体をなさない。こう考えるべきです。

 梶井 本来、農業の多面的機能は農業が健全に営まれていればそれにともって発揮される機能というかたちで説明していたのが、いつのまにか多面的機能を一人歩きさせてしまっているのではないかと思います。確かに農業の持続的発展にともなって多面的機能が発揮される。

  多面的機能は副産物ですが、さらに誤解を恐れずにいえば実は食料も農業の副産物ではないかとさえ考えるような視点が農業にはもっと必要ではないかと思っています。私が思うには、農業の第一の役割は人間が自然界から学ぶということです。オリジナルな知恵は自然界からしか学べないと思います。そういう意味で古代文明が滅んだのは食料供給が途絶えたからではなく、農業ができなくなって自然界から学ばなくなったからではないかと私は考えています。
 逆に言えば、食料を得ることは目的だけれどもそれは人間が知恵を得るためのことではないかということです。それほど農業の持つ意味は大きいのではないでしょうか。


◆農業の持続的発展が基礎


 田代 基本法の基本理念の構成は、持続的な農業の発展が下にあって、その上に食料の安定供給の確保と農業の多面的機能がある。基本法では農業の持続的発展というのは手段であって、目的は食料安全保障と農業の多面的機能であるということになっています。
 ただ、安組合長のご指摘のように農業の持続的発展というのが基礎にあるということを改めて認識しなければならないと思いますし、そこがしっかりしないと他の理念も実現できない。
 では、その持続的発展のためにはどういう政策を打ち出すべきかというかたちで議論されていかなければなりません。

 梶井 ご指摘のとおりだと思います。今日は根本的な問題の議論にとどめましたが、農業の持続的発展のために現在、検討されているような支援対象を絞るという考え方での担い手政策でいいのかどうか、また、もっとも基本となる農地についてそれを今後とも確保していくには現在の制度のどこが問題なのか、といったことを次回は議論したいと思います。ありがとうございました。 (2004.8.4)



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