農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 これで良いのか 日本の食料

対談 自分たちの食と農は自分たちで決める権利がある
ジェイムス・R・シンプソン 龍谷大学国際文化学部教授
村田 武 九州大学大学院農学研究院教授

 シンプソン教授の最新の著書は「これでいいのか日本の食料」「食料貧国ニッポン」(家の光協会刊)だ。教授はかねてから「日本は食料自給率40%ではなく、海外依存度60%なのだ」と考えるべきと主張している。まさに現状は「食料貧国」だ。そこから将来に向けてどう脱却すればいいのか、日本は何を世界に向けて主張すればいいのか。九州大学の村田教授と話し合ってもらった。

◆中国の食料政策をどう考えるか

 村田 本紙編集部が企画したこの特集号のテーマはシンプソン教授の著書「これでいいのか? 日本の食料」(家の光協会刊)を拝借しています。私も同じ問題意識を持っていますが今日は改めて日本に対する提言を伺いたいと思います。
 最初に先日、中国を訪問されたとのことですので、まず中国の農業生産と食料問題の今後についてどう思われているかをお聞かせください。

ジェイムス・R・シンプソン氏

ジェイムス・R・シンプソン
1938年生まれ。米国フロリダ大学名誉教授、農業経済学者。南米、アフリカ、アジアを主とし、ここ十数年は日本、中国を中心に研究。京都大学客員教授をつとめて、世界銀行、アジア開発銀行、FAOなどのコンサルタント業務を行ってきた。米国のメディアの他、時事通信、日本経済新聞、ジャパンタイムズ、日本農業新聞など日本国内でも発表している。

 シンプソン 中国は食料を自給できるのか、というのは私の研究テーマの多くを占めてきました。20年以上前からこれまで25回ほど中国全土でリサーチをしてきました。
 その結果、私は中国の食料自給は可能だという意見を持っています。その理由はたとえば、中国では伝統的に使われてこなかった農業資源があったからです。トウモロコシは実を食べるだけで芯は捨てるわけですが、この芯は家畜の飼料になりますね。そこでこうした家畜の飼料となり得るもののエネルギー量、たんぱく質含有量などと、家畜がどのくらいのエネルギーを必要とするかを比較する大がかりなプログラムを作って計算したところ、中国の食料自給は可能だという結果が得られたのです。
 ここで忘れてはならないことは、多くの人は中国の農業技術の発展を織り込んで研究してこなかったということです。中国では現在、農業の生産性は非常に低い状態に置かれていますが、今後は技術発展が見込めるということです。

 村田 技術革新によって生産性が上がっていくことに注目しなければならないということですね。

 シンプソン そうです。しかし、世界の貿易の状況、あるいは政治的な決断によって自給するかどうかは変わることはあるかもしれません。中国政府は何かの理由で食料輸入も悪くないだろうという考え方になる可能性はあります。

 村田 中国政府の選択だとのご指摘です。中国では龍頭企業という法人による輸出農業の展開が進んでおり、とくに沿海部での農業発展は飼料を輸入することによって高級な畜産物を生産し輸出に向けるということも十分考えられます。

 シンプソン これを日本の食料安全保障の問題から考えてみましょう。
 日本にとってもっとも重要な農産物は米ですね。日本の研究者によると、中国での米の生産コストは米国やオーストラリアよりも非常に低く、日本と比べればもっと低いということです。ですから、日本政府が関税を大幅に引き下げるようなことをすれば中国米が日本市場を席巻し、大輸出国として中国が浮上するということになります。関税率の低い野菜は今でも年々輸入量が増えていますね。ですから、高関税の品目の関税を引き下げれば数年のうちに日本は貿易の虜(とりこ)になってしまう。中国からの輸入がどんどん増えるというシステムのなかに閉じ込められて出られなくなってしまう。ここがいちばん問題だと思います。
 私はこの問題は経済的な問題ではなくで、政治的な問題だと考えています。今後の10年、20年の間に東アジアは世界のなかでどのような場所になっていくのか、そして近隣諸国との関係はどうなるのか、こうしたことを考える必要があります。

◆農産物貿易の虜(とりこ)」になる危険性を懸念

村田 武氏
むらた・たけし
昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒業。44年同大学院経済学研究科博士課程中退、同年大阪外国語大学(ドイツ語学科)助手、講師、助教授を経て、56年金沢大学経済学部助教授、61年同大学教授、平成10年九州大学農学部教授、12年より同大学大学院農学研究院教授。経済学博士。主著に『問われるガット農産物自由貿易』(編集、筑波書房、1995年)、『世界貿易と農業政策』(ミネルヴァ書房、1996年)、『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)、『中国黒龍江省のコメ輸出戦略』(監修、家の光協会、2001年)。

 村田 東アジア諸国間の政治的関係の今後をどう見るかが重要だということですか。

 シンプソン そのとおりだと思います。中国との関係については日本政府はこれまで良好な関係を築くための手立てをとってきませんでした。単に資金で貢献するというだけで、いちばん重要なことはしていませんね。それは第二次大戦で日本が中国に対して行ったことの最終的な謝罪です。
 ですから、今後も政治的な関係が悪化する可能性があるわけで、一方で日本全体が中国への農産物への依存を深めていけば、貿易の虜、要するに言うことを聞かなければ食料が得られないという事態になる可能性があると思うのです。

 村田 確かに日本ではそういった懸念はまだ問題になっていません。

 シンプソン 3年前のセーフガード発動で何が起きたのでしょうか。中国の反応は大変なものでした。彼らは広東の港にすでに到着していた日本製の工業製品をそこに止めて、日本政府が態度を変えない限り国内に入れることはできないというかたちでの貿易障壁を設けた。中国に限らず将来、こういう形での貿易摩擦が起きることが考えられます。

 村田 米国との問題では牛肉の輸入再開が政治的な問題になっていて小泉首相がブッシュ大統領に輸入再開を迫られたと報じられています。

 シンプソン まったく同じ構図ですね。ブッシュ大統領が上で小泉首相が下。命令を下しておまえは牛肉市場を再開しろ、という図式。つまり、パワーポリティックス、権力闘争の世界だということです。私は中国政府に嫌われているわけではありませんし、むしろ中国における強い政治体制による運営を、それなりに評価してきたほうです。しかし、新しい人間にどんどん変わり組織も変わっていきますから、これからどんなことが起こるかまったく分かりません。
 もうひとつ消費者が理解しなければならないのは、WTO交渉の場などで食料輸出国の貿易担当者はまったく日本に興味はないということです。つまり、日本の食料安全保障のことなどけっして考えてくれない。こういう人たちが悪い人たちということではありません。米国人は基本的にいい人間だと思いますよ。しかし、貿易担当官の仕事というのは日本への輸出を増加させること。そしてこうした担当官は30年先を見越して仕事をしているわけではないということです。彼らが見ているのは明日。明日、どのぐらい輸出が増えるか、です。

◆基本的権利としての食料自給

 村田 今、日本ではWTO交渉の行方に悲観的な見方も出ています。自由貿易体制があまりにも強く全体として消極的になっています。これに対してシンプソン教授は経済的な利益だけではなく、社会的にも自国の農業が守られることが重要だとして、WTO交渉のなかで非貿易的関心事項を農業協定の第4のボックスとしてしっかりと位置づけるべきだと主張しています。
 しかも非常に興味深いのは非貿易的関心事項について、国際連合の規約をもとに根拠づけをされていることです。

ジェイムス・R・シンプソン氏

 シンプソン 国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」には、すべての人が資源を十分に利用する権利があるとの内容の規定があります。自分の国のことは自分で決められるということですね。私はこの規定はどんな国でも市民が望むなら、たとえ小規模農業であってもそれを国民が望む農法で組織し守る権利が保障されていると解釈できると考えています。そしてこうした規約が他の国際合意よりも高い地位にあるということは国連憲章に根拠があります。国連憲章は国際的な憲法のようなものでありWTO合意よりも上位にあると考えられます。そこでこのことを根拠に非貿易的関心事項を貿易ルールの第4のボックスとして位置づけるべきだと提唱しているのです。
 日本は農業の多面的機能を主張してきました。経済から考えると日本は関税率を引き下げても他国の農産物より競争力が持てるように農業生産コストを引き下げるのは不可能です。しかし、都市から離れた田舎は高齢者にとって暮らしやすい場所です。自分の家の裏に小さな畑や田んぼがあって自分の食べるものを育てて暮らしていけるのは非常にいい環境です。つまり、政策というのは生活の質をよくするためのものあるべきだということであって、それが維持できるようにしなければなりません。
 また、食料安全保障とは、単に日本国民が消費するのに十分な食料があるということにとどまるものではなく、日本人が好む食料が長期にわたって、国家間の権力抗争を心配せず、ずっと確保できるかどうかという問題です。ですから、農業者だけの問題ではなく国民全体の重要な問題なのです。
 経済には3つのセクターしかありません。それは農業、工業、そしてサービスです。ですから、日本は農業、食品産業を失うことなどできないはずです。日本はこのような基本的な権利をもっと全面的に主張していくべきだと思いますし、日本はWTO交渉でG10を形成していますが、今後はもっとリーダーシップを発揮すべきです。
 日本政府は国連憲章に基づく基本的な権利のためにもっと闘っていかなくてはなりません。

◆国民の義務としての食料安全保障

 村田 食料安全保障は単に十分な食料を確保するだけの問題ではないというご指摘は非常にわれわれにとって意義のあることだと思います。また、食料自給とは技術的な問題ではなく、きわめて政治的な問題であることも改めて分かりました。

 シンプソン 安全な食の確保は国民の権利であると同時に、この問題が将来に影響する問題であることをしっかり認識する義務もあると思います。私はこの問題に情熱を注いできました。日本人女性と結婚し長く日本で暮らしてきましたから愛着はありますが、同時に学者として本当の話をしなければなりません。ですから、今日は日本にとって耳の痛い話もあったかもしれません。しかし、日本のことは日本が決める権利があるのであって、農業を特定の国に売り渡してしまったり、他国の言うことを聞かざるを得ない状況に国民を追い込む権利は政府にありません。これは将来に渡って言いつづけるつもりです。日本の最低限の食料自給の大切さについて、みなさんもネバー・ギブアップです。

 村田 ありがとうございました。

対談を終えて

 私は、「食料自給率40%ではなく、海外への食料依存度60%でしょう」という、シンプソン教授のかねてからの私たち日本国民への警鐘に励まされてきた。
 このたび龍谷大学瀬田学舎の研究室で実現した教授との対談は、きわめて刺激的であった。農産物輸出国の農業交渉担当者は日本市場をどれだけ開放させるかで評価されるのであって、日本国民の食料安全保障などまったく念頭にないですよ。このことを、日本の消費者は知らねばなりません。食の安全の確保は、消費者の権利でしょうが、しかし、それには消費者がしっかり闘う義務もありますよ、とのご指摘も耳の痛いことであった。
 教授は、今、わが国政府が農業交渉で提案している「非貿易的関心事項」を、WTO農業協定の第4のボックスに盛り込ませることが日本農業を守ることにつながると、その理論化に力を入れておられる。これはわれわれ日本の農業経済学者こそやらねばならない仕事であろう。

(村田)

(2004.10.14)


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