農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 これで良いのか 日本の食料

商社マンからみた人口増加と食料問題
もう一度農業を取り戻し安定した社会を
一色 修二氏(元日商岩井肥料部)

 日本人は食料の60%を他国に依存しているが、爆発的に増加しつつある世界の人口、8億人といわれる飢餓人口、広がる食料供給力の南北格差など世界的な問題と日本国内における工業の発展と企業利益重視による農業軽視など、食料問題には考えなければいけない多くの問題がある。総合商社・日商岩井で国際肥料貿易と肥料会社の経営に携わり、世界の農業と食料問題をつぶさにみてきた一色修二氏に、今日の地球規模での人口増加と食料問題について執筆してもらった。

1) 100年で43億人も増えた――幾何数的に増加する世界の人口

 46億年前に地球が誕生し、ホモサピエンスという人類が地球に誕生して20万年、文明が起きて1万年といわれる。キリストの生まれた頃の人口は1億、それが1000年掛かりやっと2倍の2億になった。
 モーツァルト、ベートーベンが生きた1800年頃は10億人。1900年で16.5億。しかしその後の100年、即ち20世紀の100年で世界人口は43.5億人も増え、2000年に60億人を突破した(図1)。一体、人口はどこまで増え続けるのであろうか。国連の予測(2002)によれば、表1の通り2050年には93億人と予想されている。実は少し前の予測では109億人であったが、それが下方修正されたとはいえ、大変な人口になる。

表1

◆なぜ発展途上国では人口増加・先進国では人口減少するのか
 
 途上国では幼児死亡率も高いが、出生率の方がもっと高い(多産多死)。先進国ではその逆の「少産少死」。つまり、生活水準が上がるに連れ、「多産多死」→「多産少死」→「少産少死」に移行する(日本は戦後60年でこれを一気に達成)。
 アジアの新興工業国でも最近、深刻な少子化問題が起き始めた。女性の社会進出、教育費の負担増が原因といわれる(表2、表3参照)。

表2 図1

表3

2)農業生産の限界と南北格差が食糧危機の原因

◆ 質への欲求が食料需要を急増させる

一色 修二氏
いっしき・しゅうじ
愛知県出身。神戸外大卒(英語)。日商岩井(現、双日)入社、肥料部にて肥料の輸出入、三国間取引を担当。ニューヨーク、メキシコ駐在の後、タイ肥料会社で副社長、ベトナム肥料会社 で社長(海外通算17年)。2001年10月ベトナムより帰国し、定年退職。現在江戸川区在住。東京農大の聴講生。また別の大学で非常勤講師、関係団体のアドバイザー等をしている。

 人口が増えればとうぜん食料も多く必要になるが、これだけの理由で食料需要が増えるわけではない。「腹一杯食べたい」という量の欲求と「もっと美味しい物を食べたい」という質の欲求が生まれ、魚も肉も食べたくなる。この変化が起きると食料需要は一気に急増する。理由は、肉は贅沢な食べ物で、豚肉、牛肉、鶏肉など平均して肉1kgを生産するのに、穀物7kgがいるからである。
 この傾向が中国でも起き始めたため、中国は穀物の輸出禁止(トウモロコシ1994年、大豆1995年)をしたばかりか、純輸入国に変わっており、今後はさらに一層の輸入が必要になると見られる。このため、2020〜2030年に食料危機が来ると予測する学者もいる。

◆南北の穀物供給力に圧倒的な格差が

 2004年、世界人口は63億人だが、私が入社した1964年頃は30億人程度。人口は抑制しなければ幾何数的に増えるが、食料生産は算術的にしか増えない。しかも、北側(先進国)では食料は有り余っているが、南側(途上国)では飢餓問題が起きている(約8億人が飢餓人口)。つまり、この農業生産の限界、南北格差の二つが食料問題の原因である。1973〜74年はオイルショックが起きた年であったが、同時に世界的な飢饉が起きた年でもあった。ソ連の穀倉地帯(ウクライナ地方)で冬に雪が降らず、秋に撒いた小麦などの種が霜で枯れ、収穫ができず、そのため、ソ連が秘かに大量の穀物の買いに出たためである。ニクソン大統領が大豆輸出の禁止発表をしたため、日本では豆腐の値段が一夜にして上がった(40円→50円)。
 現在の日本の状況は、大豆輸入量約500万トンでそのうち米国からの輸入380万トンに対し、国産は僅か27万トン。とうもろこしは全量輸入(1700万トン)。世界の穀物生産量は表4の通り、約19億トン。これを世界人口60億人で割れば、1人当たり穀物は310kgであるが、先進国(12億人)と途上国(48億人)の人口で割ると先進国は1人当たり732kg、途上国は213kgとなり、供給能力で圧倒的な差のあることが分かる。日本も食料生産の面では途上国並みである。もし世界的飢饉が起きれば(最近の異常気象からその可能性はある)、どこの国が犠牲者になるか、明白である。

表4

3)すべての農地で生産し不足分を輸入するべき

◆日本の自給率は「馬鹿げている」と米国人が一蹴

 日本は戦後、遮二無二に工業立国を目指し成功した。1970年代から円高を招き企業の採算は悪化したが、それでも頑張って輸出を続けた。円高の結果、海外の農産物は安くなり、大量に輸入が始まり、一方工場では「働いて、円高になって、首にされ」が始まった。1991年ソ連が崩壊すると、米国の一国主義が貿易面でも始まる。即ちガット最後の交渉(第8回のウルグアイラウンド1986〜1994年)で、米国は農産物にも関税主義の採用に成功した。農業は各国の自然環境の違い(耕作条件、気象など)から、平等ではないため、従来は一定の輸入制限措置が認められていたのに、原則の変更に成功した。
 そのため、ガットは1995年1月1日以降WTO(国際条約、それまでは行政上の取り決め)に変わる。最近のWTOの動きを見ると、自由貿易こそが世界を繁栄に導くという大義名分があるが、本音は国境を取り払い「米国の圧倒的有利な農産物を世界に自由に売る」という意図が見え私は賛成できない。よほど自国の体制を整えてからにしないと根こそぎ奪われ、食べ物の自由を奪われるため、他の面でも自分の意見も言えなくなる。
 私はニューヨーク駐在時代、米国肥料会社の幹部がソ連に対し兵糧攻めすべしと主張していたのを知っている。アメリカの私の昔の部下にメールで日本の食料自給率(表5)を説明し、どう思うか聞いたところ、そんな状態はridiculous(馬鹿げている)と一蹴された。自分の食料はありったけの農地を使い生産し、そのうえで不足分を輸入するとすべきである。
 消費者利益のために安い農産物を輸入せよといわれてもそれは日本の内政問題であって、他国からとやかくいわれる筋合いはない。None of your business(余計なお世話)である。
 アメリカ人は理屈にあうことなら、あっさり理解できる国民だ。工業と農業のバランスを取るのは難しいが、もう一度農業を取り戻し安定した社会を取り戻して欲しいと思う。

◆ 日本はもっと世界のために汗を流すべき

 最後に、日本は領土的野心はなく、被爆国、非白人国なのだから、自国のためだけでなく、世界のためにもっと発言し、汗を流すべきと思う。日本には優れた農業技術があり、高齢の農業専門家もおられるのだから、職にあぶれた若い人を連れ、世界でもっと役に立って貰える仕組みを作って欲しいと思う。海外への援助(ODA)を農業の技術指導、人事交流、農産物買上げなどに重点を切り替えて貰えないものか(アメリカから嫌な顔をされるであろうが)。そのためのFTA(2国間協定)には私は大賛成である。

表5

図2 世界に置ける日本の大きさ

 世界のGDPは30.5兆ドル。内訳はアメリカがダントツの約10兆ドル、日本が4兆ドル。3位のドイツが2兆ドル弱。
 つまり日本は堂々の2位。アメリカと日本は最大の友人、同盟国で「持ちつ持たれつ」の関係にありますが、賛成できることにはお付き合いし、出来ない場合は自分の考えを述べ、自分の考えで世界貢献すれば良いと思います。

図2
サブサハラ47国。そのGDP合計は2,700億ドルで日本(4.2兆ドル)の6%強に過ぎない(2001)。
サブサハラ47国。そのGDP合計は2,700億ドルで日本(4.2兆ドル)の6%強に過ぎない(2001)。
(2004.10.13)


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