農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 これで良いのか 日本の食料

地域や農産物の特徴・特性活かした
商品化とマーケティングで消費者の信頼を
インタビュー 世界的なビジネスからみた日本の農業
ローレンス ユー(Lawrence Yu)バイエルクロップサイエンス(株)社長
聞き手:北出俊昭明治大学教授

 世界の農薬企業で第2位のバイエルクロップサイエンスの日本法人社長であるローレンス ユー氏は、国際的なビジネスマンであると同時に、1984年から3年間、そして1990年から現在まで14年間も日本で仕事をされており、日本の農業については熟知されている人だ。そこで、現在の日本の食料問題や農業について、率直に忌憚のない意見をお話いただいた。聞き手は、北出俊昭明治大学教授。

◆日本の農業は美しく、品質は世界一

 ――日本で事業をされていて、日本の農業や食料について、どのように感じておられますか。

ローレンス ユー(Lawrence YU)社長
ローレンス ユー(Lawrence YU)
1956年香港生まれ(国籍・シンガポール)、カナダ、ゲルフ大学農学部卒、イギリス、レディング大学修士課程修了。1979年在シンガポールのユニロイヤル・アジア・パシフィック社(農薬部門)、1984年日本ユクラフ社輸出部長(中国、台湾担当)、1986年香港ルセルユクラフ社農・動物薬品事業本部本部長(中国、台湾担当)、1989年シンガポール・ルセルユクラフ社地区マネージャー(東南アジア担当)、1991年日本ユクラフ社農・動物薬品事業本部本部長(日本、台湾担当)、1994年アグレボジャパン社取締役、セールス・マーケティング事業部長、1999年日本バイエルアグロケム社、農薬営業部長、2000年同社営業本部副本部長、代表取締役社長、2002年バイエルクロップサイエンス(株)代表取締役社長。

 ユー 日本の農業は、私が大学時代に勉強した農業とずいぶん違うと思います。私が学んだのは、一番安いコストでたくさん生産することでした。しかし、日本の農業の考え方は生産性だけではなく、日本の消費者が品質を求めているので、農業も品質を追求していると思います。品質の水準は世界一です。外国産と日本のリンゴを比べると栄養の部分はそんなに違いはないと思いますが、品質はぜんぜん違います。
 それから、日本の田んぼはすごくきれいですね。日本に来る前に、こんなきれいな田んぼは見たことがありません。雑草が1本もない。稲の草丈が全部きれいに揃っている。そしてよく稔っている。それだけ肥料や農薬も人件費もかなり投下されていて、経済性で考えるとこれほど必要性があるのかと思います。
 農家の考え方に、きれいな田んぼを作るという気持ちが強くあると思いますね。日本の農業は、食料生産だけではなく、文化の一部というか国民の美しさへの気持ちの表れだと思います。日本の農業は美しいですね。
 
◆自給率は国の政策の問題
 
 ――私たちはそのことを非常に大事にしていますが、実際問題として日本の食料自給率は低下してきています。このことについては、どうお考えですか。

 ユー 自給率の基準に問題があると思います。自給率はいま40%ですが、それがなぜ悪いのか。45%の方がいいのか、50%、60%の方がなぜいいのか、あるいは30%でもかまわないのか、判断する基準が明確ではありません。
 欧米のように肉とか乳製品などカロリーの高い食料を基準に計算するのもいいのですが、違う見方も必要だと思います。われわれ東洋人は、肉はそれほどたくさん食べません。それから、日本でいえば米は問題がないですね。野菜も足りないことはないと思いますね。果物は、例えばミカン農家は苦労していますが、本当に足りないのは、麦とか飼料穀物ですね。
 輸入全体に占める農産物の割合は減ってきています。そして一番輸入が多い国はアメリカです。農産物輸入はそういう国際貿易のバランスの問題もあると思います。穀物を全部自給すると国際貿易上の問題が出てくるのではないでしょうか。そうすると、自給率は農業生産をしている側の問題ではなく、国の政策の問題ということになりますね。

◆安心は信頼 安心にもっと力をいれることが重要

北出俊昭教授
北出俊昭
明治大学教授

 ――6割を輸入に頼っているのは量的に不安ではないか。それからBSEや遺伝子組み換えなど安全性の問題があるのではないかという意見があります。その点についてはどうですか。

 ユー 私たちは、最大限に安全なものを供給します。これは商売の基本です。医薬品も同じです。しかし、安心は安全とは別のことですね。例えば、薬局からもらっている薬と漢方薬とどちらがいいのか。安全面からみれば、薬局が出す登録がある医薬品の方がいいでしょう。でも漢方薬は昔から使われ、信頼されていますから安心ですね。
 日本では農薬取締法で、安全使用基準や残留基準を守らなければいけません。しかし、輸入農産物は残留基準だけで、安全使用基準は関係ありません。そして、JAグループが一所懸命にトレーサビリティに取り組んでいますが、輸入農産物でトレーサビリティをしているところがどのくらいありますか。輸入品と国産品は同じ基準ではありませんね。この問題をどう解決するのでしょうか。
 それからいまの日本の農家は兼業が多いです。そして65歳以上の人が多くて、若い人が少ないですね。国は大規模化といっていますが、なかなか拡大できないし、効率性は低いですね。そういう日本農業の力と大型機械でやる海外の農業の力を同じ基準で見るのはおかしいですね。

 ――そうすると食料の安全問題を考えるときに、安全については分かるけれど、安心についてはどう考えればいいんでしょうね。

ローレンス ユー(Lawrence Yu)社長

 ユー 農水省の組織変更で、従来は農薬の管轄は生産局でしたが、消費安全局に移りました。これは大変に大きな変化です。つまり、農家の立場から消費者の立場に変わったということです。先ほど安心は信頼の問題といいましたが、これからは、安心が農家にとって重要になりますね。日本の消費者が、本当に信頼するかどうかです。いま安全が強調されていますが、安心についてもっと力をいれないといけない。輸入農産物も国産も安全は一緒だけれど、どちらを選ぶか、そのときの消費者の気持ちを考えなければいけないと思います。農産物を商品化するときに、国産はまずその地域や農産物の特徴や特性を活かし、国産の安心を消費者にアピールすれば、自然に自給率を上げられるのではないでしょうか。日本のネギが中国のネギと価格で競争すれば負けるのは当たり前です。安心で競争すれば勝てます。

◆自給率向上には、国が農業を経済的に支援することが必要

 ――最初に、日本の農業は品質重視で田んぼもきれいだといわれましたが、これから日本の農産物を輸出していく場合に、その点を強調することで見込みがありますか。

 ユー 最近、台湾で日本の米を売っています。台湾の米に比べて2倍くらい高いのですが、どこへ売っているかというと寿司屋です。それからリンゴのフジもずいぶん入っています。それからブドウの巨峰はどこにも負けないと思います。品質がいいからですね。でも、麦は輸出しても誰も買いません。

 ――自給率を上げるためにはどんな方法が考えられますか。

 ユー 一つはたんぱく質をもっと作物から取ることです。また、ヨーロッパもアメリカも麦を作るときには国がお金を出していますから、日本もそうすればいいと思います。麦はかつてはもっと作付面積が大きかったですね。麦や大豆、トウモロコシを作らないのはお金の問題だと思います。

 ――お金の問題というのは。

 ユー 政府の政策として、お金を出しているかどうかです。その一方で、麦やトウモロコシを作った場合、アメリカやヨーロッパとの貿易がどうなるのかという問題が出てきます。他の製品も含めた国全体の貿易バランスの問題ですね。

 ――日本の農業は規模が小さくて競争力がないから、輸入が多くなるのだという意見がありますが、国際的にみると品質がいいのだから、欧米でもやっているように政府が助成していくことで、国内生産も向上し自給率も上がっていくと考えていいのでしょうか。

 ユー そうです。45%とか50%に上げるのは、お金で解決できる問題です。日本も出してはいますが、足りているかどうかの問題ですね。安全使用基準や残留基準を守ってください、トレーサビリティをやってくださいと、要求が多くなればそれだけ生産コストは高くなります。規模が拡大すれば吸収できるでしょうが、いまの状態でこれらの要求をすべて守れば、お金がかかります。国内農業のやり方を改善して、政府もある程度お金を出していくことだと思いますね。

◆マーケティングを強化して農産物を高く売るのがJAの使命

 ――JAについてどういうご意見をおもちですか。

 ユー 農協の一番重要な使命は、産地で生産したものを売ることですね。それも高くです。そのことで農家の収入も増えるわけです。その農産物の特徴や特性を活かした商品化をすることで、差別化をする。そうしたマーケティングではまだ改善できる部分があると思います。
 農薬は高いといわれ、安くしないと売れないといわれます。私たちもいまどういうふうに生き残るか考えています。私たちも反省して効率のよいやり方を検討しますが、農産物が高く売れなければコスト比率は高くなります。この状態では農家がいくら頑張っても農業を維持できません。農家収入を増やすような商品化と価格・販売戦略が必要だと思います。

 ――マーケティング強化も含めて農協としての戦略をちゃんとつくる必要があるということですね。北海道から沖縄まで、あまりマーケティングなど考えずに画一的に販売している。そこを地域の実態に応じた戦略・思考をするべきですね。

 ユー 日本酒はある程度中味は同じなのに、3000円のものも2000円や1000円のものもあります。農産物ではどうしてこういうことができないのか。十分できると思いますよ。日本酒は消費者が選択できる種類が多いので、これは甘口とか辛口とか選択するときにとても厳しいですね。それに比べて農産物は選択する幅が狭いです。
 農水省も消費安全局に変わったわけですから、農協も考え方を変えなければいけないのではないかと思います。生産のことでは、私たちは最大限の協力をしますから、農協は農産物を売ることを強化して欲しいですね。生産面では限度がありますが、販売には限度がないと思いますから、まだまだよくなると思いますね。

 ――最後に一言読者へのメッセージを

 ユー 日本の農業は美しく、歴史的な文化です。国際基準や経済性だけで考えると、日本の文化、日本の味はなくなってしまいます。改善しなければいけないことはありますが、この美しさと文化をぜひ大切にして欲しいと思います。

インタビューを終えて

 ユーさんは、農薬市場で世界第2位の巨大会社の日本社長とも思えない、温かく庶民的な感じの方であった。インタビューで述べられたご意見にも、その人柄がよく表れていた。その中でとくに印象深かったのは、食品の安全と安心についてのご意見であった。農薬産業の立場から見ると、国内農産物では安全使用基準と残留基準の2つがあるが、輸入農産物はトレーサビリティが不可能なので残留基準だけである。安全から見ると同じ基準であるが、安心からは異なっている、と述べられた。この問題をどう考えたらよいのか。食料自給率向上とも関連し、グローバルな視点から出された重要な問題提起のように思える。
 また、日本農業の発展と食料の安定供給には政府がもっとお金を出すこと、農協組織はマーケティングを含め販売戦略を強化する必要があることなど、国際的経済人のご意見として重要な示唆を受けたインタビューであった。

(北出)
 
(2004.10.8)


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