農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム
その他

寄稿
食料・農業改革への基本政策と主体
都留文科大学教員 農学博士 大嶋茂男
(元全国消費者団体連絡会事務局長、
現NPO中小企業・地域振興センター副理事長)

 

◆正確な情報を国民に伝えない政治(国と地方自治体)、マスコミ、教育

 以下に述べるように、現代における“食の危機”は、生半可なものではないが、その深刻さを政治家もマスコミも教育も伝えていない。
 “食の危機”を伝えるだけではなく、危機を憂える多くの主体が、共同して全力投入することに役立つような“骨太の提案”がいま必要ではないのか。
 学者・マスコミ・官僚が行っている最近の食料・農業改革論議は、「新しい制度に乗って取れるものは取る」とか、「現実をよく見て妥協するところは妥協が必要だ」「EPA(経済連携協定)を結ぶことこそ国益だ」などあれこれの部分論・技術論に偏って“木を見て森を見ず”になりすぎているように思う。これでは、どちらに転んでも、食料自給率は大幅に下がり、日本の食の未来を持続不可能にする、と思えてならないのである。
 そこで、多くの人にとっては、周知のことであるかもしれないが、食料・農業問題を基礎から打開していく立場に立って、基本的視点とそれを実現する政策と主体のありかたについて、提言したいと考える。
 これは1つの提言でしかないので、多くの人の意見を頂いて、“共同の大戦略”へと発展させ、運動のひとつの拠り所となることを願ってやまない。

◆日本の農業・食糧の基本的問題点と対策の中心

 1)現状の農政では、食料の自給率を、40%以下に必ず下げる。45%に上げる政府目標は達成しない。
 その結果、「世界の人口が増え、石油等の化石燃料に限界が見えてきたことを考えると、20年後には、日本人が食べる食べ物は、どこの国で誰が作っているのかが見えなくなる」――これへの対策は、日本で、日本の農民が作る以外に道はない。とするならば、食料自給率を引き上げることは、現代に生きるものの最大の責任であることを自覚する。
 2)農林水産業が弱まることは、地域から仕事を作る力を奪い、地域の自立を妨げることになる。
 外国産の農産物に比べて国産の農産物は、雇用を3倍増やす――地域がまともな仕事を作り出すには、農林水産業でまともな仕事を作ることに全力をあげないといけない。
 3)国産の米を食べなくなり、米を軸にした複合経営が成り立たなくなる。農民・農地・地力が減少し、安全な食べ物を生産する条件が失われ、子どもたちの世代の生存権を奪う。
 さらに、米の取引が資本の論理によって支配される、輸入農産物が増える、それが米価と農産物価格を引き下げる原因となる。
 こうなるのは社会にお金がないのではなく、国産の農産物への支出が減る一方、浪費・贅沢には金を使うという現在の生活様式こそが問題となるはずである。
 ――これを克服するには、“自らと次世代の生命と健康のために”、有機農業で地産地消・旬産旬消などで“持続可能で健康な食生活様式”にまずカネを払うという食生活様式を、国民的に作り出すことを考えることが重要となる。
 4)中山間部の集落が崩壊し、水・表土・地力・緑・大気が守れなくなる。
 その結果、環境が破壊され、国土が守れなくなる。都市は、食料的・環境的・文化的に農村があってこそいき続けられる存在であることは、すでに滅亡した歴史上の多くの文明が証明していることである――文明には農業的な基礎が不可欠であること、アジア・モンスーン地帯には水田農業という共通の基礎がある。農村の破壊は、次の時代の都市の崩壊であることを自覚しなければならない。
 5)子供に食料・農業を教えられない、伝承できない危機が迫っている。
 全ての動物は、食べ方=生き方を子供に伝承することで、「生命の再生産者」としての責任を果たしている。今の世代は、動物本来の責任を果たせない世代となってしまう――その地域に住む人間の食べ方=生き方を次世代に伝えることは、動物本来の責任であることを自覚して、食育に全力を投入する。

◆“共通善”10項目重視派の結集と立ち上がりを!

 当面は農業者が追い詰められ、近未来には国民が追い詰められることがここまで明らかになった以上、日本の食料・農業を守る立場に立つ側は、上記に掲げた主張を高く掲げて、大同団結し、以下の具体策を実現するために奮闘すべきなのではないか。
 1)地方自治体の大型合併と農協のこれ以上の合併は、現状が示すように、“地域農業が見えている人”を軽く見て、地域農業を大きく後退させてきたので、反対する。あるいは、合併した自治体では、旧市町村単位の連携を重視し、地域の自然、社会的共通資本、人的社会資本をすべて活かした“多様な道”を追求する。地域を活かせる人を大切にする。
 EUの場合は、基礎的自治体での多様性を重視し、国と州(日本の都道府県と同じと考えてよい)は、基礎的自治体への補完機能に徹している。日本でも、国と都道府県が、現在のように“上からの支配機構”になるのでなく、補完機能に切り替えさせる。
 2)農協に対しては、イタリアの農協のように、また、本質としての内容的には、21回農協大会で決めたJA綱領の通りに、新自由主義に基づく市場原理主義に反対する抵抗の拠点として、自らの位置を確立することを要求する。
 3)食料と農業を再建するためには、認定農家、専業農家、第一種兼業農家、第二種兼業農家のすべてを包摂することを原則にして、多様で重層的な集落営農組織、作物別生産部会、全員が参加できる受託法人(出資法人)、その他直売グループなどをすべて活かす。それをリードすることのできるキーマン(経営組織担当、オペレーター担当、栽培担当、販売担当)などを見出し育成する。
 4)「農地・水・環境保全向上対策」の目的は良いので活用し、補助水準が低いところを都道府県と国に改善させる。
 5)「限界集落」中山間地対策および林業対策は、“都市の未来を守るもの”と位置づけ、すべての下流地域から、対策を具体化する。
 6)先の節で述べた5点の意味で、水田農業の危機が迫っているという国民的認識を系統的に広げる。そのうえで、価格下落で苦しんでいる水田農業の再生に対策としては、国民が、地域の米を大切にして“食べて守る”ことの重要性を認識し、食教育で明らかにし、地産地消計画などを作り実践する。
 7)水田農業の再生は、地域の条件を活かした“稲作をベースに適地適作の総合産地化”と加工の重視で乗り切る。その際、欧米の農業が強調しているように、直売比率が4割以下だと採算が取れないということを念頭において、地産地消のマーケティング力を強化し、(1)産地直売、(2)流域圏での産消提携、(3)都市住民との産消提携を具体的に計画実施する。
 持続可能で健康によい地産地消の普及を地道に、計画的に行う。
 8)すべての地方自治体と農協と営農主体は共同で、“地域食料自給力向上計画”をつくり、農協の営農関係者と自治体の営農支援関係者が協力して実践に当たる。その計画のなかに担い手育成政策を必ず含める。
 9)農業委員会は、以上の方針を実現する立場に立って、農地の利権管理と利用調整の役割を果たす。
 10)生協、市民団体、多様な協同組合、食料関係団体は、以上の9つの方針を、自らの組織の課題として受け止め、“地域農産物支援の運動”を具体化する計画を持ち、それを公表し、実践の先頭に立つ。

◆変革の主体の“徹底した話し合い”と信頼関係の確立、そして総結集を

 次の問題は、以上の課題を誰がどう実現するかである。
 現在の農政は、農業者に理解されることのない複雑な制度を押しつける存在になり、国民に対し、食料と農業を守る展望を示せない状態に陥っている。
 われわれは、方向感覚を失った国の農政の振る舞わされるのを止めて、以上の10の方向を主体の力で実現する以外に道はない。主体とは、以下の8者であり、それらの関係者が、地域で徹底的に話し合い、信頼関係を築き、“地域食料自給力向上計画”をつくり、それを実践する以外に道はないであろう。
 1)農協のOB、改良普及所のOB、2)農業者、3)農協・農業関係労働者、4)自治体の農政関係者、仕事づくり関係者、5)地域の食品加工業者、流通業者、6)家庭科教育、成人教育の関係者、7)研究者、専門家、8)その他関係者

(2007.5.8)

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