農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム 昔々その 昔

ビッキ・ヒキ蛙の季節です
挿絵: 種田英幸
文: 種田庸宥 日本福祉大学講師・演劇研究家

古池や 蛙(かわず)飛びこむ
水の音       芭蕉



かはず鳴く 井戸の山吹 散りにけり
花のさかりに あはましものを
橘 清友(古今集)

かえるの合唱

かえるのうたが
きこえてくるよ
クワッ クワッ
ケロケロケロケロ
クワックワックワッ
(文部省 唱歌)



私たちの村のわらべうた

たんたんたんたん

たんたんたんたん 田んぼの中で
オンビキ(雄蛙)おさえて 皮はいで
これで跳べるか 跳んでみよ

雨々降るな

雨々降るな
ヒキに もぐさ すえるぞ
(高知県春野町)
 


ビッキ石
   

とんと昔、あったけど。
 暑い暑いうだるような真夏のお昼過ぎのことよ。
 一匹の大きなビッキ(蛙)が、赤湯の白竜湖めざして歩いていたっけど。
畑谷の大沼にえさが少なくなったので、白竜湖に移り住もうとして、歩いていたんだっけど。
  ピョッコン ピョッコン
 じかじか照りの一本道を歩いてきたが、のどはかわくし、手足はつかれてしびれてくるしで、苦しくって苦しくってたまらない。汗をふきふき、そばの畑でかせいでいる百姓のおやじさんに声をかけたけど。
「白竜湖までは、あと、どのくらいかかるっす?」
「その足じゃ、まだ三十分はかかんべなあ」
 この暑いのに、まだ三十分も歩いて行かんなねのかあ、とがっかりしたが、また勇気をふるいおこして、ピョコタラ、ピョコタラ歩いていったど。
 またしばらく歩きつづけて、鳥上坂にさしかかったど。
「ああ、こわい、こわい(つかれた)。もう、一足も進めないみたいだ」
 そばの畑でかせいでいる百姓のじいさまに声をかけた。
「じいさま、白竜湖までは、どのくらいかかるっす?」
「その足じゃ、まだ三十分もかかんべなあ」
「まだ、三十分も歩かんなねのがっす。いったいぜんたいどうなってんだべ。まだ、あと三十分かあ。ああ、もう駄目だあ」
 ビッキはそのまま、その場所にうずくまると、みるみるうちに石になってしまったどは。
 赤湯の鳥上坂に<ビッキ石>という大きな石があるが、これは畑谷の大沼の主が石になってしまったものなんだど。
(山形県民話の会 武田正採話)
 


ビッキつなげる日本列島

 「心に染みいる日本の詞歌」(塩田丸男)“諳んじたい名作一八二選”のトップにあげられているのが、芭蕉の「古池や…」です。そして「美しい自然に恵まれ、四季の移り変わりを持つ日本が生んだユニークな短詩形文学、俳句の傑作と位置づけています。
 次に高知県の画家・種田英幸氏と私の村のわらべうたを並べてみました。詩人川崎洋は「手や足を切り取っても生きていて、胃袋を切り取っても生きていて」とカエルの生命力のすごさに目を見張っています。
 高知の私の村のヒキは、山形のビッキにつながります。
 半世紀前、鎌倉の人形劇サークル・つくし座に入った私は、身体中毛だらけのほりの深い顔の青年に会いました。彼は「砂沢ビッキです」と名乗りました。「ビッキというと、ぼくの国の土佐では蛙のことだけど」と思わず私がいうと「そう、オレはアイヌのカエルだよ」と、彼がいったことで、私は蛙が日本中ビッキで通じるのだと知りました。
 砂沢ビッキと、彼が阿寒湖で知り合ったつくし座の画学生ミネコをモデルにして、作家武田泰淳が「森と湖の祭り」を書き、名匠・内田吐夢監督によって高倉健と有馬稲子で映画化されました。
 ビッキはその後大きな木彫の作家として、国際的に知られるようになりました。
 ビッキ、ヒキ、蛙は日本列島がつながれていることを教えてくれます。 (2004.4.15)

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