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コラム
 

『北の国から』

 俳優、田中邦衛。昔、そう40年ほど前、彼が加山雄三とコンビを組んだ映画・大学の若大将シリーズを夢中で見たころがある。加山雄三の演ずる若大将は、歌にスポーツにと、恰好の良い都会派の学生像。青大将こと、田中邦衛は、金持ちの御曹司役。派手な装いで、スポーツカーをぶっ飛ばし、遊びまわるドラ息子役。
 当時、大半の貧乏学生にとっては、手の届かない世界と知りつつも、彼らの底抜けに明るく、青春を謳歌する姿をみて、元気づけられた。折しも、時代は高度経済成長のはしり。日本中が活気に満ち、誰もが明るく、元気が良かった。彼らはその元気印の象徴。
 フジテレビのドラマ「北の国から」が、9月6・7日に放送された「2002年遺言」で、21年間の幕を閉じた。38.4%というシリーズ最高の視聴率を記録したそうだ。主人公の黒板五郎は、とことん自分を律し、他人の分まで苦労を背負いこむ、今どき、なかなかお目にかからない人物像。「強烈なストイシズム(禁欲主義)の精神こそが、原作者、倉本聰そのもの」と、同番組のディレクターが明かす。
 原作者の精神がそうであれ、このドラマには暗さがない。それは、主人公五郎役を田中邦衛が演じたせいだろう。本物の田中邦衛は、知るべくもないが、吃音口調の語り口、シリアスでいて、どこかユーモラスなしぐさは昔のまま。溢れる家族への思い、人への“思いやり”“優しさ”を邦衛が五郎か、五郎が邦衛か錯覚させるくらい、見事に演じる。映画・若大将時代とのあまりの温度差に、役者の凄さを感じさせる。
 最近、定年退職する同僚で、郷里に帰るという人が結構いる。その郷里は圧倒的に九州とか四国、西の出身者が多い。北国、とくに、北海道出身者(小生も)には、そんな話はあまり聞かない。一つには、ドラマにみる冬の自然の厳しさを思うと、二の足を踏むのか。あるいは五郎、いや、原作者のような精神構造を持ち合わせていないせいか。
 淡路島出身の作詞家・阿久悠が郷里は「戻るところ」ではなく、「出てきた場所」という、エッセイを読んだことがある。思いは同じ。が、五郎のように、「厳しい自然のなかで、懸命に働き、食って、生きてきた」親たちが居てこそ、今の自分たちの存在があるにちがいない。それが、原作者・倉本聰がこのドラマのタイトルを「遺言」とした意味なのだろう。 (だだっ児)


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