農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム
『蛇にピアス』

 「スプリットタンって知ってる?」「何?それ。分かれた舌って事?」で始まる金原ひとみさんの『蛇にピアス』は考えさせられる。綿矢りささんの『蹴りたい背中』とともに、第130回芥川賞受賞作となった。受賞二作を掲載した文藝春秋3月号は緊急増刷、通常60万部を100万部に増刷とか。その読者のほとんどが中高年のお父さん。なぜ?
 その理由は「自分の娘が何を考えているのか知りたい」ことにあるとか。自分にもとっくにトウの立った娘がいる。短大を出て、一旦就職したが、大学に入り直し、再度就職と回り道をしている。なぜか、結婚し、子どもを産み、育てる、いわば人間の普通の人生サイクルを拒んでいるように見える。
 中高年がこの本を手にする先の理由に対して、金原さんは「私はお父さん方の娘さんと重ねられないと思いますよ」と、受賞インタビューで答えていた。たしかに、『蛇にピアス』を読んで今の若い世代が何を考えているのか皆目伝わってこない。なぜ、舌にピアスをするの、なぜ、身体に刺青をするの? この身体改造は「生」の実感を確かめる行為という人もいるが、「生きる」「働く」「暮らす」(内橋克人氏)に懸命な凡人には到底理解できない。
 小説は作者の人生を投影すると言われる。作者は小学校4年で不登校、自傷行為、パチスロの日々、何人もの男性との同棲。芥川賞選考委員の宮本輝は、この作品に「哀しみ」を感じると評している。たしかに、何か哀しいから不登校になり、リストカットもし、男と同棲もしたのだろう。ただ、彼女は、どんな時でも文章を書いて、父親(法政大学教授)に見てもらっていたという。偉い父親だ。俗に言えば、父親の愛が彼女を破滅させることなく「哀しみ」を作品に昇華させることができたのだろう。
 しかし、わずか20歳の彼女にして、どうしてこんなややこしい生き方をさせてきたのだろう。きっと、彼女はお仕着せの人生行路を拒み、必死に「自分が何者であるか」を探してきたのだろう。“ケータイをもった猿”と同じだといわれる若い世代もそれなりに悩みながら歩いているのかも知れない。
 あの画家ゴーギャンでさえ、「われらどこより来たり、何であり、どこへ行く?」という絵を残して死んだぐらいだから、永遠に答えのないテーマ。でも、ミニスカートのお嬢さん作家は、今回の受賞で、やっと自分なりの答えをみつけたにちがいない。 (だだっ児) (2004.3.2)

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