農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム 落ち穂

「坂の上の雲」

 夏の高校野球・甲子園大会が終わった。3連覇の偉業をかけた駒大苫小牧を破り、早実が初優勝を遂げた。早実の襟足の高い、真っ白いユニホーム姿は、グランドでも「襟を正す」ようにみえ、実に爽やか。盆休み、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでいると、野球という日本語は俳人・正岡子規が付けたというくだりがでてくる(子規の幼名、升(のぼる)をもじったという説も)が、さすが子規、日本人にはベースボールよりも野球のほうがしっくりくる。
 この夏の大会は、きまって8月15日の終戦の日を迎える。正午を期して、空襲警報のようなサイレンとともに選手も観客も1分間の黙祷をささげる。新聞で古老の読者が神宮外苑から出陣学徒を戦場に見送った時代とだぶらせ、この甲子園大会は「平和」の象徴との声を寄せていたが、静寂につつまれ、平和を確認できるこの1分間の黙祷だけでも、この大会の意義があるように思う。
 この8月15日、小泉首相が靖国神社を参拝した。参拝批判に対し、「心の問題」「公約」だと開き直る。個人的には、作家の上坂冬子さんじゃないが、A級戦犯の合祀問題があるにせよ、東京裁判の判決を受け入れ、サンフランシスコ平和条約の締結で国際的にはケリがついているように思う。ただ、これは小泉首相ひとりの「心の問題」ではなく、中・韓国民の心、「心と心の問題」だという認識に欠けているからこじれるのではないだろうか。
 全国戦没者追悼式で、河野衆院議長が故・吉田満氏の「戦艦大和ノ最後」の死地に向かう艦上での将校たちの対話を引用し、「新生日本の『目覚め』を信じ、そのさきがけとなることを願って犠牲を受け入れた若い有為な人材たちに思いをはせるとき…」と追悼の辞を述べているが、この方が小泉劇場の一人芝居より、よほど心がこもっているように思う。ひょっとして、この国は戦後、経済成長にのみ目を奪われ、河野議長がいう『目覚め』はまだなのかも…
 司馬遼太郎が「坂の上の雲」のあとがきで、この国は日露戦争の勝利におごり、しだいに国民的理性が後退し、やがて国も国民も狂いだして太平洋戦争をやってのけたという。また、敗戦が国民に理性をあたえ、勝利が国民を狂気にするともいっている。その言を借りれば、大戦後、日本人は暫く国民的理性を取り戻したものの、やがて経済大国になり、またぞろ国もわれわれ国民も、理性が後退、いや、司馬さん流にいうと痴呆化しつつあるのかもしれない。(だだっ児)

(2006.8.29)

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