農業協同組合新聞 JACOM
   

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農業協同組合研究会

第5回シンポジウム
「格差社会への対抗軸を考える−農村の現実から」(2)
明治大学教授 小田切徳美氏


第5回シンポジウム

工業偏重社会からの転換を農協組織の底力で国民的な議論に

 シンポジウム「格差社会への対抗軸を考える−農村の現実から」では、森田氏、小田切氏の講演後、参加者とのディスカッションが行われた。
 議論の中心は格差社会への対抗軸を打ち出し、農村を再生するための農協の役割。第24回JA全国大会決議の柱のひとつである「地域社会への貢献」の実践のために、JAの生活活動分野や、地域内自給運動などの重要性が指摘された。
 小田切氏は報告で紹介した住民による「手作り自治」について「まさに地域協同組合として自生的にできている。力を結集するために参画者を『戸から個』へとするなど、その組合員組織のあり方は学ぶべきことが多いのではないか。農協も暮らしの視点を徹底させて地域立て直しを」などと提起した。
 森田氏は、現在の政治が工業偏重になっていると強調。「農業には向かないシステム、農業を弾圧するシステム」になっており、とくに講演(前号掲載<記事参照>)で指摘した米国流の資本主義下では農業は成り立たないと話した。ただし、21世紀になってヨーロッパを中心に工業中心の資本主義は限界だという考え方が生まれ方向転換が模索されているという。
 ところが、「今の日本は大規模化しそこにだけ補助するという政策。小規模農家を切り捨てて地域社会が成り立つのか。日本だけが後ろ向きでブッシュ大統領後もブッシュ主義でいくかのようだ」と批判したうえで、農協組織に対して「(方向転換に向けた)大きな思想、大きな潮流について、農協の持っている底力で国民に広く議論してもらう役割を期待したい」と語った。
 シンポジウムには元全中会長の豊田計栃木県中央会会長も参加。「われわれ農家も地球規模での食料危機などに危機感を持つと同時に国民に生存に関わることとして理解してもらう運動の先頭にたつべき」と話し、5月に栃木県では消費者も参加した集会を開く予定で、「弱肉強食の社会を修正するために行動を起こすことが大事」と参加者に呼びかけた。

報告 農山村の現状と地域再生の課題
「手作り自治」が示す「新たな公」による再生への道―問われる農協組織の役割

◆空洞化の「里下り現象」

小田切徳美氏
小田切徳美氏

 農山村には今、5つの新しい傾向が生まれています。
 1番めは人、土地、ムラの空洞化という3つの空洞化が発生しており、この3つの基層を成している「誇りの空洞化」も進行していることです。地域に住み続ける誇り、意味、それが見いだせない。
 さらに問題なのは、これが中山間地域から平場地域に向かって急速に広がり始めていること。ちょうど世紀の変わり目あたりから地域の空洞化が日本の農山村全体を覆い尽くすような状況が生まれている。私はこの現象を「空洞化の里くだり現象」と呼んでいます。
 さらに現在では空洞化のフロンティアは人口3万〜5万人程度の地方中小都市ではないかと思う。例えば、中国山地でみると産婦人科や小児科などの医療や映画館などの娯楽施設が、急速に欠落しつつあることがわかります。
 2番目は中山間地域での限界集落問題です。総務省と国交省の共同調査では全国で2600集落が消滅のおそれにある。
 私たちは、統計分析のうえ、集落に残る青壮年層(30〜64歳)の絶対数が4人を切るところから集落機能が急速に脆弱化すると指摘してきた。具体的に分析するとたとえば山口県では周防山間地域にこの壮年人口4人未満集落が出現しており、人の手が入らない森や水田が増大し社会的空白地帯となっていることが分かります。
 こういう議論をすると、乱暴な経済学者からは、集落が消滅してなぜ悪い、集落を維持するとコストがかかるからそこに住む人々は都市に出てくるべきだと公然と言われる。それでは限界集落化によってどんな問題が起きているのか。市町村へのアンケート調査では消滅した集落がある市町村の約37%で「ごみや産廃の不法投棄がある」と回答している。限界集落問題は国土政策の大きな焦点であるのが実態です。

◆意図的な都市・農村対立を乗り越える

 3番目の現象は、農家世帯所得の減少です。
 副業農家の農外所得が大幅に減少。98年から03年の5年間で農外所得が21%減った。平均130万円です。昨年の農業白書は同じことを指摘しているがその文章は極めて奇妙です。「近年、農外所得は減少傾向で推移している。わが国農業の持続的な発展を図るためには主業農家をはじめとする農家の経営の安定が重要である」と2つの文章につながりは一切なく、農外所得の減少を指摘しながら、それでも問題は主業的農家のみだと論点が明白にすり替えられています。
 4番目の傾向は市町村合併の進展による影響です。
 市町村合併のターゲットとなっているのは人口1万人未満の市町村です。自民党のプロジェクトチームや、第27次地方制度調査会がこれを打ち出した。
 では1万人未満とはどんな意味を持っているのか。実は、今回の合併前の人口1万人未満の市町村のうち、過疎法や山村振興法などの条件不利地諸法に該当する市町村は85%になります。つまり、平成の大合併とは条件不利地自治体の再編だと捉えることができる。
 平成の大合併によって3200あまりの自治体が1804になった。結果を一言でいえば、農山村の「制度的周辺化」の進行です。今までは農山村の経済的周辺化が言われましたが、それが、合併市町村という枠組みのなかで文字通り周辺化している。そして自治体自体が自らの管内となった農山村を把握することが非常に困難になっている。「見えづらい農山村」です。それは中央政府や国民にとっても見えづらくなっています。
 最後の5番目は、都市と農山村の対立です。最近では「人を大都市圏に集めれば日本経済は復活する」という主張も登場している。あるいは地方・農山村の甘えという批判が大変強く打ち出された。
 その背景として政治・行政学の大森彌氏は、98年の参議院選挙での自民党の大都市における敗北を契機に、農山村を優遇し過ぎたという『都市割り食い論』が高まってきたと指摘しています。したがってこの問題は意図的・政治的な対立構図と考えられます。
 しかし、国民レベルでは決してこういう対立があるわけではない。私はこれを上空と地上の風向きの違いと言っています。国民レベルの地上においては都市と農村の共生ということがむしろ定着しはじめている。都市・農村の対立の強まりという上空の風に負けないような地上の風をどう作り出していくか。今後の大切な論点だと思います。

◆動き出すコミュニティづくり

 それでは農山村再生のためにどうすべきか。5つの対応策を提言したいと思います。
 1番目は農山村における新たなコミュニティの構築です。これは急速に進んでおり、西日本では地域振興会、自治振興区という概ね旧小学校区を範囲とするような新しいコミュニティづくりが進んでいる。「小さな自治」とも呼ばれています。
 また、各地の先発事例の特徴をみると、自治組織でありながら経済組織の面も持つという二面性もある。
 それから文字通り小さな役場としての機能を発揮している総合性と、集落が持っている一戸一票制という限界を乗り越えるという革新性も持っている。一戸一票制では排除されてしまう女性や若者の意見をくみ取り新しい力として結集させるために、従来の意志決定システムからの転換が行われています。
 住民が当事者意識を持って地域の仲間とともに手作りで自らの未来を切りひらくという積極的な展開であり私はこれを「手作り自治区」と呼んでいます。
 二番目の対応策は、所得が減少するなかで新しい地域産業構造を打ち出していくことです。ここでは「4つの経済」を指摘したい。ひとつは「6次産業型経済」。農産加工、直売といった活動は今や農村レストランまで行き着き成熟化し始めている。
 2番目は「交流産業型経済」。交流というのは所得形成機会であると同時に双方の人間的成長の機会でもあり社会教育的側面を持っている。そのためにリーピーター率が高くそれが産業としての成立可能性も高めていると思われます。
 3番目は「地域資源保全型経済」です。6次産業は地域資源の活用だが、地域資源を今に至るまで営々と保全しているという活動も都市住民の共感を生んでいる。地域資源保全が一種の物語を生んで、それが都市住民の共感につながり、購買行動につながっていることが指摘されています。
 そして4番目は「小さな経済」です。
 山口県の中山間地域住民への調査では経済的水準について年齢、性別を問わずほぼ7割が不十分であると回答しています。ただし、追加所得としてあとどのくらい必要なのか聞いてみると、年間60万円から120万円程度であることが示されている。こういう「小さな経済」というべき所得機会をどれだけ多く作り出し、定着させることができるのかが課題です。

◆中小都市を拠点にする

 3番目の対応策は、今や地方中小都市が「空洞化のフロンティア」になってしまっているなかで、中小都市を農山村生活の拠点として確立することです。具体的には人口3万人から5万人程度の都市をきちんと維持し、そのなかに都市的な機能、雇用場面を維持する。それが周辺の農山村の発展につながる。農村政策サイドからも、地方の拠点性を持った中小都市についてきちんと考えるべきだと思います。
 4番目の対応策は、各地域が今までしばしば見られた思いつき的な取り組みから脱却して、地域の取り組みを戦略的に体系化することです。そのために提唱したいのは、「参加の場をつくる」、「カネとその循環をつくる」、そして「暮らしのものさしをつくる」という地域づくりの3要素を意識した立体的な取り組みです。それは各地で始まっています。
 そして最後の5番目の対応策としては、農山村振興理念の再構築です。しばしば言われるのは、均衡ある国土の発展の時代は終わった、内発的な発展、自立促進が必要だ、です。しかし、この議論自体、間違っている。
 そうではなく、2つの課題を同時に実現すべきだと思う。自立促進と同時に格差是正の「二兎を追う」ことが重要で、今後は自立促進と格差是正を常にパッケージ化しながら新しい政策を組み立てていくべきではないか。そのためには、格差是正の必要性は終わってはいないことをきちんと国民に説明し、一方では格差是正をいわばひとつのバネにして内発的発展を試みる。あるいはそういう主体形成が農山村で進みつつあることも説明する必要があります。

◆格差是正と自立促進は不可分

 残された論点としては、「国土形成計画」のなかでも打ち出された「新たな公」という考え方をどう捉えるかがあります。
 大きく捉えればこれは公共性をめぐる議論であり、公共性については「公から私へ」、「官から民へ」、「官から地域へ」などの多様な考え方が主張されています。
 しかし、新たな「公」の議論の本質はまさに協同組合の「協」ではないか。その意味で「公から協へ」と読み替えていくこと、つまり下からの公共性をうち立てていくことがわれわれに求められている。そして、この「新たな公」において農協がいかなる役割を果たし得るのかがこれからの重要な論点ではないかと考えています。

(2007.5.14)


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