農業協同組合新聞 JACOM
   
2008年度 第1回 農業協同組合研究会課題別研究会

オバマ政権の経済政策と新たな日米関係
ジャーナリスト 中岡 望氏


 農業協同組合研究会(会長・梶井功東京農工大名誉教授)は12月20日、東京・大手町のJAビルで課題別研究会を開いた。ジャーナリストの中岡望氏による「オバマ政権の経済政策と新たな日米関係」がテーマ。
 この1月20日に「チェンジ」を掲げるオバマ新政権が発足。黒人初の大統領に内外の期待は高いが、米国の金融危機に端を発した世界同時不況のなか、その経済政策はどう展開されるか。中岡氏は「自動車産業問題への対応がオバマ政権の最初のテストとなる」など指摘した。講演要旨を紹介する。

◆米世論はビッグ3救済に反対

中岡 望氏

 黒人初の大統領誕生は米国にとって非常に大きな変化だ。しかし、オバマ勝利の最大の要因は2008年9月の金融危機以降の急激な景気の悪化にある。
 1933年、ルーズベルトが登場した背景には大恐慌があった。ニューディールを実施し、1960年代までリベラルな政策が実施された。それは大きな政府と福祉国家を目指すものであった。しかし、70年代には財政赤字拡大と大不況で民主党のリベラルな政策への失望は高まり、81年に小さな政府、市場主義、規制緩和の共和党のレーガン政権に移る。レーガン政権のネオリベラルな政策は80年代、90年代に成功を収め、アメリカの政治的、経済的な復興を実現した。
 しかし、ネオリベラルな政策に基づく規制緩和は、特に金融市場で無政府状態を生み出し、サブプライムローン問題に端を発した金融危機はネオリベラルな政策への批判を強めた。特に2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻から始まった金融危機で共和党のマケイン候補の逆風を生み出し、民主党のオバマ候補に有利に働いた。ブッシュ大統領に対する不信感も民主党の選挙での大きな勝利の要因となった。
 この政権交代に対して保守からリベラルへのアメリカの世論の変化が背景にあるとの分析もあるが、必ずしも保守派の退潮を意味するのではなく、共和党が保守主義から逸脱したことで保守的な国民に見捨てられた側面もある。ただ、長い間、影響力を失っていたリベラル派が勢いを増すのは間違いない。
  こうした政治情勢の大きな変化の背後には、ブッシュ政権の多くの失敗がある。イラク戦争の失敗、ハリケーン・カトリーナの被害に対する対処の失敗に加え、リーマン・ブラザーズを破綻させたことで決定的となった。そこに加えてアメリカ資本主義を代表してきたゼネラル・モーターズ(GM)の経営危機や、金融危機以降の景気悪化で雇用情勢も最悪の状態になってきている。
  ビッグ3の経営危機に対して議会では共和党の反対で救済法案は成立せず、ブッシュ大統領は金融救済資金を転用して“つなぎ融資”を実施した。自らの政権の期間中にビッグ3を破綻させることを避けると同時に、最終的な救済策はオバマ政権に委ねられることになった。ビッグ3救済には世論の6割が反対している。破産は自分たちの経営の失敗に対する対価だとの声が強い。しかし、関連産業も含めて300万人の雇用がある。オバマは向こう2年間で300万人から400万人の雇用創出をすると発表したが、自動車産業が破綻すれば雇用情勢はさらに悪化するのは間違いない。全米自動車労組(UAW)は民主党の支持団体でもあり、最悪の事態を回避する動きにでるだろう。
  ただし、“つなぎ融資”には経営再建策の政府への提出や、役員報酬規制、政府による財務内容のチェックなど厳しい条件がついている。3月末までに再建策を提出し政府がチェック、承認されなければ融資の政府への返済が求められる。つまり、政府が自動車産業の運命を握っているということだ。

◆高コスト構造の自動車業界

 米国の自動車産業の1時間当たりの報酬(賃金に年金、医療保険関連の費用を加えたもの)は1人あたり70ドル程度で、トヨタやホンダの40ドルと比べると非常に高い。議会での審議でも、高コスト構造が問題となった。米国社会は冷酷なところがあり労働コストは部品と同じ変動費と考えるようなところがあるが、そのなかでGMは特殊な会社である。同社は戦後、経営学者のピーター・ドラッカーに経営分析を依頼し、人間をモノではなく人間として扱うべきとのアドバイスを受け、労働者に手厚い政策を採ってきた。たとえば定年後も家族を含めて医療費保障や、手厚い年金を支給している。レイオフされても登録しておけば給料が保証される“ジョブ・バンク”の仕組みもある。これで高コスト体質になっているわけだが、もちろん経営の失敗も大きい。
  70年代のオイルショックを機に日本は低燃費車などの開発に力を入れたが、GMなど米自動車業界はその後原油価格が下がるとガソリンを食っても高くて儲かるSUV(スポーツカータイプの多目的車)などの開発へと傾斜した。環境規制を強化する法案が提出されても、ロビー活動を通して法案成立を阻止するなどの動きもみられた。その結果、燃費の良い自動車開発やエコカーの開発で日本や欧州の自動車メーカーから遅れを取ってきた。
  ビッグ3を救済すべきでないという世論が強いなかで、オバマ新大統領がどう対応するかが政権の最初のテストのひとつになる。
  ただし、GMなどが破産法を申請しても、それは裁判所の指示のもとで合理化を図るということであり、操業を継続することはできる。つまり、自動車業界が問われているのは、裁判所の監督のもとで再建を図るか、それとも政府の監督のもとで再建を図るのかの違いにすぎない。米国には、政府が本当に介入して再建計画を判断できるのかと疑問視する声もある。むしろ自力再建ができないのなら、政府支援に頼るよりも破産法第11条(チャプター11)を申請して再建を図る方が合理的との意見が強い。多くの航空会社も経営破綻し、チャプター11での再建を図り、現在も営業を続けている。従って、GMが破綻したとしても、企業が消滅するわけではない。もちろん、破綻が与える経済的、社会的、政治的な影響は大きい。

◆切迫する経済状態、問われる外交

 オバマ新大統領が選挙期間中に打ち出した経済政策はおもに公共投資と教育投資である。国内の橋や道路はすべて陳腐化しており、作り替えるべきと主張している。また、教育投資は米国の競争力を確保するうえで必須であると主張している(注:講演後、オバマ大統領の意向を汲んで民主党は「アメリカ復興・再投資法」を提出、総額8250億jの景気刺激策を発表している。そのうち2750億度jが減税、5000億jが公共投資に向けられることになっている)。中間層への減税も公約する一方、金持ち減税はやめるとしていた。ただ、ここにきて変化が見られる。ブッシュ政権は2001年と2003年に利子配当税や相続税など富裕層が対象の減税を行っているが、時限立法で2011年と2013年が期限である。それを前倒しで廃止するというのが、金持ち減税はやめるという意味だった。しかし、景気の大幅悪化で期限までは継続するという方向に主張が変わりつつある。景気を考えれば、富裕層であれ増税はできないということだ。
 そうなると公共投資などの財源はどうするかだ。2008年度の財政赤字は1兆ドルを超えている。景気刺激策を講じれば、さらに財政赤字が拡大する懸念もある。その財源として、選挙期間中はイラク撤兵で戦費が減り、富裕層の減税を廃止することで財源を捻出するとしていた。しかし、オバマ新大統領は、アルカイダとの闘いを強化するためにアフガニスタンには増派するとも主張しており、本当に戦費が減るのかという疑問もある。さらに共和党からはイラクから撤兵すれば真空地帯が生まれジェノサイド(大量殺戮)が起きるとの批判もあり、現にブッシュ大統領とイラク政府の間で地位協定が結ばれたことから即時撤退は難しくなっている事情もある。
 そのほか長期的な投資としてグリーンインベストメントを掲げ、代替エネルギー開発による雇用創出とグリーン・インフラの整備を投資対象に挙げている。また、サブプライム問題による地価下落で固定資産税収入減少に苦しむ地方政府への補助なども経済政策の中に盛り込まれるだろう。
 社会政策では“国民皆保険制度”の導入をめざすとしているが、これが実現すればルーズベルト時代に匹敵する政策となるだろう。
 ただ、ルーズベルトの時代は上院で民主党が60議席を割り込んだことはなかった。米国の上院議会では議員の発言に制限時間はなく、合法的に議事妨害ができる。それを阻止する動議提出には60人が必要だ。民主党は1月発足の新議会で上下院とも多数を占めているが上院は58議席にとどまっている。政策を実現するには、共和党の協力は不可欠である。オバマ新大統領は政治的分裂を回避し、超党派での政策実現を目指している。彼は「民主党の問題、共和党の問題というものはない。あるのはアメリカの問題である」と党派的対立の解消を訴えている。そうした路線がどこまで議会の支持を得ることができるかどうかが、同政権の帰趨を決することになるだろう。
 いずれにしろ経済問題は切羽詰まっており、仮に景気回復で失敗すれば2年後の中間選挙で民主党への逆風が吹きかねない。

◆日本の外交政策こそ問われる

 ちょうど1年前、オバマ新大統領は外交政策に関する論文を『フォーリン・アフェアーズ』誌に書いている。試しに「日本」という言葉が何回出てくるか調べてみたが3〜4回。それも単独で日本が登場することはなかった。米国の政府関係の知人に聞くと、今は国務省で日本への関心を持つ人が少なくなっているという。米国メディアでも日本という言葉が出てくることは少ない。おそらくオバマは日本のことは知らないだろう。
 オバマとヒラリー・クリントンは上院議員であった昨年(07年)、中国に対して市場開放と人民元の切り上げなど求めるようブッシュ大統領に書簡を送っている。このことからも分かるように、米国のアジア外交の軸は中国になるだろう。ブッシュ政権は中国と友好的な関係を維持してきたが、オバマ政権はかなり厳しい対中政策を取るのではないかと予想される。朝鮮半島政策でも非核化が最優先で、日本が主張する拉致問題は意識にないという点はオバマ政権でも変わらない。
 対日政策はどう変わるかとしばしば聞かれる。しかし、本当の問題は、アメリカが日本に対して何を求めてくるのかではなく、日本がアジアにおいてどういう役割を果たそうとしているのかだ。日本に対アジア戦略、対米国戦略がないことこそ、問題である。
 米国は物言う友人は尊敬するが、黙って付いてくる友人は都合がいい友人であっても、尊敬される友人にはなれない。積極的なアジア政策を打ち出すことが、均衡のとれた日米関係を作る前提条件である。

(2009.1.26)


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