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この人と語る21世紀のアグリビジネス

「おいしい漬物があれば、
ごはんをもう一杯食べたくなる」


針塚藤重  針塚農産 代表
 インタビュー前に畑へ。立派な無農薬栽培キャベツが並ぶ。それを育てた土を手にたっぷり取り「ほら、いい土でしょう」と見せてくれたあと、なんと、食べてしまった…。唖然としているわれわれに針塚さんは「安心・安全はこうやって証明しなきゃ」。キャベツは昭和30年代に始めた家業、漬け物づくりの材料に。「おいしい漬け物があれば、ごはんをもう一杯、となる。減反しなくても済むんです」が持論。農業と今後のアグリビジネスのあり方を語ってもらった。
針塚藤重氏  
 
聞き手:坂田正通(農政ジャーナリストの会会員)

−−東京農大を卒業。東京都の農業改良普及員もされていたそうですが、どうして農業を継ぐことに?

針塚藤重氏
(はりづか とうじゅう)
昭和10年群馬県生まれ。東京農業大学卒業後、東京都農業改良普及員、家畜人工授精師、教職1級(理科)資格取得。農業、こうじ、漬け物などの農産加工業に従事する。現在、針塚農産代表、大地を守る会主催のアジア農民元気大学教授、群馬県漬物工業協同組合副理事長などを務める。群馬県知事認定のマイスターとして、21世紀村づくり塾など各方面からの漬け物体験研修会の講師要請が多い。

 針塚 もともと農業がおもしろくて大好きなんですよ。
 実家に戻って最初にやったのは、大学で育種を勉強してましたから、なんとか夏に白菜ができないかと。それで9月にいい白菜が採れる品種ができたものだから、東京の青果市場に持っていきました。
 ただ、そんな時期に白菜を食べる習慣もなくて、市場の人に、このバカヤロウ、こんな腐りやすいものを持ってきやがって、とお叱りを受けた。実際、冷蔵技術もない時代でしたから腐って悪臭も出ますしね。それなら、と浅漬けを始めたんです。

−−腐らさないように、という発想だったわけですか?

 針塚 腐らないようにするのにはどうしたらいいかと。それで浅漬けにして東京のデパートに持ち込んだら、これが売れるんですよね。日本で初めて白菜の浅漬けを売った。昭和32年の9月でした。麹も入れますから、ほんの少し甘みも出て大好評で連日よく売れて1日2回も群馬まで取りにきた。おもしろくって家族で寝ないで漬けてました。
 夏に白菜を持ち込んで馬鹿にされたことが、今で言うアグリビジネスのきっかけになったということでしょうかね。

−−ただ、漬け物というと塩分が多いという印象ですが。

 針塚 当時も販売先で冷蔵庫を貸してほしいというと、漬け物は保存食じゃないのか、と言われました。そのときも自分たちのは塩分の少ない浅漬けで食べやすい漬け物だから、と説明しましたが、今は、もう冷蔵庫が各家庭にありますし別に塩分を高くする必要はないんです。むしろ意外に塩分の低い食べ物で、パンや麺類のほうが塩分が多いぐらいです。
 それから、ちゃんと漬けるということが大事なんですね。塩を振って重しをかけて水を上げる。そうすると野菜の空気が逃げて嫌気性の元気な乳酸菌が活発化してきます。それを生で食べるわけですからお腹のなかで非常に良い働きをする。乳酸菌というと乳製品ばかりが頭にありますが、実は漬け物のほうがレベルが高いんです。

−−手軽に作れる漬け物の素なども売られていますが、あれはどうですか。

針塚農産

 針塚 私が主張しているのは、30分かそこらで「漬け物もどき」を作るんじゃなくて、一昼夜かけてきちんと乳酸発酵させたものを作りましょうということです。
 要するに本物の漬け物というのは、発酵食品だということです。生きている漬け物、です。実は微生物による発酵がないと食品衛生上も問題が起きかねない。元気な乳酸菌がたくさん生きていればO157など病原菌を抑えることもできるんです。
 私はこういう健康にもよくておいしい漬け物を作れば、もう一杯ごはんを食べてもらえるようになると思っているんです。自給率の向上にもつながるし減反なんかしなくて済む。
 ごはんをあまり炊かなくなった家庭も増えていますが、一皿、おいしいお漬け物があれば否が応でもごはんを炊かなくてはなりません。ですから、私はおいしい野菜の作り方と本物の漬け物の作り方をあちこちで伝授させてもらっているわけです。

−−おいしい野菜づくり、その鍵が土づくりだと。

 針塚 わが家はもともと養蚕農家だったんですね。江戸の末期から生糸をつくっていて、横浜の港に船が入ったと聞くと、荷車と馬で運んだ。高値で売れたんですが、それはやはり品質のいいものだったからです。品質主義といいいますか、良い品じゃなきゃだめだというのが我が家の伝統的な考えで、じゃあ、そのためにはどうしたらいいかといえば、それは土づくりだと。ほかの養蚕農家は横浜で売ったあと、お金だけを持って帰ってきたそうですが、わが家は干したイワシや昆布を荷車に積んで帰り、桑畑にすき込んだそうです。

−−昔は人糞も使ったわけでしょう。

針塚藤重氏

 針塚 わが家では桑畑には一切使っていませんでした。というのも、これは後で分かったことですが、人糞のなかにいるストレプトコッカス・フィーカリスという乳酸菌は整腸剤として人間の健康には非常にいいんですが、カイコや青虫、ヨトウムシなどはお腹をこわすんです。
 だから逆に、江戸時代、江戸の農民は大奥からプレミアつきで人糞を買い、それを薄めて畑にまいたほどでした。そうするとヨトウムシや青虫が弱るから、すばらしい練馬大根ができたんですね。人間の大腸にある乳酸菌を上手に使ったんですが、わが家ではそれはカイコにはよくないと気がついて桑畑には一切入れなかった。大自然に学んで土づくりをしてきたんです。
 今は新しく開発された微生物剤(デナグロス)で土壌改良していますが、実はわが家では江戸時代からやっていたことなんですね。

−−漬け物用の野菜づくりはどういう体制ですか?

 針塚 土づくりなどの技術が確立した地域の仲間50人ほどに契約栽培してもらっています。自分の畑は、おもに品種の育成ですね。
 白菜の種を採っているんですが、F1じゃなくて固定種です。これがまたおもしろいんですよ。粒がものすごく大きくて油が十分にとれる。
 私はそれを頭につけている。もうすぐ70歳だというのに、こうして黒々しているのはそこなんですね(笑)。白菜の油のなかには良質のアミノ酸がたくさんあるんです。5世紀の中国の「本草綱目」には、植物の種の油を塗ると刀が錆びないという話もあった。それで自分の白菜の種も何かに生かせる、アグリビジネスとして商品化できると気がついたんです。

−−見通しはいかがですか。

針塚藤重氏

 針塚 今、養毛剤などの市場は300億円ぐらいありますが、うまくいけばそのうちかなりのシェアは占められるのではないかと。もう特許もとりました。化学薬品ではなくて、自然の恵みで人間を美しくするんです。
 農業というのは、食べ物をつくるばかりではなくて、農産物の機能をいかしたおもしろさがたくさんあると思うんですね。わが家でも江戸末期から明治は絹でしたから、「衣」に関わってきたわけです。それから戦後は「食」の時代でしたが、これからは健康、美容にも畑から貢献するんだと考えるべきだと思っています。
 それからこの種は、アジアや南米の農民にも分けているんです。貧しい農民が多い地域ではF1なんて高くて買えませんからね。自分たちで白菜を食べたり商品化して多少なりとも村が豊かになればと。それと重要なのは固定種ですから種を自家採取できることです。21世紀の農業は、農民自身がそれぞれの気候風土にあった種を見いだしながら農業をするということももう一度大切にしなければならないと思っています。

−−どうもありがとうございました。


インタビューを終えて
 針塚さんは農業が大好き。夜は早く寝て、朝4時から農作業のため圃場に出る。スモール・イズ・ビューティフルが信条。現代の農業とすれば比較的小規模の畑や田んぼを小型の農機具を使って歩き回る事が針塚さんの健康法。アメリカの大統領がするようなジョギング健康法は非生産的という。髪の毛は黒々、日焼けした肌、圃場とインタビュー室で、針塚さんが漬物や菌耕農法を説明する時、人生楽しくて仕方ないと言う感じ、活き活きしている。
 講演依頼は国内ばかりでなく海外でも引っ張りだこ。ベルリン、ロンドン、シンガポール、香港など。演題はいつも「日本の伝統食品は世界最高の健康食」。2000人の聴衆が集まる事もあり、ぬかみそ漬けの実演は大受けしている。300年続いた針塚家は、日本の家族農業のお手本でしょう。お子さんは7人。子ども達には、いつも孫は最低1人につき3人はほしいといつも話している。長男が後継者で針塚さんと同じ東京農大を卒業し、同居。家のことは息子さんに任せている。あと10年は現役を続けられるという(今年67歳)。
 著書は7版を重ねる「緑の風」、6版の「あざやか浅漬け直伝」、3版の「極上ぬか漬けお手のもの」など。針塚農産の漬物は東京・三越デパートで直売。電話注文なら(0279−22−0381)宅急便で送ってくれる。(坂田)


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