農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス
農薬は人間の考えた
知恵と技術のかたまり
「ラウンドアップ」のブランド力強化めざす
日産化学工業(株)
常務取締役・農業化学品事業部長 猪飼 隆氏
いかい・たかし 昭和42年3月東京大学農学部農芸化学科卒業、同年4月日産化学工業(株)入社、平成13年常務取締役農業化学品事業部長

 

 日産化学工業(株)は1887年(明治20年)創業以来、日本の化学工業のパイオニアとして歩み続けてきた。農業化学品部門では、肥料も含め600億円以上の売上があり、業界上位の地位をしめている。常務取締役・農業化学品事業部長の猪飼隆氏に、日本モンサントから国内除草剤事業を買収した経緯や、草取りなどの重労働から生産者を解放した農薬の役割について、その思いを聞いた。


◆ラウンドアップなどの買収が、販売活動に好影響

 ―会社の全般的な状況からお話くださいますか。

 猪飼 現在の事業全般の状況を述べますと、液晶原料、半導体材料、電子材料部門が好調です。一般化学品も収益は安定してきています。医薬品部門では、高脂血症治療薬の今後の伸びが期待されているところです。農業化学品部門は肥料も含め、連結決算ベースで売上640億円以上に達する規模で重要な部門です。このうち農薬については、当社は常に売上で業界上位の位置にあります。ただし、新農薬の開発は、安全性をクリアーし、環境科学や製造の課題を解決し、そして登録の取得へといくつかのステップを踏んでゆく必要があり、他社も同じだと思いますがこれから自社品の開発に取り組む場合、大変な投資が必要だということで、それに耐え得る経営上の体力を持ち続けなければなりません。しかし、だからこそチャレンジする価値がある部門だと考えています。
 日産アグリ肥料事業については、1958年に商系の販売を(株)丸紅との合弁で設立した日産丸紅商事に移管しました。その後、コスト削減や営業努力が実り収支均衡ラインに達したのを機会に2001年10月、さらなる効率化をめざし製造販売一体化会社の「日産アグリ」を設立しました。
 また、日本モンサントからの国内除草剤事業の買収ですが、ラウンドアップ、ブタクロール、アラクロールの3剤を買収し、2002年の7月から営業を開始しています。この買収は、当社のトウモロコシ用除草剤のアメリカでの販売をモンサント社を通じて行ってきた歴史があり、モンサント社との良好な関係が土台になっています。ラウンドアップとシリウスなどの一般農薬、それぞれの販売活動が競い合い切磋琢磨し合っており、全体で良い方向に向かっていると思っています。ラウンドアップについては、ブランド力を高め市場への一層の浸透を図りたいと考えています。

 ―モンサントからの国内除草剤事業の買収について、同社との良好な関係が基礎になっているとおっしゃいましたが、なぜモンサントが買収に応じたのか、両社の良好な関係以外の理由をお聞かせください。

 猪飼 モンサントとしては、遺伝子換み換え事業に経営資源を集中して業績を伸ばしたいという方針があったことが背景にありました。日本以外の各国でもラウンドアップの販売を現地の会社に任せる形で、事業の集中化を図っています。そのような流れで、当社による買収が極めてスムーズに進んだということです。

 ―モンサントは日本マーケットについて、何らかの戦略を持っていたのでしょうか。

 猪飼 基本的には、日本でも遺伝子組み換え事業を普及させたいと考えていると思います。しかし、日本では十分な環境が整っていないため、なかなか普及するのは難しいように思われます。

 ―新しい事業に取り組むことで、経営的な安定を図る狙いもあるのですか。

 猪飼 将来的には大きな利益が望める分野での事業を成功させることを望んでいるのだと思います。当社はラウンドアップをモンサントから購入して販売しておりますが、ラウンドアップは依然モンサントの重要な事業であることに変わりはないと思います。


◆海外拠点の現地化を進め、現場の近くで活動

 ―海外事業についてお聞きしたいのですが。

 猪飼 海外事業については、タルガ、パーミット、シリウス、サンマイトなど自社開発品に限定されますが、ヨーロッパ、米国、南米、アジアなど広く展開しています。しかし、海外の大手企業間ではM&Aにより統合が進んだ結果、扱い品目数が増えていますから必然的に経営資源の希釈が起こります。言い換えると、日産品への注力度が落ちることが危惧されることになります。
 そのような事態に対応するため海外拠点の現地化を進め、当社自身がより現場に近いところで活動するように形を変えてきています。米国ではアリゾナ州にあるGOWAN社と合弁でCANYON社を設立しました。ヨーロッパでは合弁企業であるフランスのフィラグロ社、スペインのケノガード社に資本参加しており、マルチナショナル企業と別のブランドで併行販売を行っています。韓国にはニッサンケミカルアグロコリアを設立しました。当社にとって韓国は大切な市場だと位置付けています。今後は、新たな殺菌剤、殺ダニ剤の投入も考えており、海外事業も新しい展開をめざします。


◆草取りなどの重労働から解放し、生活向上に貢献

 ―農薬の一般的なイメージについてどう考えていますか。

 猪飼 農薬がなかった頃の農業を知っている人は、今はもうほとんどいないと思います。現在の農業は、多くの先人のたゆまぬ努力と執念が作り上げたことを思い起こすべきです。農業は害虫や病害、雑草との闘いの歴史です。我々が食べるものは美味しく、健康に役立つものでなければなりません。そのためには、農作物が健康に育っていなければならないのです。農作物を美味しく、健康に育てるには農薬の力を借りる必要があります。
 もともと農薬は、必要最小限使うことを前提に使用基準が決められています。また、一方で農薬は化学物質としての厳重な安全性試験や環境科学試験を実施し、その結果を科学的な評価にかけています。さらに、農作物に微量に農薬が残った場合を想定し、安全幅を十分にとった残留基準が作られています。このことによって農薬の有用性と安全性の考え方が、人間の知恵としての科学的な検証を十分に伴ったものになっていると考えています。
 1億3000万人の日本人の食料を生産するということは、農薬の助けがなければできないことです。私たちは農薬の果たす役割を、もっと知る必要があるのではないでしょうか。農薬という農業資材は、人間の考えた知恵と技術のかたまりです。地球温暖化に伴い気象変動が激しくなり、温暖化による生産量の減少が懸念され、害虫の発生も増えると予想されています。食料自給率の向上が叫ばれていますが、そのような状況を考えると当然なことです。効率の良い農業生産をめざし、農薬メーカーを含めた関連業界がそのための手段やツールを提供する必要があると考えています。

 ―農薬について、もっと勉強してください、ということですか。生産者は使用基準が厳しいのではないかと思っており、消費者は使用基準が甘いのではないかと思っているところがあります。両者の間に立つメーカーとしては、そこのところはどう考えますか。

 猪飼 農薬を正しく理解してもらうことをめざし、農薬工業会では消費者向けのゼミなどを実施しています。また、農家に対しても農薬の効果や安全性などの正しい知識をもってもらう活動が続けられています。知らないことから生じる誤解がまだ多いのではと思っています。農薬の使用によって田んぼの草とりなどの重労働から解放され、農家の生活を大きく変え、生活向上に貢献した点は大いに強調したいと思います。


◆JA改革を注目、販売力強化にもっと工夫を

 ―JAとは長い付き合いだと思いますが、最近のJAについて一言お願いします。

 猪飼 系統組織を外から見ていると、非常にコストのかかる組織に見えます。コスト削減に向け物流・店舗・営農の三位一体の改革を進めていると聞いていますが、とても有効な改革だと思います。しかし、そのような改革に伴って組合員等に対するサービスの低下が起ってはいけないはずですから、その意味でも注目しています。系統組織は大きな組織ですから、すべてを組織内でまかなうことが前提だと思いますが、すべて自己完結型で組織を動かすことが良いのかどうかは疑問です。

 ―アウトソーシングをもっと活用しろと。

 猪飼 そうですね。それから、農家の関心事である農産物の販売に、JAはもう少し工夫が必要だと思います。産地の特色を前面に出し、県本部などが先頭に立ってスーパーや量販店などで積極的な売込みを行っているところもありますが、消費者ニーズに合った企画、あるいは消費者にアピールすることが必要だろうと思います。

 ―お忙しいところ、ありがとうございました。今後のご活躍を期待しています。


インタビューを終えて  
 猪飼常務は東大農芸化学の出身。会社では農業化学品本部の担当だから専門が一貫している。ビジネスマンというより白髪の学者風。JAへのアドバイスを聞くと会社のお客さんだからと遠慮がちにいう。普通の企業と比較してみれば、JA組織には無駄が多い、もっとコスト意識をもってもよい、何事も自己完結でなくアウトソーシングを考えてはどうかという。高校、大学と水泳選手。バタフライが専門。今でも運動不足になると近所のプールで泳ぐ。ゴルフは、一緒に回ったパートナーを楽しませる。読書家、印象に残っている本は井上靖の「風涛(ふうとう)」、カミュの「ペスト」、レマルクの「西部戦線異常なし」など極限状態のものにひかれる。ハードボイルドも好きだという。家族は夫人と娘さん3人。末ッ子が大学生。賑やかな女家族の中でお父さん一人ぼっちとか。(坂田)

(2005.5.23)

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