農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス
フードビジネスの拡大に対応して教育内容を拡充
(社)全国食肉学校専務理事・校長 多田重喜氏
 全国食肉学校は、食肉のすべてを学べる職業能力開発校だ。フードビジネスが拡大する一方、競争が激しくなる中で、同校に対する食肉業界の要望は、ますます多様化している。これに対応して「教育内容をさらに拡充していく」と多田校長は熱っぽく現状や課題を語った。学校経営の理念には「食文化の創造者を養成する」というロマンがある。これに沿って多田校長も数々の課題を提起し、教育事業の展望を語った。

消費者との接点を重視 メニュー提案力向上へ

食肉学校多田校長
ただ しげき 昭和21年3月石川県生まれ。44年宇都宮大学農学部卒。全販連入会、全農の中央畜産センター場長、大消費地販売推進部次長を経て平成13年全国食肉学校教務部長、14年同校専務理事・学校長。

◆さよならのない学校

 ――食肉の技能者養成校といっても、食肉業界の範囲は非常に広く、卸・小売からハム・ソーセージ加工、外食産業や、そして全農グループなどに及びますが、そのすべての分野の要望に応えていく方針ですか。

 「そうです。学校経営の理念である『わが国の豊かな食生活と食文化の創造者を養成する』にもとづいて、例えば、その企業の人材養成戦略に見合うような短期セミナーの開設を提案して回ったりして、学校経営面からするマーケティングに努めています。31年前の開校当時は、産地食肉センターのカットマン(枝肉を部分肉にする専門職)養成が主でしたが、今はフードビジネスの分野をもっと拡大しなければと考えています」

 ――通信教育や短期研修のコースをたくさん開設して、受講者が選択しやすいようになっているのは、そのためですね。メインである全寮制教育の卒業者は何人になりましたか。

 「1864人です。ところで、私は、こちらに赴任した5年前から、卒業後も縁が切れないような「さよならのない学校」にしたいといってきました。実社会に出て、困りごとがあれば学校に相談するとか、同窓会で学習会を開いたり、情報交換をするといったつながりを持ち続けたいということです」

◆経営者自身の入学も

 「自分の店舗運営で成果の挙がった優良事例などは学校に連絡して、それを後輩たちの授業に反映させたり、自ら非常勤講師を務めることなどは、それこそ産学協同の実践となります。昨年は焼肉セミナーで大阪の卒業生に講師を引き受けてもらいました。ちなみに、本校の教育理念は、産学協同による実践教育と心豊かな人間形成です」
 「同窓会には、学校側からも学習会のついでに懇談に加わるなどして、活動の継続を誘導しています」

 ――全寮制の入学者には、どんな人が多いのですか。

 「やはり高校と大学の新卒者が多く、約半数を占めます。食肉業界への新規参入を目指す人が増えていますね。フードビジネスをやりたいが、従業員をリードするためには、経営者である自分自身が体系的な教育を受ける必要があるとして30歳半ばで入ってくる人もいます。また家業の精肉店を継ぎたいから、という人も、たくさんおります。さらに奥さんの実家の店を継ぐために会社勤めを辞めて入学してくる年輩の人もいます」
 「若者の希望する職業を内閣府あたりが調査した結果によると、食べ物を扱う職業がいつも5位以内に入っており、食文化の分野が男女を問わずにモテているという状況です」

◆パイの縮小に備えて

 ――その割には食肉学校の存在が知られていません。フリーターがたくさんいる時代ですから、もっとPRが必要ではありませんか。ところで、卒業生の就職口はどうですか。

 「ぜひ卒業生をほしいというハムのメーカー、卸会社、スーパー、焼肉店などの要望が高く、就職率は100%です。間もなく人口減の時代がきて食料の消費量は減少傾向となり、パイが小さくなって競争はさらに激化するでしよう。すでにスーパーの店じまいがかなり目立ちます。そうした時代背景から、業界に人材を供給する本校の役割は、ますます重要になります」
 「一方、産地食肉センターが次々にでき上がっていった30年前に採用されたカットマンたちがリタイアし、次世代に技術を継承する体制も手薄になっているという問題もあります」

 ――学校の知名度の話を出しましたので、改めてうかがいますが、わが国唯一の「公的な」食肉学校といわれる「公的」とはどういう意味ですか。

 「農水大臣認可の社団法人で、出資金の3分の2は国、あとをJAグループが出しており、また所在地の群馬県知事が認定した職業能力開発校であるという意味です」

 ――人間形成という教育理念はどう実践しているのですか。

◆出前″u座積極的に

 「総合養成科は1年間、食肉販売科は3.5ヶ月間の全寮制ですから、寮監を配置して生活指導をしており、生い立ちの違う人たちが規律正しい共同生活を通し、心豊かな人間性と連帯感を高めていくようにしています。さらに特徴面を挙げると、刃物を使う職業訓練ですから、事故を防ぐために緊張感を保つ精神面の指導をしています」

 ――食肉販売科の学生はどんな人が多いのですか。

 「企業から派遣されてくる学生が目立ちます。入社後1〜3年の従業員のキャリアアップが目的です。本校の教育に対する企業の評価が高まっているということでしょうか」

 ――学校教育に加えて、研修セミナー、通信教育、資格認証の4つが教育事業の柱だとのことですが、オープンセミナーのメニューは実に豊富ですね。

 「要望に応えて新規コースを開設しており、現在12コースにのぼっています。大別すると、本校で行う公開講座的なオープンセミナーと、地方へ出向いて行う“出前”講座です」
 「公開講座は学校教育で培ったノウハウを、広く社会で活用していただく趣旨です。また出前は、遠隔地から本校にくるのは交通費などが大変ですから、全国各地に講師を派遣して開設する講座で『地域サテライト講座』と呼んでいます」

◆「客員講師」を組織化

 ――講座を増やすと、講師不足になりませんか。

 「事業分野の拡大に見合った教務体制の充実に迫られています。そこで講師の“応援団”を組織化するという腹案を練っており、現行の中期3か年計画を発展させる来年度からの中期計画に盛り込みたいと考えています」

 ――応援団というと?

 「卒業生や、かつて講師だったOBたちに非常勤講師になってもらい、テーマ別に支援を仰ぐという案です。人材バンク的に協力者を登録し、組織化します。名称は『客員講師』を考えています。その対象者には、教育指定店(校外実習店)11店の経営者や商品づくりの責任者とか、また学校の支援者たちもいます。セミナーが5日間とすれば、うち1日の一定部分を客員講師に担ってもらいます」
 「その場合、丸投げはしないで、学校方針にもとづくロイヤリティーを結ぶため客員講師の研修会なども年に一回ほどは開き、共通した授業方法なども申し合わせたいと思います」

 ――では次ぎに、通信教育についてスクーリングも、もちろんやるんですね。

 「当然です。スクーリングは本校だけでなく、地方へも出向いて実施しています。教材を売って、それでよしとするのではなく、顧客満足をどう高めるか、サービスを工夫して、フォロー体制を固めています」

◆料理学校に近づいて

 「食肉流通業務実践と、食肉の原価計数管理の2コースがありますが、とりわけ原価計数のほうは受講者が増えており、評判がよいようです」

 ――消費者教育のほうもしておられますね。

 「本校は全国区の学校ですが、地元でも存在感を示そうと、地域活動をしています。昨年は郡内の学校で家庭科の先生から頼まれて食肉の講義をしました。今年は小学生を対象に親子サマースクールを開く計画です。JA女性部の料理教室を開きたいとも考えています」

 ――消費者との接点とか、食肉の流通についての課題はいかがですか。

 「流通面では、産地で最終商品に近いところまで小割をするようになっていますが、社会的なコストから見ても、それが一番効率的です。あくまでも低コストを目指すことですね」
 「本校の教育は、部分肉をつくる川上の仕事と、川下での商品づくりということですが、川下の場合は、メニュー提案ができるように限りなく調理士学校や料理学校に近い分野まで内容を充実する必要があります」

◆パート活用積極的に

 「店舗運営では、例えばパート従業員の効率的な活用法を学べるようなコースがほしいといった要望も出ています。これについていえば、食肉のサク取りまではプロがやり、あとの細かく切りそろえる作業や盛りつけはパートにさせる方法があります。そうすればパートにとっても時給が上がり、意欲もわきます。そして原価計算をやる。フードビジネスはそこだと思います。しゃぶしゃぶ、ちゃんこ、鍋ものなどの商品づくりについても同じことがいえます」

 ――そうした技能を身につけられる科目やセミナーなどをもっと開発する必要があるというわけですね。

しかし、自分自身が受講したい経営者、従業員教育をしたい企業や団体と、顧客は様々だから大変です。 「テーマだけでなく、研修期間を何日間にとか、出前講座の開設地をここにしてくれとか、要望は実に様々です。

 ――では、話題をがらりと変えて、多田さんは、大相撲の大鵬親方から教えられたことを時々語られますが、きょうも最後に、その話題を。

 「昔、偶然に知り合って親しくなりましたが、大横綱だけに雑談中にも心に響く言葉が多いため、学生たちにも校長訓話の中で時々、それを紹介しています。短い話を1つ挙げると『辛口の先輩を持て』ですね。ずばり苦言を呈してくれる人生の先輩を持てということです。大鵬さんは、そういう先輩に恵まれたため、天才だ、天才だという周りの声に惑わされず、相撲道に精進できたという経験を語っていました」

 (社)全国食肉学校(群馬県佐波郡玉村町大字樋越)は昭和48年設立。施設は教室、各種機器完備の実習室、寮室、多目的ホールなどのほか野外にはグラウンド、多目的コートなども。
 同施設は、全寮制の校内教育をはじめ、セミナーおよび講習会などの研修や、通信教育のスクーリングにも使うが、セミナーやスクーリングは全国各地での実施も数多い。
 同校の事業は校内教育、研修、通信教育、資格付与の4本柱。
 資格は同校が認証する「食肉販売技術管理士」で、応募資格は校内教育の卒業生(または見込み者)だけでなく、業界全体に開放。試験は実技と学科。

インタビューを終えて  
 全国食肉学校に赴任されて多田学校長は5年になる。全寮制で、学生とは寝食を共にして教育に携わる、毎朝と夕方、学生と一緒に校庭に校旗の掲揚と降下の儀式は欠かさない。規律ある学校運営を行っている。若者の間に、豊かな食文化、フードビジネスに係わりたい、食べ物を扱ってみたいという風潮の出てきた時代背景を嗅ぎ取っている。60年代、子供の人気が「巨人、大鵬、卵焼き」だったといっても今の学生は知らないが、その大鵬さんを多田学校長は人生の師と呼ぶ。大鵬さんの教訓その1、この世に天才はいない。日々の努力の積み重ねが何時か自分に返って来る。その2、伸びるときは一気に伸びる。それを感じろ。感じなければ努力が足りない。その3、辛口の先輩を大事にしろ、忠告に言い訳は無用。去る5月、元横綱大鵬の相撲協会定年(65歳)パーティで、浮世絵師、木下大門氏に会う。10枚限定の相撲「大鵬錦絵」を記念に買ったと見せてくれた。吾妻屋と水琴窟を作りたいともいう、夢は山野草と日本古来の花木に囲まれた「和」主体の庭を楽しみたいようだ。(坂田)
(2005.8.1)


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