農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス
人間にとって必須な食料 食料の生産に必須な肥料
チッソ旭肥料(株)社長 佐藤 健氏
インタビュアー 坂田正通本紙論説委員
 品質の良い農産物を安定的に生産するために不可欠な生産資材の一つに肥料がある。肥料そのものも最新の技術を用いて日々進歩してきている。代表的なものが温度の変化に合わせて溶出量を変えるコーティング(被覆)肥料だ。そのトップメーカーであるチッソ旭肥料(株)は、ことし、チッソ(株)と旭化成ケミカルズ(株)の肥料生産部門を吸収統合し、生産から研究、販売までの一体化を実現した。同社の佐藤健社長にお話を聞いた。


作物の生育量に合わせて溶出するコーティング肥料

佐藤 健氏
さとう・たけし
昭和22年、宮城県生まれ。
昭和47年東北大学農学部大学院修士課程卒業、同年チッソ(株)入社、環境科学センター、平成3年チッソ旭肥料(株)東北支店長、同9年チッソ(株)アグリ事業部長、同14年チッソ旭肥料(株)代表取締役副社長、同18年同社代表取締役社長就任、現在に至る

◆長年の夢、生産・研究・販売の一体化が実現

 ――今年の1月に、チッソと旭化成ケミカルズの肥料製造と研究開発業務を御社に統合されました。

 「当社が設立されたのは昭和44年ですが、その当時から生産・研究・販売事業の統合という話はありました。販売と研究を統合したものの、反面で生産の統合が遅れていました。その後、研究部門が昭和60年にそれぞれの親会社に戻っています。そういう経過がありますから、研究所の統合は2回目ということになります」

  ――肥料の研究では、LPコート、ロングとかコーティング技術では先行して開発されていますね。
 
「チッソも旭化成も、もともと研究意欲をもっている会社、化成肥料の次にゆっくり効く肥料が開発され、それをさらに進めたものとして昭和44年からの共同肥料研究のなかからコーティング肥料が生まれました」

 ――この合併の自信のほどはどうですか。
 「この会社がスタートしたときから、生産・研究・販売を一体化することが望みでしたから、長年の夢が実現したとの思いです。その狙いは、環境変化へのスピード感ある対応ですから、人員削減とか工場の合理化などのリストラは一切行っていません。いままでは販売だけですので、両親会社による二頭立ての馬車のようでしたが、これからは一頭立ての馬車になり騎手が一人の会社になったと思います」

◆農産物の消費減退が肥料業界縮小の原因

 ――肥料業界は合理化・縮小の歴史といえるかと思いますが、これについてはどう感じておられますか。
 「需要と供給のバランスですから、需要が減れば供給量を減らさないとビジネスとして成り立ちません。縮小は、必然的な動きだと思います。当社も、昔から比べれば取扱い量は半分くらいになっています。それは各社とも同じですね」

 ――肥料の需要は農家にあるわけですが、需要が減っているということは農業が衰退しているということになりますか。

 「肥料は結果的に面積比例だと思います。栽培面積が減れば、当然肥料の使用量が減るわけです。それは田んぼも畑も同じような動きだと思います。農家が止めたくて減っているというよりは、農産物の国内消費量が減って、そのバランス上、作付面積が減らざるをえない。その結果として肥料の使用量が減っているわけです」

 ――昔は肥料の製品輸入はないということできましたが、最近は輸入が増えていますね。

 「肥料は基礎原料的な意味がありますから、外国から基礎原料を買ってきて、日本で加工して付加価値を高めて売っているわけです。当社のLPコートも尿素を買ってきてきれいな粒にして、それをコーティングしているわけです」

 ――輸入肥料が増えているのは価格の問題ですか。

 「輸入肥料の商品としての存在価値は、価格が国内品に比べて安いことです。その代表的なものが、全農のアラジン肥料だといえますね」

 ――ヨルダンで生産しなくても国内メーカーでもできたのではないかという人もいます。

 「従来の国内品よりも20%安くというのは難しいと思います。いろいろな考え方があると思いますが、銘柄数が少なくて大量生産し、10トン車満車とかいう流通形態だからあの価格で成り立つのだと思います」

◆混乱を引き起こし農家に犠牲を強いる「減々」の風潮

 ――国産肥料会社としての将来展望についてどう考えておられますか。

 「食料は人間が生きていくうえで必須の物質であり、食料生産には肥料は必須だから、肥料事業は永遠の事業だと私は考えています。出番は少なくなろうとも、いずれバランスがとれると思いますから、その生き残りゾーンにどう残れるかですね。それは誰がやってくれるわけでもなく、農家に買ってもらえる商品をもっている会社が自然と残る自然淘汰だと思います」

 ――最近はあまり肥料の技術指導とかが行われなくなり、農家も深い知識のあるひとが少なくなってきているように見えるのですが…。

 「水稲でいうと、昔は化成肥料が主体でしたから、基肥を施肥してから生育具合をみながら追肥をしていました。いまはコーティング肥料入りの一発肥料などになりポンと投げ入れればあとはオートマチックに溶け出してくれるので、生育具合とか葉色を見て判断する必要がなくなったといえます。水稲の葉色をみて、いまが追肥の適期だとか的確に判断できる指導者も少なくなっているのではないでしょうか。だけど収量が落ちているかといえば、落ちていないわけです」
 「野菜などでは、専業農家がレベルアップしたり、種子会社が積極的に活動していて、指導関係の技術の流れが少し変わってきているのではないかと見ています」

  ――御社の場合にはそうした技術指導者がいるわけですね。

 「本社の技術部の中に、研究所だけではなくテクニカルサービス部門があります。そこでは使い方への質問とか、作り上げた技術の普及活動などを行っています」

  ―― 一般論として化学肥料や化学農薬が少ない方がいい、という非科学的な風潮があります。

 「健康な野菜と安全・安心はセットだと思います。そして、健康な野菜を生産するためには、作物が必要とする養分は使わないといけないし、病虫害防除も必須なものです。そのときに、過剰な肥料や農薬を投与しないというのが基本だと思います。いまの化学肥料と化学農薬を半分に減らすという考え方は、有機物万能+化学肥料・農薬悪者というだけで、論拠が明確ではありません。そのために混乱を引き起こしていて、振り回されている農家の方が一番犠牲をこうむっていると思います」

◆人の皮膚のように温度に合わせて変化する被覆肥料

佐藤 健氏

 ――御社はコーティング肥料のトップメーカーですが、コーティング(被覆)肥料の良さはどういうところにあるのですか。

 「最大の特徴は、被覆肥料以前の緩効性肥料ですと何も覆われていないので、土の中に投与されるとほとんどの肥料が溶けてしまいます。コーティング肥料は被覆膜を通して徐々に肥料が溶け出しますが、被覆内部と外部の温度差によって被覆外に拡散します。ですから農家にとってはファジーな対応をしてくれるので使いやすいと思います」

 ――どういうつくり方をしているのですか。

 「化成肥料の表面を何重にもコーティングし、その膜の中に溶け出しスピードを調整する物質が配合されているわけです。人間の皮膚が、温度が高くなると毛穴が開き汗を出すように、温度が高くなると肥料を多く出し、温度が低くなると穴が小さくなって溶け出しが少なくなります。温度が10℃上昇すると作物の生育量が2倍になりますが、それに合わせて肥料の溶け出しが2倍になるようになっています」
 「いろいろな種類のコーティングがありますから、作物の養分吸収パターンに合うように使えるのが特長ですね。温度さえわかれば露地でも、ハウスでも使えます」

◆日本農業のために農協を守らねば

 ――最後に農協についてはどう考えていますか。

 「私自身は宮城県で農業を行っている兼業農家ですから、農協に対する意識は強いですね。農協は生産資材をツケで売ってくれる、米を買ってくれる、営農指導をしてくれる、金も貸してくれるいい組織で、それで兼業農家も育ったし、専業農家も潰れることなく来れ、日本の農業が盛り上がったと思います。いまはみんな豊かになり、そういう農協のありがたさを忘れ、ホームセンターで安く売っているとか、部分的なところだけを取り上げて文句が多くなっていると思います。生産資材調達・指導・農産物の確実な販売をしてくれるこんなにいい組織は世界にないと思います。これを守らないと日本の農業は沈没してしまうと思いますね」

 ――よいお話をありがとうございました。


インタビューを終えて  
 生販一体はチッソ旭肥料(株)としては長年の夢であった。佐藤社長の時に実現できて嬉しいと素直にいう。肥料の減少トレンドは需要と供給の関係だからと割り切れる理性派。ただし、食料が必要なところには必ず肥料が必要で、肥料は永遠の原料であると主張。宮城県柴田町の6代目兼業農家。
 金曜日に東京から仙台まで新幹線で帰り実家で週末は農作業をして過ごす現役。趣味は野球とゴルフという。日曜の朝は地元のソフトボールチームのキャッチャー兼審判を勤める。年間20試合はする。日本審判員3級の資格。ゴルフは飛ばし屋。地域に人望があり、区長になってくれと期待されている。JAの存在は大きいとJA組織への目線は暖かい。米価闘争の時代に比べ農家・JAからの情報発信が弱くなったのは残念だという。佐藤健さんのような人が大勢Uターンすれば地域から日本が活性化するだろう。(坂田)

(200710.2)

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