農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

日経調 財界の狙う改革の問題点はどこか?(上)
―「農政の抜本的改革」報告の論評―

梶井功 東京農工大学名誉教授
 財界がつくっている調査研究機関・日本経済調査協議会が、「農政の抜本改革・基本指針と具体像」と題する調査報告を発表した(03・12・17)。財界の農政提言、というよりは財界の農政への要求といったほうがいいかもしれない。相当にきつい要求である。
 きつい要求でも、事実に即し、筋が通っているなら、望むような“国民的議論のたたき台となる”だろうけれど、この要求、あまりにも身勝手――財界はいつも身勝手だから、またしてもというべきか――すぎ、かつ筋も通らないところがあるように私には思えてならない。以下、そう思う所以を幾つか論じておきたい。(2回に分けて掲載します)

1.農政は“生産者優先・消費者保護軽視”か?

 この財界提言、発表されたものは中間報告だそうだが、それには、“政策転換・制度改革の4つの具体像”と題されて、
 (1)フードシステムと農政改革
 (2)新たな担い手経営支援策
 (3)農地制度の抜本的改革
 (4)農業環境政策の構築
の4つが記されている。これにさらに「農政改革の課題」「FTAとわが国農業」「農政改革と財政問題」についての提案を加えて最終報告にするという。今すすめられている食料・農業・農村基本計画の“変更”を、その要求に沿ったかたちでさせようというのであろう。

梶井功 東京農工大学名誉教授
かじい いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 その要求のポイントは、この提言をいち早く報告した日本農業新聞が「経済界の農政改革提言」を柱にしたその見出しに、「FTA推進で“焦り”」「農地制度見直し焦点」「『代案』に直接支払いも」といった表現を使っていたことが端的に示したように、4つの提案の中でも(2)と(3)にポイントがある。紙幅がないので以下、(2)と(3)について所見を述べることにするが、その前に、事実としてこんな認識を前提にしているのではお話にならないこと――それも幾つかあるのだが――、そのなかの2つだけ取り上げておきたい。
 1つは、この日経調提言が、BSE問題検討委報告書のなかにある「日本の法律、制度、政策は、旧態依然たる食糧難時代の生産者優先・消費者擁護軽視の体質を色濃く残し、消費者保護を重視する農場から食卓までのフードチェーン志向が欠如している”というくだりを、“選択的な財として食品の特質が軽視されてきたことに向けられた”批判として肯定的に受けとめていることである。そんな認識では“抜本改革”を論ずる資格はない。
 “絶対的な必需品としての”食品に対してすら“食糧難時代”から“生産者優先・消費者保護軽視”の農政などはなく、統制時代の米価政策に見るように消費者保護農政を展開してきたのが実態である。
 この点については、BSE問題検討委報告書が出た時、本紙で3回に渡って論じたことがある(シリーズ「農政は「生産者優先・消費者保護軽視」だったのか」)。1年も前のことで恐縮だが、お持ちの方は読み返していただければ幸甚。念のためここでは同趣旨のことを簡略に書いた拙著の一部を引用しておきたい。
 “「食管制度」はもともと低価格で食料とくに米を農民に供出させる装置だった。戦時中は“サーベル供出”だったし、戦後もしばらくは“ジープ供出”だった。…(1955年になって)ようやく戦前レベルになり、それを生所方式(「生産費ならびに所得補償方式」)は維持してきた。戦前並みの水準が維持されたという限りでは収奪的低米価からは脱したが、優遇などとはいえない水準だった。その生産者価格以下での消費者価格の政策的決定によって食管赤字は形成されたのだから、「食管制度」はこの限りでは消費者保護装置として機能したといわなければならないのである”(拙著「WTO時代の食料・農業問題」家の光協会刊、27ページ)。
 国際価格にくらべて農産物価格が割高になっているのは事実である。が、それは生産条件の違いがもたらしている割高であって、過保護がもたらしている割高ではない。それをも過保護の結果だとしてその切り捨てを求めるのは、WTO農業交渉で“多様な農業の共存”を主張している日本提案に反対ということを意味するが、財界は“国民の総意”形成には参加しなかったのか?そんなことはないだろう。
 第2は、農業の過保護を強弁する反面で、日経調報告が強調しているのは、“海外からの安価な製品と割高な原料農産物価格のもとで、食品産業は全体として、いわばマイナスの保護の状態に置かれている”ということである。そして今や“食品産業の空洞化が懸念されている”という。
 “空洞化”ということで、どういう実態を問題にしているのか具体的な記述はないが、“空洞化が懸念されている”などといわれると、私などは食品産業は相当に収益性を悪くしているのだろうと考える。
 が、02年度農業白書附属統計表などを見ると、示された1998年第2四半期から2002年第3四半期の16「四半期」のうち、製造業全体の経常利益率(経常利益÷売上高×100)を食品製造業の経常利益率が下回ったのは、16「四半期」のうち5「四半期」でしかないし、製造業全体では16「四半期」のうち10「四半期」が経常利益前年同期比マイナスなのに、食品製造業の場合5「四半期」がマイナスであるにすぎない。
 これらの数字は、製造業全体よりも、食品製造業の収益のほうがよく安定していることを意味している。であるのに食品製造業だけを取り出してその“空洞化”を“懸念”しなければならないのは、どういう意図に基づくのか明らかだろう。高農産物価格と高原料価格が、食品製造業の採算を悪くしているといいたいのだが、実際は逆に製造業全般よりも利益率は高いのである。日経調報告は多くの図表を同じ附属統計表から採用している。が、この事実を明らかにしている表などには見向きもしないのである。

2.担い手経営支援策は対象を限定すべきではない

 本題に入ろう。報告は“担い手経営支援策”導入の急務を強調する。“担い手経営支援策は、品目ごとに行われてきた財政負担を転換し、農業経営としての所得の下支えを行うかたちをとる。そのことによって、農産物価格の変化による所得の低下をカバーし、日本の農業の中心的担い手の維持・発展をはかる施策である“。そういう施策こそが“国境措置の変換に伴って、予想される国内農産物価格の低下への対処”として重要だとするのである。
 “日本の農業の中心的担い手の維持・発展”にとって“財政負担での農業経営としての所得の下支え”が必要だという認識は、大賛成であり、日本経済調査協議会がそういう認識に到達したことを私は歓迎したい。
 歓迎したい、というのは、この同じ日本経済調査協議会が、かつては“日本農業の中心的担い手を維持・発展”させる農業構造改革のためには、低価格政策をとるべきだといっていたからである。この点については03・7・24日付本紙で、02年度農業白書を論評した際にもふれておいたところだが、かつての日経調提言を再度引用しておこう。1981年8月に日経調が発表した「食管制度の抜本的改革」のなかの文章だが、こういっていたのだ。
 “いずれにせよ、理論的には米価が下がれば、コストの高い経営…から脱落して行く筈であり…これらの稲作断念農家が農地を中核農家に貸付けることになれば、中核農家の農地拡大となる”。
 “効果が一律に及ぶ価格政策が引き続き実施され”ていたことが構造改善を妨げてきたという考えなども、この日経調見解の亜流だが、理論的にも誤っているこうした見解を日経調が捨てたことは――むろん委員は変わっているが、かつての日経調提言がこういっていたことを今度の委員が知らないはずはないだろう――歓迎すべきことである。規模拡大を志向する農業経営が、労働投入に見合う充分な所得を確保した上で、耕作から離れる者を満足させ得る水準の地代支払力をもてるようになってこそ、“日本の農業の中心的担い手の維持・発展”が可能になる。そういう“担い手経営支援策”にする必要がある。
 問題は誰を対象に“支援策”を講ずるのかだが、報告は盛んに施策対象を“限定”すべしという。“家計の農業所得依存度が高く、農産物の価格低下によるリスクに曝される度合いの高い経営”に“ターゲットを絞った施策”にしろという。
 私はこれは現段階では決定的に間違っていると考える。そんなことをしたら、何万戸かは生きのびても日本農業は滅びるだろう。今、必要なのは日本農業全体の力を強化することである。農業で頑張ろうという意欲と能力をもっている多様な営農主体をすべて対象にすべきと考える。
 たとえば、農業生産を支える主軸になる農業従事日数150日以上の農業専従者は、2000年で184万7000人いるが、いわゆる主業農家にいるのはその54%であり、あとは非主業農家にいるが、非主業農家のなかでも副業農家とされる農家に25%がいる。そして2000年の都府県5ヘクタール以上農家の10%は、3ヘクタール以下層から5年間に規模拡大して5ヘクタール以上なった農家或いは新設農家である。担い手経営支援策に将来の希望を見出せるなら、非主業農家にいる農業専従者も営農に意欲を燃やすのである。そして規模拡大にはげむ。そうあってこそ日本農業は活性化する。その可能性を奪うべきではない。 (以下、次号) (2004.1.19) 



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