農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

卸業界から見た米流通最前線

JAグループの米事業改革で米の流通はどう変わったか

荒田農産物流通システム研究所代表 荒田盈一


数量優先契約からの脱却、価格の同時契約など生産者へのメリット還元追求

◆全農の「一取扱業者宣言」が業界に与えた影響

 全農が05年10月26日に公表した「新生全農米穀事業改革」には卸売業者を中心に米穀販売業界は衝撃を受けたといっていい。
 たとえば、宣言の中の「指定法人から一取扱業者に移行する」とは、ガリバー(巨大)な販売業者の新たな参入を意味するからだ。「一取扱業者」は全農がいわば本業としてきた集・出荷に限定することなく販売業者として活動することを示唆していた。
 04年4月の改正食糧法施行に伴い計画流通制度が廃止され、自主流通米の区分も消失した。この改正を受け全農は新方針のなかで「今まで自主流通法人(指定法人)・第2種出荷取扱業者としての法的位置付けもあり、一定、有効に機能していた」とした上で「流通自由化で、全農自身も単なる一つの米穀取扱業者に過ぎない」と総括するに至った。
 ただ、このように全農が総括する背景には、本来は主要な食糧の需給と価格の安定をうたうはずの食糧法が、今回はどのような狙いで改正されたのかという点にも触れおく必要があるだろう。
 つまり、改正食糧法とは計画流通制度を廃止するだけでなく、さらに流通ルートの特定をもなくし「もっとも効率的な流通の実現」をめざしたものであったということである。
 具体的には、これまであった集荷業者と販売業者の区分、卸・小売の区分といったいわば業界の常識をなくし、一様に横並びにするというものである。これは流通業界秩序に一挙に変革を迫るもので、いわばこの業界に弱肉強食の競争社会を出現させるものだったということだ。
 全農の新しい方針は、こうした性格を持つ改正食糧法のもと販売業者や実需者などの直接集荷の浸透による集荷シェアの漸減などをふまえ、一定の販売シェアを持つことによる集荷の安定と競争激化に対応した流通経費削減をめざしたものといえる。ただし、それは流通業界にとっていくつかの面で衝撃をもたらすものであった、というのが本稿の狙いである。
 すでに、JA系統は組織整備が進み、都道府県段階(経済連)が全農に収斂され、販売業者の取引相手は従前の県本部(経済連)から全農へと移行が進められていた。それは今まで潤沢な需給環境を背景に取引で有利な立場にあった卸売業者にとって「経済連を競わせることで獲得してきたメリット(値引き)」を失うことになった。
 実は、米流通業界は制度や行政に規制されてきただけでなく、集荷数量の太宗(約95%)を握り、販売数量でも3割以上を扱う全農に対し、販売と仕入条件等で対立することがあっても取引関係や日常活動において相互に寄り掛かって来た、といえる。しかし、今後は一転し、米業界の中における同業者仲間から競争相手になって直面することになったのである。都道府県単位で仕切られて来た集荷・販売が全農に一元化され、巨大化することによって卸売業者の規模的有利性は消滅し、低マージンに苦しむ卸売業者にとっては経営問題に繋がる可能性をも孕んできた。

JAと連合会は機能分担をしながらJAグループ全体として取扱拡大

◆全農一本化は販売業者にとって最大の新規参入

 販売業者が重く受けたとめた「新生全農米穀事業改革」の「具体策」は(1)生産・集荷(2)取引手法と価格形成(3)販売(4)共同計算運営の抜本的改善(5)パールライス事業(6)経営管理の6項目からなる。

◆卸業者の取引先は経済連(県本部)から単協へ移行

 改正食糧法以前における集荷業者の責務は数量の確保が第一義であり、売れる売れないを度外視した「数量主義の集荷」であった。これを全農は今回、売れる米の集荷、つまり「販売主義の集荷」に転換するとした。売れない米を集荷しないとしたわけだが、しかしながら慢性的に過剰な米が廃棄されることは考えられず、確実に市場に出回って来る。そのため販売業者は「売れない米の数量的な氾濫」と「その氾濫によって派生する価格の反乱」に晒される覚悟に迫られている。
 その上、「実需者の要望する品質、価格に合った米づくりを企画提案し、収穫前に結び付けた販売計画に即して集荷し、安定取引を拡大する事業方式に転換する。04年産米で35万tの安全・安心ブランドのJA米を08年産米までに100万tに拡大する」という方針は全農と外食事業者等の最終実需者の事前契約に繋がり、既存の販売業者は安全・安心ブランド100万tのJA米に対して主導権を消失するのではないかと懸念している。
 また、全農は生産者手取りの増額を目的に「徹底的な流通コストの削減断行で現行3千円/60kg程度の流通コストを08年産までに2千円内の水準に抑える」とし、06年産から順次販売対策費の廃止、運賃・保管料の引き下げを実施した。なかでも販売対策費は卸売業者を中心にばら撒かれ、「それで経営が成立している」と言われていた卸売業者にとって、その廃止は青天の霹靂であった。総額で250億円、60kg当たりで平均600円に当たる販売対策費は卸売業者の生命線。販売対策費の廃止によって、ほとんどの卸売業者は赤字経営に転落し、倒産や廃業が続発すると予想され、現実的に散発している。
 さらにJAとの連携強化について「JAの直接販売は、連合会の有利性を確立し、再結集を基本」としたものの、機能分担で「連合会出荷より高い生産者手取りを実現できる場合は、JAの責任で直接販売を否定しない」と単協(JA)の直接販売を認めた。全農としては今回の改革の原則である「生産者手取りの確保」を基準に直接販売を位置づけ直したとする。ただ、このことによって販売業者にとっては全農だけでなく、単協も競争相手として浮上することになった。つまり、生産・販売一体で価格優位性を持つ単協の独自販売は販売業者にとって、価格競争を誘発しないかという心配を招いたのである。もちろんその心配は生産者手取り確保という基準を守らずに、単協が「売れる米」の実現を追求し、単に売り残しは許されないと考えた場合である。そうなったときの「完売を目的にした乱売合戦による流通秩序の攪乱」を卸売業者は懸念する。
もっとも米の過剰基調が続けば「生産者手取りの確保」という直接販売の基準価格が守られなくなるだろう。
 そうした受け止めもあって、単協は経済連に替わる卸売業者の取引先として脚光を浴びることになっている。おりしも単協の合併で取扱数量が拡大(100万俵を扱う単協の出現)し、卸売業者の取引先として対応できる準備は整っていた。生産者も法人化や認定農家など大規模化が進展、卸売業者、大手小売業者の取引先は単協、生産者段階に急激なシフトを見せている。

◆数量取引から数量・価格同時取引に移行

 「相対取引の契約方式」は事前に数量だけを契約し、取引価格は入札指標価格を適用してきた。新方針ではこの数量契約方式を廃止する。従来、卸売業者は指標価格で仕入、適切なマージンを上乗せして販売して来た。価格が高騰した場合、卸売業者は販売リスクを背負っても直接的に価格変動リスクを背負わないシステムで運用されていた。今後、事前結付契約の「安定取引契約」や数量・価格・引取期限を固定した契約の「特定契約」を主体的に拡大し、「取引価格」は業態・ロットに応じて個別販売先との契約ごとに価格を設定する。
 そのため卸売業者は「価格と数量」の同時契約を迫られ、従来とはまったく異なる戦略が必要になるが、財政負担拡大の体力と長期的な販売戦略の能力を保有しているか案じられている。
 というのも、「取引契約」は売り手(全農や単協)と量販店や外食事業者など実需者との間で数量・価格が先行して直接契約されるためであり、それは卸売業者の「取引状況が丸裸にされており、販売利益が取れない」との嘆きに繋がる。卸売業者の機能と役割が「精米工程」に限定される所以でもあり、すでに精米加工賃の入札で取引業者(卸売業者)が選定される事態を迎えている。

◆統合体新生全農として一元化した販売推進

 新生全農米穀事業改革における販売戦略は「無用な県間競争をなくし、全国展開する大手量販店等(卸売業者は「等」に含まれた)への総合販売対応や価格政策も含めた販売戦略を県本部・全国本部が一体となって一元化する仕組みを構築する」とした。この結果、県本部(旧経済連)で担った販売戦略が実質的に全農に移行する。
 販売戦略の実践として「東西パールライス会社を核に、精米販売事業の拡大を図る」とし、具体的には「一元的な販売戦略で卸会社への販売や大手量販店・外食事業者との商談、地域に密着した中小量販店への営業活動を担う」である。
現行、80万t程度(東西パールは35万t程度)の系統販売数量を08年産までに100万t、10年産までに150万tとした計画は「大手量販店・外食事業者」が卸売業者、「地域に密着した中小量販店」が大手小売業者の商圏と重複するため、販売業界に不安を抱かせた。現在、卸売業者の最大手(神明グループ)の販売数量は65万t程度であり、この計画は新たに最大卸売業者の参入を意味したからだ。

◆産地直接仕入れで深まる卸売業者の疑心暗鬼

 このような状況を踏まえ、卸売業者・小売業者を含めた販売業界は生産者や生産地との接触を深めている。ある卸売業者は「確かに産地仕入先との直線的関係は濃密になった。しかし、契約した仕入価格の水準が妥当なのか全くわからない。自分にとっては納得した価格でも競争相手が購入した価格が自分より低かったら販売競争に負ける。横並び業者の動向が見えなくなった」と心配する。当事者間の直接取引においてその取引内容が当事者以外に不明であるのは当然であるにしても、米価格センターでの取引数量も低調を極め、全体の販売・消費状況の把握が希薄になる事態に突入した。
 入札取引で価格が公表される期別取引、一定の値引き措置がある定期注文を除き、全農と販売業者の直接交渉で取引契約が成立する相対取引の特定契約に関して同業者の契約内容が把握できないため販売対策費に依存してきた卸売業者は「全農は県本部ごとバラバラではなく、特定の販売先に対する価格設定が産地銘柄間で歪な偏りを生じないよう戦略的に設定し、公表された規定以外の値引きを否定した。しかし、単協段階で守られるか、或は最初から相対取引価格に格差が設定されているのではないか」と疑心暗鬼を増幅させている。
 いずれにしても売り手は全農の一人舞台になった。そのうえ生産者と生産者団体が主体的に担う需給調整システムへの取り組みは確実に目前に迫っている。中でも、「今後の米生産と流通において新たな関係の構築に迫られるが、JA系統の組織的な指導力に加えて単協の判断と動向がキーポイントになる」が卸売業者における現時点の見解だ。

(2007.3.14)

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