農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

外圧に屈せず「食」の安全確保を
―国民世論に逆行する農相発言
 「全頭検査は世界の常識ではなく非常識」。島村農相が2月25日の衆議院予算委員会でこう発言したことについて、全中やJA全青協などJAグループのほか、消費者団体からも、「米国産牛肉の早期輸入再開を意図したものではないか」として、発言撤回を求めるなど抗議の声が上がっている。
 BSE検査体制については、現在、政府の諮問を受け食品安全委員会で全頭検査を緩和し20か月齢以下は除外していいかどうかなどを議論している。政府としては検査体制を緩和しても問題がないとの答申が出されることを前提に、米国産輸入牛肉の再開協議を進める方針。しかし、食品安全委員会では慎重な議論が続き結論の出る見通しがなかなかないことから、米政府も日本の対応にいらだちを見せている。今回の農相発言もそれを受けたものと受けとられている。だが、議論すべきことはBSEの発生を招いてしまったという現実のなかで、生産から消費までどう安全を確保していくかである。


◆真の「消費者視点」踏まえた審議か?

 食品安全委員会プリオン調査会の議論ではBSEには未解明な部分が多いことなどから全頭検査緩和に慎重な議論が続いている。
 そこで、ここにきて輸入再開を急ぐ政府筋などからは食品安全委員会の議論に疑義を唱える声が出てきた。島村農相の発言もこうした認識に基づくものではないかと思われるが、実はこれは農相だけの問題ではない。
 2月25日の予算委員会での発言は公明党の赤羽一嘉議員の質問への答弁だが、赤羽氏は、消費者の視点に立った農政を掲げる島村農相を高く評価するとした上でBSE検査見直し問題について概略次のように話している。
 「食品安全委員会の報告では、(変異型CJD発症の確率は)1億2000万人の人口で0.9人。限りなくゼロに近い。多くの人は20か月齢以下は除外、SRM(特定危険部位)の除去だけでいいと思っているのではないか。全頭検査は科学的か。プリオン調査会はゼロリスクを求めて神学論争をしている」。こう食品安全委員会批判も行い、消費者は早期の輸入再開を求めていると、質問というより自説を展開。
 それに答えた島村農相は、非常識発言の前に、1日だけ牛丼販売したときのにぎわいぶりを「吉野家現象は消費者の本当の声」とも述べ、輸入再開こそ消費者視点の農政とも受けとれる発言もしているのである。
 しかし、いうまでもなく食品安全委員会の議論は輸入再開のための議論ではなく、消費者にとっての牛肉の安全性確保体制の検討である。同委員会は、国民の健康保護を最優先にするとの理念を掲げた食品安全基本法に基づいて設置された。
 ところが、その基本法を成立させた立法府で、早期の輸入再開こそが消費者にとって必要であり、それを阻害する食品安全委員会はけしからんとも聞こえるような、議論が行われているのである。
 島村農相の発言は独立した第三者機関である食品安全委員会に対して行政の長として圧力かけるものと批判されているが、実は国会審議そのものが圧力をかけているといえるのではないか。

◆危険な「死者の数」を比べるリスク論争

福岡伸一 青山学院大学教授
福岡伸一
青山学院大学教授

 米国産牛肉の輸入再開を念頭に置くかどうかはともかく、全頭検査を緩和しても大丈夫ではないかと主張する人々の根拠は、先の赤羽議員のように変異型CJD(クロイツフェルトヤコブ病)発生リスクなどの数値である。プリオン専門委員会での焦点のひとつも変異型CJD発生リスクや緩和した場合の検査見逃しリスクなどの評価となっている。
 「しかし、食の世界を安易にリスク論で論じるべきではない」と主張するのが、昨年末に発行された『もう牛を食べても安全か』(文春新書)の著者、青山学院大学理工学部化学・生命科学科の福岡伸一教授だ。
 福岡教授が指摘するのはBSEがなぜ発生したのかを置きざりにしてリスク分析だけを行うことの危険性である。
 リスクとはふつうベネフィット(利益)とセットで語られる。今の話題のライブドア問題も、その是非はともかく巨額の株式購入資金を借り入れても、うまく行けばベネフィットが得られるが、一方、当然、大失敗のリスクも負っている、とみな理解している。
 また、一昨年末に米国産牛肉が禁輸となったとき、関係業界への打撃を行政が救済するかとの質問に、当時の渡辺農水事務次官は、吉野家などの大企業は「ハイリスク、ハイリターンを求めてビジネスをしてきた」として救済措置を講じる考えのないことを強調した。
 つまり、リスク論とはベネフィットとセットになり、しかもその両方を引き受けるという前提で基本的に成り立っている話ではないか。
 「しかし、BSE問題で私たちがそのリスクを理解してそれを背負ったとして、では、ベネフィットはあるのでしょうか。絶対の安全はありませんが、BSEが発生するのは仕方がないという理解を広めようという意図ならリスクというジョーカーだけをまきちらすことです」。
 農相発言の撤回と謝罪を要求している全国消費者団体連絡会の神田敏子事務局長もこれまでの専門家とのリスクコミュニケーションの経験もふまえ「消費者も黒か白かの問題ではないということは分かってきた。しかし、この程度はいいじゃないか、という話では困る。全頭検査見直しにしてもまだ未解明の部分が多いからこそ、検査精度を上げるべきだという議論をすべき。報告書には20か月齢以下は除外してもいいという話はないはずです」と話す。
 では、この問題でベネフィットを得ているのはどこなのか。福岡教授によればそれはまさになぜBSEが発生したかの問題になる。
 「BSEは人災。肉骨粉を与えるなど経済性を優先して食物連鎖を組み換えた。しかも英国では問題になってからも肉骨粉を輸出して他国に流出させた。そうした上流部だけがベネフィットを得ている」
 BSE対策に求められているのは、こうしたリスクとベネフィットの乖離の解消で「何人発症するかが問題ではない」と福岡教授は強調する。フグ毒での年間死亡者数人と比較してリスクへの理解を求める声もあるが「死者の数だけ比較しても意味がない。なぜ発生したのか歴史の検証こそ重要だ」。

全頭検査を「世界の常識」に

◆責任逃れの自己責任論

神田敏子 全国消団連事務局長
神田敏子
全国消団連事務局長

 また、神田事務局長が指摘するのは「これだけリスクが少ないのだから、あとは消費者が自分の責任で判断すればいい」という意見がしばしば聞かれることだ。
 「科学者は今の時点で分かっていること、という立場で判断しているはず。だからたとえば、SRM除去だけで安全といわれても、SRMも本当は特定されていないのだから、それは納得できないと考える。それなのに最終的には消費者が自分で判断すればいい、という意見も出てくる。それは行政や食を提供する側の責任がないということでは」。科学的な理解が必要と言いながら、この問題でも自己責任論が見え隠れしていることを批判する。

◆全頭検査に科学的意義

 このような最近の議論の問題点のほかに、今、改めて問われなければならないのが全頭検査そのものの意義だろう。
 この点については、対策がとられた当時、30か月齢以上には科学的根拠があるが、それ以下まで拡大したのは安心対策であり、科学的根拠はないという説明だった。今回の農相発言もこれを根拠にしているとみられる。
 しかし、福岡教授は「全頭検査には科学的意義がある」と指摘する。
 その理由は21か月、23か月という若い感染牛が発見されBSEに新たな知見が加わったことのほか、肉骨粉禁止以降の感染例が見つかるなど、まだ感染源と感染ルートの究明を怠ることはできず、それには全頭検査でデータを集める以外にないからだ。不十分なデータの蓄積ではそれこそ科学的な原因究明には無理が生じるということだろう。
 また、現在の体制であれば陽性牛は完全廃棄され、病原体の拡散を防ぐことが可能になっている。
 つまり、全頭検査の目的、すなわちBSE対策全体の目的をどこに置くのかによってその科学的根拠は異なってくるということではないか。本紙はこの問題ではBSEの撲滅こそ目的とすべきであり、それが生産者の安心にもつながると主張してきた。
 「撲滅」が世界の常識になれば、全頭検査体制をとる「ニッポンの常識は世界の常識」になる。それとも「撲滅」は非常識というのだろうか。その意味で検査体制にまだ真の「世界の常識」はない。問われているのは食の安全を回復するための“常識”を世界に発信することではないか。
(2005.3.15)


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