農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

 
農地法の「耕作者主義」は利用集積の妨げではない
梶井功 東京農工大学名誉教授
 
 農地制度を「利用」の観点から、さらに法改正し新制度の導入も行うべきだとの中間報告を日本経済調査協議会の農政改革高木委員会が発表した。農地制度については今国会で農業経営基盤強化促進法の改正が行われたばかり。なぜ、さらに改正が必要なのか。中間報告の狙いと議論の問題点について今回は梶井功東京農工大学名誉教授に指摘してもらった。

梶井功 東京農工大学名誉教授
かじい・いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など

 財界の調査機関、日本経済調査協議会が、また「農政改革を実現する」なる提言を発表した。農政改革木委員会中間報告(提言)と副題がついているから、いずれ本報告が出るのだろうけれど、新「基本計画」が閣議決定され、その「基本計画」が1つの目玉的な政策提言とした農地制度改変が、改正農業経営基盤強化促進法として成立した直後を狙って、この農地制度改変に異を唱えるかたちで出てきたものだけに、今後の政策に影響するところが大きいと思われるので、中間報告だがコメントしておくことにしたい。もちろん内容が問題だが、もう1つ木委員会と麗々しく委員会名をつけているのが、私には内容とならんで、あるいはより以上に気になる。元農水省次官、現農林漁業金融公庫総裁の名を冠したこの委員会が、新「基本計画」に基づいて農政当局がとった施策そのものに異を唱えることに違和感を覚えるからである。農地制度は更なる改変を強要されるのだろうか。
 「提言」は、新「基本計画」は“極めて不十分”だとし、“農業改革を現実的なものとする”課題提示だと提言を位置づけているが、とくに問題にしているのは農地制度についての新「基本計画」の提議、それに基づいて農水省がとった経営基盤強化促進法改正についてである。
 私も新「計画」には不満を持っている。不満どころか、基本法が「計画」改訂に当たって心すべしと規定している視点を踏まえることなしにつくられた新「計画」の実効性には多大の疑問を持っているし、食料自給率は引上げどころか、引下げになるのではないかという危惧を持つ。が、その疑問、危惧は、日経調が問題にしていることとは全く逆に、今、農政が問題にすべきは農地制度などではないのに、そこに問題を押しつけているところに誤りの根源があると私は考えているが、この点については全農林刊『農村と都市を結ぶ』誌6月号の拙稿の一読をお願いしてここでは論じない。以下では、「提言」は農地制度に力点を置いているのだが、農地制度を本当に検討したのか、その問題点をあげておきたい。

◆70年改正ですでに利用集積の促進を明示

今の農地法は、“農地の利用と所有を一体化させて”はいない

 「提言」は農地制度の問題点の最初に農地法第1条の「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて」の文言を引用して現行農地法は“農地の利用と所有を一体化させている”という。確かに、かつてはこの第1条と第3条第2項2号の規定から、農地法は自作農主義に立っているとされたものである。が、その自作農主義農地法は賃貸借拡大を意図した70年改正で耕作者主義農地法に変わった。第1条の文言のあとに“並びに土地の農業上の効率的な利用を図るため”という一句を入れたこと及び第3条第2項に“必要な農作業に常時従事する”ことを権利取得の要件にする4号を新たに入れることで、その理念の転換が図られたのである。
 52年制定法のままで今日まで農地法が続いていないことは木委員長はむろんのこととして委員の多くも先刻御承知のことだろうが、改正があったことは知っていても、基本的な理念の転換があったことを見ていないのでは話にならない。
 70年改正で農地法自体が、賃貸借抑止法から賃貸借容認法に変わったのであり、利用増進事業やそれを引き継いだ農業経営基盤強化促進法は賃貸借をよりやり易くしたのであって、これらによって“例外的措置”として賃貸借ができるようになったのではない。このことを、まず頭に入れておくべきだろう。農地改革の持った重みを理解しないと頭に入りにくいだろうが、農地制度の議論をするなら、それくらいは勉強しておくべきだ。

◆農業の収益性悪化こそ改善すべき農政課題

耕地利用率の低下、耕作放棄地の“急増”は農地制度が原因で起きたのではない

 耕地利用率が低下し、耕作放棄地や不作地が“急増している現状を直視すれば現行農地制度の抜本的改革が急務であることは明らかである”という。ちっとも“明らか”ではない。耕地利用率の低下、耕作放棄地や不作地の“急増”は農産物価格の長期的な低迷に起因する農業の収益性の悪化、作っても損するだけという状況こそが生んでいるのであって、そこをなおすことこそが問題の要点である。中山間地域等直接支払制度が成果をあげて、その存続強化を望む声が強いことを木研究会は考えもしなかったらしい。

◆参入規制の緩和で違法行為摘発が困難に

参入規制を緩和したら、“農地利用に関する違法行為の摘発と違法状態の解消”自体が困難になる

 参入規制緩和は農地制度に関しての財界の最大の要求といっていいかもしれない。財界からの農政提言がこれをいわないことはないといっていいくらいだが、今回も“経営形態(これは企業形態の間違いではないかと思われるが)の如何を問わず”参入できるようにすべきことを提言している。目新しいのは“農地利用に関する違法行為の摘発と違法状態の解消を強力に実施するシステム・組織体制”が“参入規制の緩和に伴いより重要になってくる”といっていることである。
 が、参入前の審査が不充分だと“違法行為の摘発”もままならぬことになりがちだということを、どれくらい考えているのだろう。本紙の報道から一例をあげる。
 “日本一のにんにく産地が日本一のゴミ捨て場に”されてしまった青森県田子町の場合、町農業委員会が“現場の視察をしようにもバリケードを張り巡らせて中がのぞけないばかりか、視察への理解を求めても「ヤクザのような態度で断られた」(農業委員会事務局)”という(03.7.14付本紙)。ために積み上がった100万トン近い産廃物資は、業者は倒産・破産してしまったため、結局青森県が撤去することになっている。(写真)
 というような“農地利用に関する違法行為”を極力起こさせないようにするためには、“摘発”“解消を強力に実施するシステム・組織体制”も必要だが、参入前の営農資格要件の吟味こそが不可欠になるのである。

青森、岩手にまたがる産廃不法投棄現場。空撮写真・青森県提供
青森、岩手にまたがる産廃不法投棄現場。空撮写真・青森県提供

◆現行農地法制下でも多様な利用権設定はできる

“多様な利用権の設定”は現行農地法制下でもできるし、定期賃貸借はすでに行われている。

 提言は、“農地の長期安定利用のためには、例えば、宅地における「定期借地権」のように下限を定めることにもなる一定期間以上……を定めた賃貸借契約を認めるなど、多様な利用権の設定を可能にすることが重要である”という。新「基本計画」のなかに“農地版定期賃貸借権”という制度をつくれということが書かれていたが、このことなのであろう。が、この農地版定期賃貸借も、70年改正の際“10年以上の期間の定めがある賃貸借”についての更新拒絶を許可不要とする第20条第1項3号が加えられたことですでに可能になっている。
 可能になっているばかりでなく、この定期賃貸借を利用して小作料10年一括前払いの農地貸付け事業が農地保有合理化事業のなかで行われている。“借地の契約期間は最長20年に制限”しているのは農地制度ではなく民法である(第604条)ことも付け加えておかなければならないだろうか。
 借地借家法が規定する50年以上というような期間を設定しなければならない特別な理由(建物があることが民法の例外を規定させることになっている)を、農地賃貸借について見出すことは困難だろう。長期を必要とする土地改良投資の回収保証のためには有益費で処理する仕組みもあることを付け加えておこう。

◆“むら”の農地管理は“むらの農業者”で判断

転用許可権限は県知事にある。農業委員会は“意見を付して”申請書を知事に“送付”する立場にあり、知事は“農業会議の意見を聴かなければならない”が、“農業委員会の意見”が必ず通るわけではない。

 前出の田子町の場合、立入調査もままならなかった町農業委員会は、転用不許可相当の意見を付して県知事に申請書を送ったが、県レベルの判断で転用許可になったのだった(前掲本紙)。
 提言は“農地の権利保有者を中心に構成される行政委員会”である“農業委員会の意見”は“転用案件を自らが当事者となる可能性のある委員によって審議される”のだから、公正でない場合もあると判断しているらしい。私も絶無とは思わない。が、“むら”の農地を誰がどのように管理しているかは、“むら”にいる農業者が最もよく知っているし、従ってそこでの土地利用のあり方についての判断も“むら”の農業者こそ的確にできる。
 このところ、農地制度が改変されるたびに農業委員会の仕事は加重の一途を辿っているのに、三位一体改革による町村大合併で農業委員会の業務処理力は強制的に低下させられている。今回の改正強化促進法が実効をあげるためには、農業委員会の体制強化のための財政支援が必要だと私は思うのだが、体制強化策を講ずることなしに“現場を把握する第三者の参加”など、この提言のいうようなことをしたら、“農地利用に関する違法行為の摘発と違法状態の解消を実施するようなシステム”は“強力”になるどころか弱化が必至になろう。
(なお、“土地利用のあり方は広く…地域住民が公共意識を持ち寄って検討すべき問題”だといいながら、他方“農用地区域の指定”などについては“住民参加型の行政から独立した機関”でやるべきだという。論理矛盾もいいところだ)

◆目的は株式会社の利潤追求にありか?

本音は超低賃金外国人農業労働者雇用による農業経営を株式会社ができるようにせよということか。それは御免蒙りたい。

 提言の終わりの方に、こういう一節があった。
 “アジア諸国とのFTA・EPAの先にはアジア共同体構想さえ議論されている。このような流れの中で農業のあり方を考えるならば、農産物の貿易だけでなく、労働や資本の自由化、援助・技術協力を含むアジア地域内の政策やルールの共有・共通化を視野に入れておくべきだろう。途上国からの農業労働力が利用可能になれば、日本の農業生産構造も変わってくるし、逆に日本の農業技術や資本移転がアジアの農業を変えるかもしれない”
 超低賃金外国人農業労働者雇用での営農なら、まさしく今の低迷している農産物価格のもとでも、株式会社は利潤をあげることができよう。農業参入の自由化をしつこくいってきた財界の本音はここにあったのだろうか。それで日本の農業生産構造を変えようというのである。日本人による日本農業はいらないということだが、とんでもない話である。

(2005.7.8)

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