農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

 
鼎談 中国の人民元切り上げ問題
元切り上げはアジアに何をもたらすか?
(株)農林中金総合研究所 鈴木利徳取締役調査第一部長
石田信隆基礎研究部長 阮 蔚(Ruan Wei)主任研究員
石田信隆氏(左) 阮 蔚氏(中) 鈴木利徳氏(右)
石田信隆氏(左) 阮 蔚氏(中) 鈴木利徳氏(右)
 7月21日、中国人民銀行は人民元の切り上げを発表した。これは複数の外国通貨レートと連動させる通貨バスケット制(注)を参考にした管理フロート制に移行するもので、翌日の対ドル人民元は約2%の切り上げとなった。今回の切り上げ幅は小さいが、97年末から事実上固定相場制となっていた人民元が最終的に変動相場制に移行する一歩を踏み出した。
 今後、さらに切り上げが行われるとみられており、中国国内、日本、アジアの農業、経済にどんな影響があるのか注目される。(株)農林中金総合研究所の鈴木利徳取締役調査第一部長らに話合ってもらった。

◆注目される米国の出方

すずき としのり
昭和25年東京都生まれ。東京工業大学工学部卒。昭和48年農林中央金庫入庫、平成17年(株)農林中金総合研究所取締役兼調査第一部長。

――まず、今回の人民元切り上げの概要についてお聞かせください。

 鈴木 中国人民銀行が採用したのは複数の外国通貨のレートを加重平均して人民元の対ドルレートを算出する「通貨バスケット制」で、毎日、人民元の対ドル終値を公表しそれを翌日の中心レートとするものです。公表翌日の7月22日の中心レートは1ドル=8.22人民元で約2%の切り上げとなりました。一日の変動幅はこれまでと同様に中心レートを基準にドルに対して上下0.3%の範囲で認めるとしています。

――諸外国の反応は?

 鈴木 G7は不均衡是正のための人民元改革を求めてきていますから、基本的に歓迎しています。とくに米国は、今年5月の為替報告で今後6か月以内に何らかの制度変更がなければ中国を為替操縦国と名指しせざるを得ないと指摘、改革がなければ何らかの対抗措置をとると言明していましたから、今回の改革でそのリスクは回避できたといえます。ただ、米国政府は切り上げ幅を10%以上期待していたと思いますから予想を下回ったことに不満を表明しています。
 一方、東アジア諸国では、円も含めて基本的には「連れ高」となりました。円を除いた他のアジア諸国の通貨は人民元に対しては基本的には割安になると私は考えています。そういう意味では中国に対する貿易面での自国の競争力が向上しますから、歓迎していると思います。
 ただし、円については見方が分かれます。基本は対ドルでは人民元と同じように円高になるという見方が大半ですが、一部に円安になるとの見方もあります。私としては、円・ドル相場のほうが自由度が高いですから変動幅が大きくなるのではないかと見ており、人民元がドルに対して切り上がる以上に、より円高になると思っています。

――今後、米国はどう対応してくると予想しますか。

 鈴木 報道によると、ある米国議会関係者が2割から4割の切り上げが必要と試算していると伝えられています。しかし、米国は政治的にも経済的にも過度に米中関係が緊迫することを望んでいません。朝鮮半島の核問題もテロ対策も中国と共同歩調をとりたいと考えていますし、経済的にもこれだけ密接になっているわけですから中国経済が過度に落ち込むことは米国も望んでいないはずです。現実的な落としどころを見つけながら進んでいくと考えられます。

◆世界経済にも影響 重み増す中国経済

(株)農林中金総合研究所 石田信隆基礎研究部長
いしだ のぶたか
昭和24年京都府生まれ。東京大学経済学部卒。昭和49年農林中央金庫入庫、平成14年(株)農林中金総合研究所基礎研究部長。

――そうするとさらなる切り上げには様子を見ながらということですか。

 鈴木 短期的には、すでに発表しているように、“人民銀行がよく管理できる範囲内で、除々に改革を進める”ということですし、基本的には当局が妥当と考える範囲内でしか変動を認めない方針です。ですから、下期にかけての大幅な切り上げにはかなり疑問があります。切り上げがあるとしても、現在の上下0.3%の変動幅を拡大する程度にとどまるでしょう。
 中期的にみても貿易収支の動向をウオッチしながら慎重に進めることになると思います。国営企業の経営、とくに輸出している国営企業に悪影響を与えるようなことは最小限にとどめたいでしょうし、さらには投機的な短期資金の流入をにらんで判断することになると思います。現在、中国にはさらなる切り上げを見越して短期資金が流入し、それはバブルの要因になっているわけですから、一定程度に抑えることが必要です。
 ただし、中国政府は長期的には輸出・外資依存から脱却したいと考えており、内需主導の経済発展を志向したいということです。人民元の切り上げはそのための第一歩でもあります。
 とはいえもうひとつ大事な問題は、これだけ経済のグローバル化が進んでいるなか、中国の貿易総額は米国、ドイツについで三番目になっていますから、中国の経済混乱は世界経済の混乱にも結びつくということです。そういう意味からも漸進的な改革が世界経済にとっても望ましいと思います。

中国、農村と都市の「格差解消」が急務

◆中国国内の農家に打撃与える元切り上げ

(株)農林中金総合研究所 阮 蔚(Ruan Wei)主任研究員
Ruan Wei
1962年中国生まれ。上海外国語大学日本語学部卒業。92年に来日、95年に上智大学大学院経済学修士終了。95年から農林中金総合研究所副主任研究員。

――ところで、中国の農業、農家に与える影響はどうでしょうか。

  中国は依然として人口の6割が農家です。ですから農家の立場で考えれば人民元を切り上げる必要はありません。必要なのはむしろ切り下げです。
 では、なぜ切り上げたのかということですが、アジアの対米黒字が中国に集中しすぎていましたので、米国の圧力が強まったからですね。中国経済は外需依存です。これはこれまでの経済発展の強みですが、同時に中国経済の弱みでもあります。今回は人民元の切り上げをせざるを得ないという形で、そうした構造的な問題が表れてきました。
 農業への影響という点ですが、まさに2%という切り上げ幅が農業への配慮だと思っています。外圧が強かったにもかかわらず最小限の幅に抑えざるを得なかったということです。
 中国の農業はほとんど競争力がありません。土地利用型農産物は全般的に世界相場より国内価格が高くなっていて競争力がありません。また、果物や野菜といった労働集約的な農産物も競争力があまり高くありませんが、それは品種改良や最近の安全性の確保など輸出のハードルが非常に高くなっていることがあります。
 もうひとつは輸出にはマーケティング能力に加え、流通や金融なども加味した総合力が必要であり、農産物輸出は先進国の多国籍企業が力をもっているということです。こういう面でも中国は競争力がありません。中国で競争力があるのは、大量の余剰労働力を抱えていますから人件費が安いという点だけです。
 こういう状況のなかでは、2%の切り上げでも中国の穀物生産には影響が出てきます。というのも穀物貿易の利ざやが少なく貿易量が多いという特徴があるため、2%の人民元切り上げでもそれなりに刺激になり、だから中国への輸出に一生懸命になると考えられます。
 一方、輸出についてはもともと競争力が弱いですから、切り上げをすると心理的な影響、アナウンスメント効果というのでしょうか、2%はあくまでもスタートであって来年には5%になるかも、という心理的な影響をもたらすと思います。ですから農業関連の外資からの投資には影響があると思います。実際、すでに東南アジアへの移転など外資の投資がそちらに拡大する傾向が出ていますが、これは労働集約的な産業につながる投資も減るということです。
 要するに農産物貿易全体でみると、輸入増の圧力が強まる、輸出の競争力が弱まる、外資の投資が減っていく、ということになると思います。
 農業、農家にとっては輸入が増えて輸出が減っていくわけですから、国内価格は低下して農家の手取りは減っていく。また、失業者が新たに増えることも懸念されています。農村部では1億5000万人の失業者を抱えているとされていますが、これは政府発表ですから実際はそれよりも多いでしょう。この問題をどう解決するか大変な難題です。

1980年以降の円と元の為替相場

◆アジアの農業生産の安定も課題

―― 一方、日本やアジアの農産物貿易への影響はどうでしょうか。

 石田 中国の農林水産物輸出の3割弱が日本向けで日本は大きな輸出先ですが、今回の小幅な切り上げでは価格への影響はあまりないと思います。同じようにアジアの農産物貿易全体にとっても当面は大きな影響はないとみています。
 ただ、一方では、アジア地域ではFTA(自由貿易協定)がどんどん締結されていって、国どうしの結びつきが強まっていますから、やはり農産物貿易という観点ではあまり短期的に為替が変動しないほうが望ましいだろうと思います。
 為替変動が理由となって、急に輸入が増えたり途絶えたりし、それがそれぞれの国の農業生産に跳ね返るということでは、各国の農民にとって望ましくない。しかし、為替の制度としては自由化に向かって動いているわけですから、これから将来、どういうかたちで各国の通貨レートが決まっていくのかは、農産物貿易の点では非常に注目されるところです。対米の黒字がある以上、米国政府は中国にさらなる切り上げを求めてくると思いますが、そういうなかで中国がどう管理していくかだと思います。

――中国国内の農業、農家へ影響が懸念されるとのことですがどんな対応が求めれているのでしょうか。

  中国がなぜこのように農業、農家に影響のある人民元切り上げをやれたかというと、中国には農協組織がないということも原因の1つです。日本のようにJAグループがあれば、切り上げと同時に農家に対する補助の措置も出された可能性があります。
 その意味でプラスの効果があると思うのは農政の変化を促さざるを得なくなることです。つまり農家にとってのプラスの措置を強化せざるを得ないということです。どういう措置が出てくるのかですが、それがまさに農家の様子をみてということだろうと思います。農家にあまりにも不満が蓄積し暴動などが起きて社会混乱が拡大すれば農家への補助を追加するということでしょう。
 石田 本当に中国の農村、農業問題が具体的に変わるような措置を打ってきたかというと、やはり農業税の改革にしてもここ最近になってのことですね。一方では行政組織のリストラも実施するなど、その意味ではまだまだやればできるだろうと思います。
 中国はうまく発展した部分が世界でも突出していてそれが目立つようになっていますが、国内の改革とうまく結びついていなかった面がある。どこまで具体的な施策として打ち出せるかではないでしょうか。

中国国内総生産額と成長率の推移
中国情報局ホームページより

◆急がれる金融市場改革

 鈴木 漸進的な改革にならざるを得ないのはほかにも要因があって、たとえば短期金融市場は未整備なんですね。それをきちんと整備することや、為替の先物市場の整備もそうです。短期金融市場は投機資金を吸収するのに必要ですから、こういった金融市場の整備が進むことと並行して為替の自由化も進めることが大事だと思います。
 為替だけ単独で完全変動相場制への移行を急ぐというのはリスクが大きくて無理だろう。そういう意味でも米国のエコノミストたちが言うような急速な切り上げはできないと思いますね。
 石田 中国社会がこれから安定的に発展していくためには本当に都市と農村の格差問題を解消しなければならないでしょう。そこを解決しなければ為替のあり方も最終的には解決できないということだと思います。
 人民元切り上げによって、格差解消は待ったなしの課題になったのだと思います。
 また、長い目でみるとこれから中国は16億人まで人口が増えるわけですから、食料を自給できるのかと心配されています。かりに為替の変動が原因になって中国が意図しなくても農産物輸入を増やすことになってしまえば、食料問題の観点からも問題になってきます。中国政府は自分でコントロールすると強いメッセージを出していますが、どう舵をとるのか、それが問われていると思います。

(注)
【通貨バスケット制】
複数の外国通貨のレートを加重平均して自国通貨のレートを算出する。中国政府はユーロや円とドルとの間の変動に対して人民元の変動は小さくなるという効果を見込む。

(2005.8.3)

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