農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

 
第44回衆院選挙
自民圧勝が意味するもの
―農協組織に問われる自立
岩本純明 東京大学大学院農学生命科学研究科教授

 9月11日に投開票が行われた第44回衆議院総選挙は自民・公明が総議席数の3分の2以上を占めるという与党の圧勝となった。選挙の争点は郵政民営化一本に絞られたが、今後、農業、農村政策も十分に議論が深められるべき重要な分野であることはいうまでもない。自民圧勝が政策の中身とその決定過程にどういう影響をもたらすのか。東京大学の岩本純明教授は「『協』の領域が重要さを増す」と提言する。

岩本純明

いわもと・のりあき 1946年兵庫県生まれ。東京大学農学部卒業後、鹿児島大学農学部を経て、東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は土地制度史を中心とする近代日本農業史。主な業績:思想の科学研究会編『共同研究日本占領軍』上、中村隆英編『占領期日本の経済と政治』、神田文人編『体系日本現代史』、椎名重明編『ファミリーファームの比較史的研究』、袖井林二郎・竹前栄治編『戦後日本の原点』下、渡辺尚志・五味文彦編『土地所有史』など(いずれも共著)。

◆北と南では地方の「意地」示す

 参議院での郵政民営化法案否決に端を発した第44回衆議院選挙は、自民党の圧勝に終わった。選挙期間中にマスコミが流した自民党優位の予想も、有権者にバランス感覚を働かせる方向には作用せず、自民党へのシフトを一層強める結果をもたらした。自民党は公示前の212議席から296議席へと大幅に議席を増やし、単独で絶対安定多数(269議席)を大きく上回った。これに対し民主党は、177議席から113議席へと大きく後退した。投票率の上昇も、民主党への追い風として働かなかったのである。
 民主党敗北の原因は、民主党の地盤であった都市部で惨敗したことにあった。大都市での与党の勝率は、東京24勝1敗、神奈川17勝1敗、千葉12勝1敗、大阪17勝2敗、兵庫12勝0敗と驚異的な高さを示したのである。
 一方、こうした大都市部の動向とは対照的に、北海道と沖縄の南北両端地域では野党が健闘した。北海道では自民4議席に対し民主は8議席と倍の議席を確保したし、沖縄では4つの小選挙区のうち野党が2議席を確保した。社民党唯一の小選挙区当選者を生み出したのも沖縄であった。このことは、都市部では政権与党への支持が雪崩を打って進行した一方で、北海道・沖縄の両地域では、「地方」としての自立を志向する「意地」を示したことを意味している。

参照:第44衆議院議員総選挙・政党別当選者数(.jpg)

◆比例の得票率は「自民」38、「民主」31と拮抗

 ところで、自民圧勝を民意の忠実な反映としてみるのは正しくない。わずかな得票率の差が、極端な議席数の差を生み出すのが小選挙区制の特徴だからである。今回の選挙でも、得票率で見る限り、小選挙区では自民48%、民主36%とそれほど大きな差は見られない。両党の獲得率は比例区ではさらに縮小し、自民38%、民主31%と拮抗している。しかしながら小選挙区の議席数では、自民219(73%)、民主52(17%)と大きな差が生じた。このことは、有権者の投票行動が逆に振れれば、将来、自民党が惨敗を喫する可能性もあることを示唆している。
 ところで今回の選挙には、以下のような特徴がみられた。

◆「勝ち組」になれない都市住民も自民支持

 第一は、党首のリーダーシップの重要性がクローズアップされたことである。その結果、小泉型の党首が今後も待望されることになるだろう。しかし小泉首相の場合には一種の「魅力」として働いた言動が、他の政治家の場合には命取りとなる可能性はありそうである。
 第二は、小泉総裁による強烈なリーダーシップのもとで、自民党がようやく近代政党としての姿を整えたという点である。郵政民営化法案に反対した「造反議員」には党公認が与えられなかったばかりでなく、郵政民営化に賛成する党公認候補を新たに送り込まれることになった。従来の選挙では、党の公約との整合性を気にせず、勝手な約束を地元で振りまく自民党候補者が少なくなかった。しかし今回の選挙では、こうした「自由度」は著しく狭められた。
 しかし第三に、政党としての統制力の強化は、自民党の政治的幅を確実に狭くした。長期政権を維持してきた自民党システムの要点は、経済成長の成果(=税収)を地方や成長から取り残されがちな業界に再配分することによって政治的安定を実現するというものだった。地方切り捨て反対を旗印に郵政民営化法案に反対した議員には、地方や国際競争力を欠く業界の利害を代弁する議員が多かった。しかし小泉首相は、こうした議員を容赦なく切り捨てた。郵政民営化法案への賛否をめぐって自民党内部で分裂選挙となった33選挙区のうち、当選を果たした「造反派」議員は15人にとどまった。また当選者の一部は自民党を離れて新党結成に加わった。自民党籍をなお維持している当選者の場合でも、圧勝によって強気となった党執行部の処分が待ちかまえている。自民党に留まれたとしても、政治的影響力の低下はまぬがれないのである。「族議員」の活躍できる余地は、大幅に狭められたといってよい。
 第四は、自民圧勝をもたらした都市住民の政治的意向である。大都市の市民は、地方や比較劣位産業に配慮した従来型の財政配分方式にノーを突きつけた。この背景には、就業・居住条件ともに改善した地方生活圏と対比して、依然として見劣りする大都市の居住環境への大きな不満がある。また、高級官僚の天下りや不要と思われる公共事業が相変わらず継続されていることへの反撥がある。こうした不満や反撥が、「官」への不信感を強めるように作用し、人々を自助努力の方向へと追いやっているのである。決して「勝ち組」にはなり得ない「普通の人々」が、厳しい競争の渦中に自らを追い込んでいこうとしているといってもよい。人々を取りまく状況と人々のそれへの反応とが、奇妙なねじれを見せているのである。

従来型政策決定が困難に

◆農協陣営、迫られた苦しい選択

 さて、今回の選挙に対する農協陣営の対応を振り返っておこう。
 農協の政治運動組織である全国農業者農政運動組織協議会(全国農政協)は、都道府県農政連の決定を受けて、山梨・石川・三重の3県(11選挙区)を除く44都道府県で推薦候補者を決定した(300小選挙区中261選挙区で推薦)。小選挙区での推薦者の政党別内訳は、自民党239、公明党3、民主党1、国民新党1、無所属18であったが、このうち自民党196、民主党1,公明党2、国民新党1、無所属10がそれぞれ当選した。
 また自民党候補者には、小選挙区で落選しても比例区で復活当選する者が少なくなかったので、比例区を含めると全国農政協推薦候補者の92%が当選を果たしたのである。この限りでは、農協陣営は今回の選挙においても十分な政治的成果をあげたといってよい。
 しかしながら、今回の選挙にあたって農協陣営は、少なからぬ選挙区で苦しい選択を迫られた。郵政民営化法案に反対した自民党議員の多くが、同時に「農林族」議員でもあったからである。郵政民営化法案をめぐって「分裂選挙」となった33小選挙区のうち、19選挙区で全国農政協は自民非公認の「造反派」を推薦した。ちなみに自民党候補者を推薦できたのは9選挙区にとどまり、残りの5選挙区(山梨2・3区、富山3区、奈良1・2区)では推薦者の決定を断念せざるをえなかった。

◆農協改革への危機感が影響

 とりわけ九州では、郵政民営化法案に最後まで反対した自民党議員が多かった。9つの「分裂選挙区」のうち、鹿児島3区を除く8つの選挙区で「造反組」が県農政連の推薦を得た。また長崎県農政連は、1区と3区で自民党候補を推薦できず、各地区に対応を委ねざるを得なかった。このうち3区では、自民・民主に支持が分かれたため、前回選挙の際と同様に一本化が見送られた(長崎新聞、8月27日)。
 従来の選挙では、農政連の支持は政権政党である自民党に容易に一本化できていた。今回それが難しかったのは、「郵政改革」の後には「農協改革」が控えているという危機感があったからである。政府の規制改革・民間開放推進会議は「郵政3事業と農協はうり二つ」と指摘し、農協の金融・共済・経済3事業の分割の必要性を強調していた(毎日新聞北海道版夕刊、9月9日)。農協陣営にとって郵政民営化は、「農協改革」をめぐる前哨戦としての意味をもったのである。今回の選挙では、農協陣営もまた郵政民営化の影に覆われていたのである。

◆求められる行政からの自立

 最後に、今回の選挙が農業・農協部門にもたらした結果を整理しておこう。
 (1)すでに述べたように農協陣営は、今回の選挙で多くの「農林族」議員を失った。またかろうじて当選は果たしたものの、無所属での立候補を余儀なくされ党内での影響力を大幅に低下させた議員が少なくない。
 (2)この結果、「族議員」・官僚・業界団体3者による協議によって、特定業界に有利な政策を実現していくという従来型の政策決定方式は、維持が難しくなった。また政治的にみても、こうしたやり方にはマイナス面が多くなってきた。むろんこの点は、農業部門だけに限られた問題ではない。「族議員」・官僚・業界団体が構成する「三角同盟」は、日本の各種業界に広く浸透しており、日本型の政治的意思決定過程を特徴づけるものだったからである。
 (3)しかし今回の選挙に示された有権者の意思は、業界ごとに閉じられた従来型の政策決定過程を、より透明で公共性を備えたものに変えていかなければならないというものであった。個々の政策のもつ必要性を、より説得的に説明する責任が課せられることになったのである。政権党の「族議員」に依存することで自らの利益を実現していくという方式は採りにくくなったということであり、行政からの自立が求められているのである。
 (4)この点は、これまで農協組織を農政浸透のパイプとして利用してきた行政にも大きな反省を促すものである。行政組織の中に農協を「監督」する部署が設置されていること自体が、農協と行政との関係の歪みを端的に示している。

◆「官」と「民」の2分法を超え「協」の原理体現を

 (5)今回の選挙では、小泉首相の巧みな戦略もあって「官」と「民」との対立が過度に強調されることになった。郵政民営化に代表されるように、「官」から「民」への移行が時代の流れであるというキャンペーンが功を奏したのである。「官」の無駄や失敗が強調される一方で、市場の機能や民間部門の活力が高く評価された。こうした主張に根拠がないわけではない。しかしバブル経済期を振り返ってみれば、モラル無き企業活動が、経済社会にどれほどのダメージを与えたかを忘れるわけにはゆかない。
 (6)「官」と「民」との単純な2分法で忘れられがちなのが、「官」(政府)にも「民」(市場)にも吸収され尽くさない独自の領域の存在である。人々が協同的な関係の中で問題を解決していく領域がそれである。仮にそれを「協」の領域と名づければ、人々の日常生活にとって、この「協」の領域がどれほど大切かが理解できるだろう。「官」に失敗があるように「民」(市場)にも失敗がある。むろん「協」が万能というわけではない。しかし「官」と「民」の弱点を補完する「協」の重要さを、今こそ見直す必要がある。本来農協は、「官」・「民」と緊張関係を保ちつつ「協」の原理を体現すべき組織として誕生した。こうした農協の存在意義を、あらためてクローズアップしたのが、今回の選挙の重要な教訓であったと思う。

参照:第44回衆議院総選挙結果・小選挙区の政党別獲得議席数(.html)
参照:第44回衆議院総選挙・比例ブロック別の政党別獲得議席数(.html)

(2005.9.26)

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