農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

 
WTO農業交渉 政治的かけひきのみ狙う 
輸出国の主張は許されない
危機感を持って国民への理解促進運動を

 WTO交渉は輸出国と輸入国、先進国と途上国の対立が続いたまま12月13日からの香港閣僚会議に向けて交渉が進んでいる。閣僚会議前の12月3、4日に非公式閣僚会議が開かれ香港閣僚会議に向けて交渉進展の努力が行われるが輸出国が上限関税設定など強硬な姿勢を続けており日本、G10などとの隔たりは大きく難航は必至とみられている。香港では合意の範囲を狭めて、来年3月に再度閣僚会議を開催してモダリティ合意をめざすという展開も予想されている。ただし、香港閣僚会議で輸出国主導で「相当の下ごしらえが進められる懸念」(山田全中専務)もあり、予断は許されない状況にある。こうしたなかJA全中は12月25日に「WTO香港閣僚会議対策全国代表者集会」を開き、世界各国の多様な農業の共存をはかるため、上限関税に断固反対し、持続可能な農業のために、国民の理解を得る運動や各国農業団体と連携などを進めることを決議した。


◆両論の同列扱い 予断許さない状況

 11月26日にWTO(世界貿易機関)のラミー事務局長は香港閣僚宣言案を提示した。
 宣言案では交渉全体を2006年で終結させることに合意し、そのために農業交渉ではモダリティの確立時期と各国が関税率などを入れた譲許表案の提出時期について決める内容となっている。時期については空欄となっており、閣僚会議か、その前の交渉で具体的に決める意向が示されている。
 ラミー事務局長は香港閣僚会議で数値まで入れたモダリティ(貿易ルール)合意は難しいとの認識を持っているとされていたが、農業交渉の具体的な内容はファルコナー農業交渉議長が各国、各グループの主張を両論併記のかたちでまとめた報告書が添付されるにとどまった。たとえば、上限関税については「完全に拒絶している国々がある一方、他の国々は75〜100%の上限関税を提案している」としており、重要品目の数については「各国提案はタリフラインの1%から15%の幅がある状況」と記述している。
 ただ、こうした両論併記の宣言案で香港閣僚会議を迎えることについてJAグループは「状況は予断を許るさない」とみている。
 25日の「WTO香港閣僚会議対策全国代表者集会」で宮田勇JA全中会長は「交渉全体を方向づける合意がされる可能性もある。予断を許さない」と強調し、上限関税の設定などを数値まで示して主張する米国、ブラジルに対して「昨年の枠組み合意を踏みにじるもので断じて許されない。自らは妥協をせず輸入国のみに妥協を迫るのは理不尽」と批判。▽上限関税の断固阻止、▽重要品目(センシティブ品目)の十分な確保、▽関税割当数量は関税削減との組み合わせで、品目の事情に応じて各国が選択できるスライド方式とすることなどを求めた。

上限関税に関する主要国の提案

◆非現実的な輸出国の主張

 最大の焦点になっている上限関税の導入については、昨年7月末の枠組み合意で「上限関税の役割についてはさらに評価されよう」との表現で記述された。
 日本を含むG10としては上限関税の導入に歯止めをかけるためにその後の交渉に臨んだが、この夏以降、数値を入れた議論になると米国、ブラジル、さらにEUも75%〜100%という具体的な数字を示した主張を展開してきている。
 集会では食料・農林漁業・環境フォーラム幹事長の服部信司氏が「昨年の枠組み合意は、上限関税が必要かどうかという議論がさらに必要との内容。それをすっ飛ばして、いきなり数値を提案することは極めて無謀な提案」と強く批判したように、輸出国主導の交渉に歯止めをかけることが求められている。
 関税は各国ごとに土地条件などを反映して設定しており、とくに農地の条件は「人間の力ではいかんともしがたいもの」(服部氏)だ。WTO加盟国、地域は147。まさに多様な農業が存在するなかで、一律に関税を引き下げるルールは「多様な国が集まる交渉の場にそもそも提案されるべきことではない」(同)といえる。
 また、問題点として指摘されたのはファルコナー農業交渉議長の報告書そのもの。上限関税や重要品目の数など各国主張の両論併記のかたちとなっているが、輸出国の非現実的な提案も吟味されずにそのまま報告されている。
 たとえば、重要品目の数について米国は関税化品目の1%としているがこれは米国にあてはめても18品目程度になる。この点について集会では全中の山田専務は「ところが、米国にとって重要品目のはずの砂糖と綿花だけでも60品目を超える。いかに自国の事情は棚上げにしているか。政治的なかけひきでしかない」と強く批判、「政治的なかけひきに農業を売り渡すわけにはいかない」と訴えた。
 また、米国の主張についてはEUの農業団体、COPA(EU農業団体連合会)も批判。EUは市場アクセスと国内支持削減で十分に妥協しているが、米国は「黄色の政策の補助金を青の政策に移しかえるにすぎない」など実質的に痛みを伴わない「ペテンの提案」だと強く非難している。
 さらに米国農業団体のナショナル・ファーマーズ・ユニオンは、国内支持の削減は「米国農業者のセーフティネットに重大な変化をもたらす。危険な提案として深く懸念する」と批判している。(全中・国際農業・食料レター11月)
 こうした批判がありながらも、G10やEUの現実的な主張と、米国、ブラジルの主張が同列で扱われている状況であり、これは「交渉の相場が形成されていくうえで極めて大きな問題」だというのがJAグループの認識だ。

◆日本は孤立していない

 上限関税については10月の交渉でACP(アフリカ・カリブ・太平洋諸国の途上国グループ)が導入に反対を表明した。
 また、途上国に特別扱いできる品目を認めるルール導入を求めているG33は、G10が主張する重要品目の十分な確保と、その扱いについてのルール化という主張と共通する面がある。
 その点で「日本は決して孤立しているわけではない」(山田専務)。
 集会には韓国、インドネシアの農業団体代表も参加。「貿易自由化至上主義はあやまり。農業はかけがえのない財産」(韓国農協中央会・金専務)との呼びかけもあった。
 WTO交渉は「21世紀の食と農の将来を左右する極めて重要な交渉」(宮田会長)だ。各国農業団体の連携とともに、国民にとって欠かせない食と農が危機に瀕しかねないことを世界各国の農業者が深刻に憂慮していることを、国民各層に訴え理解を広める運動が一層重要になっている。

【WTO香港閣僚会議に向けた決議】

 米国やブラジルが上限関税や重要品目の極端な限定などの強硬姿勢を崩さず輸入国のみが妥協を迫られるなら多くの国の農業が壊滅的な打撃を被ることになりそのような事態は容認できない。今、譲歩すべきは非現実的な提案に固執する一部の輸入国。わが国は輸出国からの圧力やG10の分断工作に決して屈することなく今こそ食料輸入国との連携を維持しながら一歩も引かない強い姿勢で香港閣僚会議に臨むことが必要である。
 G10提案の実現をめざし国民各層の理解と支持を得る運動とともに、G10諸国をはじめG33、ACP、EU、カナダ等の農業団体との連携のもと全力を挙げて取り組みを強化していく。

―● JAグループの主張の重点 ●―

1.上限関税の断固阻止
○ 上限関税の導入は、品目ごとの異なる事情を無視し、わが国の主要農産物に壊滅的な打撃を与えるものであり、一般品目、センシティブ品目ともに導入を断固阻止すること

2.センシティブ品目の十分な数の確保
○ センシティブ品目は、十分な数の確保をはかること

3.スライド方式による関税削減と関税割当約束の組合せ
○ 関税割当数量は、関税削減との組合せにより、品目の事情に応じて各国が選択できるスライド方式とすること

4.関税割当数量の基準の見直し
○ 関税割当数量の基準は、最近の消費量の変化等を踏まえて見直しをはかること

5.G10等食料輸入国の主張を反映したルールの確立
○ 特別セーフガードの堅持など、G10等食料輸入国の主張が非貿易的関心事項への配慮としてルール化されること

一方的な犠牲は許さない
(金東海・韓国農協中央会専務)

 UR合意で輸入が増え自給率は30%だ。都市、農村の所得格差も広がり高齢化も進んでいる。
 輸出国の主張は非貿易的関心事項をまったく考慮していない非現実的な要求。輸入国に一方的に犠牲を強いる上限関税や大幅な補助削減は撤回されるべき。固有の農業が守られるよう穏やかな貿易ルールが必要で、重要品目も十分に確保され特別な措置も認められるべきである。
 農業は人類文明の母であり福祉産業でもある。かけがえのない財産は守られなければならない。


自由化で輸入量が増加
(ストリスノ・イワントノ・ インドネシア農業者農政運動組織会長)

 インドネシアは一人あたりの農地面積が0.3ヘクタールと小規模だ。国民の45%が農業に依存し、大部分が農村に住んでいるのが実態。米は世界3位の生産国だが、同時に世界最大の米輸入国になっている。大豆、砂糖、トウモロコシなど食料安保や貧困解消にとって重要品目も多い。政府はG33として途上国に対する特別品目の措置を求めており農民も支持している。
  日本にとって上限関税がいかに影響を受けるか理解できる。

(2005.12.5)

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