農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

農業モダリティ交渉

緊迫度高まるWTO農業交渉
焦点は重要品目の国境措置確保


 WTO(世界貿易機関)農業交渉は4月末のモダリティ(各国に共通に適用される貿易ルール)確立期限に向けて緊迫感が高まっている。昨年末の香港閣僚会議では、農業と非農産品(NAMA)、両分野のバランス確保が宣言されたが、各国それぞれの思惑から対立の構図は依然として複雑。しかも農業分野内でも加盟国によっては品目ごとの事情の違いから国内での調整が難航している国もある。ただし、年末までに交渉全体を終了させるべきとの見方で多くが一致しているという。日本としては上限関税の断固阻止など、重要品目の国境措置を確実に確保することが重要課題だが、事態が急速に収れんに向かう可能性も高く、今こそ国民理解と支持の拡大が大切になっている。今回はJA全中のWTO・EPA対策室の小林寛史次長に解説してもらった。(関連記事

◆農業モダリティ確立に向けた昨年の動き

小林寛史 WTO・EPA対策室次長
小林寛史
WTO・EPA対策室次長
こばやし・ひろふみ 昭和38年北海道生まれ。62年慶應義塾大学文学部卒。同年全国農業協同組合中央会入会、平成15年農政部WTO・FTA対策室室長、17年WTO・FTA対策室次長。
 WTO農業交渉は、昨年7月末に予定されていたモダリティの「たたき台」は合意されず、海図が定まらないまま秋の交渉に入っていった。
 10月に入って米国やG20は極端に大幅な市場開放を要求する提案を立て続けに提示。これらの提案は、農産物関税に上限を設けることなどを盛り込んでおり、EUも一般品目に対しては上限関税の導入に難色を示さなかった。
 一方、わが国をはじめ、スイス、ノルウェー、韓国等で構成するG10諸国は高関税品目を多数抱えていることから上限関税の導入には根本的に反対だと主張。
 まさに突風が吹きすさぶ状況にあったが、11月に入ってラミーWTO事務局長が香港閣僚会議の目標を下げ、香港以降も主要課題は継続協議とし、香港ではできる範囲の合意が目指されることとなった。

◆香港閣僚会議では何が話し合われたか

 こうしたなか香港閣僚会議が始まった。しかし、香港では、その後の交渉に影響を及ぼし得る重要な決定がなされたことも事実である。
 一例を示すと農業分野では、輸出補助金を2013年までに撤廃することに条件つきで合意。EUにとって痛みを伴う決断だった。
 その条件とは、輸出補助金だけではなく、輸出信用、輸出国家貿易、食料援助といった輸出行為のうち、輸出補助金と同様な補助効果を持つ部分は撤廃すること。
 輸出規律については、EUの問題から、米国や豪州、ニュージーランドの問題へと局面が転換している。4月末のモダリティ確立に向けた論点の一つだ。
 次に綿花問題。香港では、綿花への国内補助金は、一般の国内支持の削減よりも「短期間に」かつ「野心的に」削減することが合意された。
 米国が綿花に多額の補助金をつけ、事実上のダンピングとなっていることは、西アフリカ諸国等の開発途上国にとっては由々しき問題。
 4月末のモダリティ確立までの過程で、米国の綿花補助金にどのように縛りをかけていくかは、途上国経済の発展にとって重要な意味を持っている。
 次に農業とNAMA(非農産品市場アクセス)の関係。香港では、両分野の野心の水準にバランスを確保していくことが合意された。
 鉱工業品の関税削減を大きく(小さく)するのであれば、農産物の関税削減も大きく(小さく)することで、両分野のバランスを確保するという考え方である。
 わが国は貿易立国であり、NAMAは「攻め」の分野、農業は「守り」の分野という構図にある。一方で、ブラジルは農業が「攻め」で、NAMAは「守り」。
 農業とNAMAの間で、どのような相場観でバランスをとっていくのかは、我々にとって決して他人事ではない。
 これは、経済界を含め国民各層からいかに広範な理解と支持を得て、守るべきを守っていくかという課題であり、本腰を入れて、粘り強く、我々の主張について理解を求めていかなければならない。
 この点では、世界に名だたる大企業を国内に多数抱えるEU、カナダ、スイス、ノルウェー、韓国等の農業団体も同じ状況にあるといえる。

バランスある結果に向け
国民の理解と支持の拡大が課題

◆どう解くのか? 複雑な多次元連立方程式

 WTO農業交渉での、我々の最大の課題は、米麦、乳製品、砂糖をはじめとしたセンシティブ品目の国境措置がきちんと確保されること。
 それにより、わが国農業が多面的機能を発揮し、安全・安心な食料を国民に供給し続け、自給率の向上という国益に関わる課題に対して展望を切り拓いていくことが重要である。
 遠いジュネーブで、しかも英語やフランス語で行われているWTO農業交渉も、わが国農業にとっての根っこの課題と深く結びついているのである。
 これらセンシティブ品目に関して、我々の主張を実現させていくには、(1)上限関税(断固阻止)、(2)センシティブ品目の数、(3)階層方式における関税削減水準(センシティブ品目の関税削減率と関連)、(4)スライド方式による関税削減と関税割当拡大の柔軟な組み合わせなど、様々な項目の間でバランスが確保されるべきである。
 バランスが失われると、堰を切ったような輸入の増大が懸念される。この部分だけ見ても、きわめて複雑な議論だとわかる。
 それ以外の部分でも、複雑多岐にわたる問題が相互に絡み合った多次元連立方程式のような様相を呈している。皿の上のスパゲティよりも複雑に絡み合っているのかもしれない。

◆急速な収れんも念頭に国民理解と支持の拡大を

 香港以降の農業交渉の状況を見ても、EUは米国の国内支持の大幅削減が担保されない限り、市場アクセスでは譲歩できないと言う。米国は、市場アクセスが大幅改善されないと、国内支持の議論に入れないと言う。
 こうした対立の構図が現在顕著になっており、市場アクセス、国内支持ともに数字の相場観が形成されるに至っていない。
 また、米国国内を見ても、補助金がない畜産業界は市場アクセスの最強硬派。輸出がなく多額の補助金に依存している砂糖や酪農業界は、戦々恐々と事態の推移を見守っている。補助金もあり、輸出もしているトウモロコシや小麦の業界の心理は穏やかではないだろう。
 国内の異なる利害を調整しないと、米国政府も前に出られない。11月に中間選挙を控えるなかで、容易ではない作業といえる。しかし、米国政府は、そのような国内調整に入ったという情報も得られている。
 EUは、国内支持で譲り、輸出補助金でも譲歩した。市場アクセスについても、想定を超える譲歩の提案を昨年10月に示した。
 そのようななか、EUとしても、何かを取らなくてはならない。今次交渉では、地理的表示(地名に基づく商品の呼称)も議論されているが、地理的表示の対象を大きく拡大させたいとEUは期待している。
 現在でも、フランスのシャンパーニュ地方で生産されたシャンペン以外はスパークリング・ワイン(発泡ワイン)と称することとなっている。これと同様に、様々な品目で地理的表示を認め、付加価値を高めていきたいというのがEUの期待である。
 更にサービス分野に関しては、香港で、途上国の主張が反映されそうになったものの、最終局面で先進国から梯子を外されてしまったという不満がインドなど途上国の間に根強い。
 サービス交渉の経緯によって、途上国が農業分野等で態度を硬化させるなど、他の交渉分野に影響を与えることがあるのかどうか、十分に留意しておく必要がある。
 数学の難問も、試験終了の5分前に、ふとしたきっかけでスルスルと解けるもの。農業交渉も同じと見ておく必要がある。
 本年末までに最終合意に達する、あるいは達すべきというのは、多くの関係者の共通した見方である。
 事態が急速に収れんに向かう時、それは今から4月末までかもしれない。その時に間違いのない対応ができるよう、品目ごとの事情を関係者の間で共有しておくとともに、国民の理解と支持を拡大していくことが何としてでも必要である。それほど、情勢はピークに達している。

各交渉分野の状況と最終合意までのスケジュール

(2006.3.23)

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