農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

鳥インフルエンザ

ウイルスとの共存を考える時代に
殺処分しか方法はないのか


 2月3日、茨城県は最後まで残っていた鳥インフルエンザの発生による移動制限区域について「清浄化確認検査で陰性が確認」されたので、移動制限を解除すると公表した。これで昨年6月下旬からの茨城県を中心に発生した鳥インフルエンザはほぼ終息したといえる。だが、これで終わったわけではない。図の世界地図をみれば分かるように、発生していない国・地域の方が少なく、連日のように○○国で発生したという情報が伝わってくる。これから鳥インフルエンザについてどう考え対応していったらいいのかを、これまでの経過を振り返るとともに考えてみた。

◆600万羽の鶏を処分

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 今回の鳥インフルエンザ発生は、茨城県水海道市(現・常総市)の採卵鶏飼養農場が、昨年4月ごろから産卵率の低下、死亡羽数のわずかな増加があったので民間検査施設で検査したところ鳥インフルエンザと思われるウイルスが分離され、動物衛生研究所がこのウイルスをH5N2亜型と確認。国はこの農場の鶏を殺処分すると同時に半径5km以内を移動制限区域とし、周辺農場を検査したところ次々と発生が確認された。
 最終的には茨城40件・埼玉1件の41件約600万羽で弱毒型H5N2亜型高病原性鳥インフルエンザの発生が確認され、防疫措置として発生農場の飼養鶏の殺処分、周辺農場の移動制限が実施された。ただ、「ウィンドレス鶏舎等であって鶏舎ごとの厳格な飼養管理が実施されるウイルス分離陰性鶏舎」については「農場監視プログラム」を適用し家伝法上の殺処分にはしないことにした(8件約243万羽)。監視プログラム下の鶏は食用にすることができることになっていたが、受け入れる食鳥処理場がないために、実際は生産者の手で焼却処分されている。この焼却処分は4月3日段階では、約243万羽のうちの約63%が終わったという。

◆ウィンドレス鶏舎でもウイルスが

 04年の山口県や京都府での発生は、強毒型のH5N1型だったので鶏が次々と死亡したが、今回は弱毒型のためにそうした症状がみられず「自分の農場の鶏がまさか感染しているとは思わなかった」というのが生産者の実感だ。
 41件のうち実際にウイルスが検出・確認されたのは11件で、他は抗体陽性(ウイルスに感染はしたが抗体ができ発症はしていない)が確認されたというケースだった。また、感染経路については特定されておらず、農水省の家きん疾病小委員会の調査では、このウイルスは中南米由来のものと近縁で、渡り鳥などからの感染は考えにくいので「人為的に運搬」されたのではないかとしている。そのためもあってか、野鳥対策として効果があるとされるウィンドレス鶏舎での発生が13件(ウイルス確認5件)で確認されている。

◆ほとんどの国で強毒型による発生が確認

 茨城など今回発生した地域が「清浄化」されたからといって、鳥インフルエンザが再発しないという保障はなにもない。図の世界地図をみれば分かるように、発生していない国の方が少なく、しかも強毒型ウイルスによる国が圧倒的に多い。鳥インフルエンザは文字通りグローバルな存在だといえる。日本での2回の発生で感染経路が特定されなかったように、いつ、何によって、どのようにウイルスが養鶏場に入ってくるのか分からない。これにどう備えるのか。
 春に発生したときには弱毒型だったがその年の秋に強毒型が発生した1983年の米国ペンシルバニア州の事例をあげて「日本で同じことが起きるのではないかと心配している。アジアの多くの国が強毒型なのに日本だけが弱毒型ですむとは考えにくい」と島田英幸日本養鶏協会専務理事はいう。そして予防するための具体的な対策が不十分だとも。
 野鳥と接触できないウィンドレス鶏舎や開放鶏舎では防鳥ネットを張ることが推奨されてきたが、今回、ウィンドレス鶏舎で厳格な飼養管理がされている鶏でも発生しているため、何が有効な予防措置なのかという疑問が生産者にはある。
 もちろん野鳥やネズミと接触できないようにすることや消石灰散布など衛生面の管理を徹底することなど防疫指針で示されている対策は必要だが、それだけでは防ぎきれないというのが生産者の実感だろう。

◆「治療より予防を」生産者の切実な声

 予防対策として生産者が以前から強く望んでいるのがワクチンの使用だ。国は発生した後、「迅速なとう汰が困難となり、又は困難になると判断される場合」(防疫指針)に限って使用するということで、予防のためのワクチン使用は認めていない。
 昭和40年後半から全国にまん延した鶏の呼吸器の病気「ニューカッスル病」の予防のために生ワクチン使用許可運動を始めた(2年後に使用が認められ現在も使われている)所秀雄さんは、ウイルスを撲滅することはできないのだから「とう汰ではなく制御(コントロール)。治療より予防」という考えに立ち、ウイルスと「抗生するのではなく共生」すべきだと訴えている。そのためにはまず「予防接種(ワクチネーション)」と「世界規模の公衆衛生インフラの整備を緊急に行う」ことだと。
 所さんは農水省の畜産課長を辞めたあと、日本に合った鶏の原種輸入や鶏など宿主由来の乳酸菌混合飼料の開発、親から子へ受け継がれる抗体を鶏卵から抽出した抗体製品の開発など、まだ3000羽飼養すれば大規模といわれた時代から今日の養鶏産業を支えてきた人だ。養鶏の現場を知る人の意見として無視できないものがあるといえる。

◆ウイルスとの共存を真剣に考えるべき

 また、50年余にわたりウイルス研究をしてきた山内一也東大名誉教授も「ウイルスは30億年前に生物が地球上に出現したときから、生物と共存してきた生命体」であり、「その長い歴史の中でウイルスは、単に病気を起こすだけではなく、生物の進化を促進する原動力になったという見方が最近受け入れられてきている」「21世紀は、これらのウイルスとの共存を真剣に考えなければいけない時代」「ウイルスの存在意義について、もっと理解を深める努力が必要」だという。

◆現在のワクチンで予防は疑問

 だが、製造から国家検定までワクチンのすべての過程を経験してきた立場からは、鳥インフルエンザワクチンの使用については効果的ではないという。
 一つは、「不活化ワクチンをつくるのは大変に難しい」と品質管理について疑問を投げかける。不活化が不十分だとウイルスがワクチンのなかで生き残りワクチンを使用することでウイルスをまん延させてしまうからだ。ヨーロッパで、1980年代に口蹄疫ワクチンでそうした事態が起こりワクチン使用が完全に中止されたことがある。
 そしてもっとも重要なことは、ワクチンを使用することで「自然感染とワクチン接種の区別ができなくなる」ことだと指摘する。区別するにはマーカーワクチンの開発が必要だが、まだ開発されていない。これは国がワクチン使用に消極的な理由でもある。
 ニューカッスル病の場合には現在でもワクチンの効果があるが、それはニューカッスル病のウイルスは変異しないからだとも。
 鳥インフルエンザウイルスは、自然宿主である鴨にはなんら害をおよぼさないが、鶏に感染し、その鶏が抗体をもつとそれに耐性をもつものへ変異しさまざまなタイプをつくりだす。つまり、1個のウイルスは6時間で10万個に増殖するので、24時間では10万の4乗個という膨大な数になる。その中の1個か2個のウイルスが抗体への耐性をもてば(変異)、それが選択されて生き残り増殖していくことになる。そうした変異に対応できるのかという問題があるわけだ。
 そして、人のインフルエンザの場合でもワクチンは感染予防する効果はなく、感染したときに症状を抑える・軽くする効果しかないように、インフルエンザワクチンは「効き目が悪い」ものだということをキチンと認識すべきだという。

◆養鶏産業を守るために予防方法の確立を

 山内名誉教授の指摘は研究者としては当然のことだろうと理解できる。しかし、もし発生すれば何万、何十万羽という鶏を殺さなければならない生産者として「どんな方法をとっても予防したい」「鶏を殺したくない」と思うのも当然ではないだろうか。
 「物価の優等生」といわれ栄養価が高い良質な食品であり、自給率の高い鶏卵を供給し続けている養鶏産業を守ることも国の責務ではないだろうか。そのためには、生産者も交え国の研究機関の持つ機能・能力を総動員してでも生産現場に即した予防方法を研究・開発して欲しいと思う。

◆工業的畜産がウイルスを強毒化

 この間取材して感じたことは、最近、海外も含めて多くの研究者から、工業的になった畜産がウイルスによる疾病をまん延させ強毒化させているという指摘がされていることだ。
 1鶏舎で数万羽を飼育する養鶏はその代表といえる。そこで1羽が感染すると鶏舎のなかで次々と感染が広がり、変異も起こりやすくなるということだろう。そうだとすると鳥インフルエンザの世界的まん延は人間がつくりだしたことになるのではないか。そうであるならば、現代の畜産のあり方そのものを考えなければいけないということであり、それは生産者側だけではなく、現代の畜産の恩恵にあずかっている消費者の消費のあり方を含めて見直さなければいけないということではないかということだ。そのうえで「ウイルスとの共存」も考えなければいけないのではないだろうか。


(2006.4.11)

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