農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

米国産牛肉輸入再開問題

食品安全委の答申、不安の声受け止め再検証を

政府ではなく、国民に目を向けた責任を果たしているのか?

 政府は7月27日、輸入再開直後の今年1月に特定危険部位が混入した製品が見つかったことから、停止していた輸入手続きを再開させることを決定した。8月7日から米国産牛肉の輸入が再開された。日本は、今後も米国農務省が行う認定施設への抜き打ち検査への同行を行うほか、当面は輸入された製品の全箱を開けて特定危険部位の混入など対日輸出条件に違反がないかどうか水際検査を強化するとしている。また、6か月間は新たに対日輸出する施設を認定しない方針だ。ただ、輸入再開前の現地事前調査で35の認定施設のうち15施設で何らかの問題が見つかった。このため国民への説明会の場でも「なぜ、輸入再開を急ぐのか」、「安全性は本当に確保されるのか」という声も相次いだ。
 一方、米国のジョハンズ農務長官は今後、輸入条件を30か月齢以下に緩和するよう早くも求めるなど、この問題に対する認識に大きな違いがあることが改めて明らかになった。食の安全確保は輸入品はもちろん、国内産でも当然、求められるが、それはきちんとした根拠に基づき、さらに安全性確保のための供給側の努力とそれに対する国民の理解と納得が大前提のはず。しかし、米国はサーベイランス体制の縮小を発表するなどBSE問題に対する姿勢を疑わざるを得ず、そこに多くの国民が不信を募らせているのではないか。
 01年のBSEが発見後に設置されたBSE問題調査検討委員会の座長を務めた橋正郎・女子栄養大学大学院客員教授の指摘とともに、食品安全委員会の役割も含めて改めて問われていることを考えてみた。

◆35施設中15で不備

 米国産牛肉の輸入再開に向けて、厚労省と農水省は対日輸出認定全35施設の事前調査を6月24日から7月23日まで実施してきた。その結果、35施設中、20施設はとくに問題が認められなかったことから輸入手続きの再開を認めた。そのほかの14施設では対日輸出できない牛の唇の肉などの記載など書類上の不備があったが改善を指示し、13施設では是正措置が確認されたとしてこれらも認めた。
 残りの1施設については企業合併で大幅に作業マニュアルを変更しているため、今後、米国側が査察を行い日本側が確認するまでの間はリストに掲載しない。
 また、昨年の輸入再開時に輸出施設として認定を受ける前に出荷したことが1施設で判明したが、この施設については輸出プログラムが守られるかどうかを確認するため、通常は常駐しない米農務省の農業販売促進局(AMS)職員を一定期間常駐させ、監視と評価を行う。その後、さらに査察を行い遵守状況の監視と評価を行うという条件をつけた。

◆6か月間は検証期間

 条件付きも含めて、結局、合計34施設に輸出再開の手続きを認めたことになる。日本は今後、6か月は実施状況の検証期間とし、この間は調査対象の35施設以外に新たに施設認定は行わない。
 厚生労働省は、当面、輸入された製品について全箱を開けて確認するなど水際検査を強化するという。
 昨年の輸入再開時には、事前の調査が必要だとの声は強かったが、米国側との協議で日本政府は見送った。今回は、国民とのリスクコミュニケーションの場で事前調査を求める声が強かったことから実施したが、不備が認められたのは15施設にものぼった。
 川崎厚労相は輸入手続き再開を発表した記者会見で、事前調査は国民の要望を入れて行ったとし、「国民の声のほうが正しかったかもしれない」と答えた。
 今回の決定で輸入が再々開されることになったが、外食産業や加工品などでは原産地表示の義務づけはなく、国はガイドラインを示すだけで業界の自主的な取り組みにとどまっている。米国産牛肉に不安を持ち食べたくないとする人も多いが、知らない間に食べてしまっている事態を防ぐ制度は整っていない。

◆食品安全委員会の役割は?

 川崎厚労相は、事前調査をするべきだという国民の声のほうが正しかったかもしれないというが、それなら「米国のBSEリスクは評価されたのか」という多くの国民の疑問にも改めて耳を傾けるべきではないか。
 食品安全委員会プリオン専門調査会が昨年12月に出した答申は、データ不足などから米国のBSEリスクを科学的に判断することは困難だとしながらも、諮問事項であった20か齢以下の牛由来の肉、特定危険部位の除去という前提条件が守られていればリスクの差は小さいとして、輸入再開を容認した。
 国民からは、分かりにくい答申、との声があがり、それは今も変わらないだろう。食の安全について、科学的根拠に基づいて検証するという点については理解が浸透してきているが、その専門家機関が、判断が困難との結論も明確に示しているのである。
 橋正郎氏は「条件付きで評価をという厚生、農水大臣の諮問についての答申という点では国への責任はクリアしているかもしれない。しかし、国民への役割、期待に十分応えていないのではないか。前提条件そのものを検証するという独自の課題設定をして、議論をするということをやってほしい。それが国民に目を向けることになる」と指摘する。
 さらに答申では、米国に対してサーベイランス体制の強化や飼料規制の国際的基準への引き上げなども強く求めている。
 今回の事前調査で農水省のチームは、農場と飼料工場、レンダリング施設に対して、飼料の製造、出荷、給与の実態や飼料規制の状況を点検し、問題がなかったことを確認したとしている。ただし、計8施設で実施したこの調査対象の具体的な施設名は明らかにされていない。さらに輸入手続き再開に合意後、米国は年間のサーベイランス頭数を縮小することを発表している。また、米国の飼料規制は、日本と異なり牛の肉骨粉の全面的使用禁止とはなっていない。(図)
 本紙はBSE問題の解決と安全確保には、BSEの根絶に向けた対策が必要とこれまで強調してきた。農水省も飼料規制やサーベイランス体制についてBSE根絶の観点を強調しているが、食品安全委員会が答申で指摘した米国が解決すべき課題について、米国にどこまで求めているのか改めて問われる。

米国の飼料規制

◆答申のあり方も問われる

 前述のように食品安全委員会の答申では、前提条件付きで実質的に輸入を容認する内容を盛り込みながらも、一方で米国に対してBSEリスクを低減させるための課題を強調している。 これはプリオン専門調査会の議論の過程で、委員の強い意見から文書に書き加えられていったものだ。しかし、その結果として答申そのものは、分かりづらいものになったことは否定できない。米国のBSE対策に課題が山積していることを指摘しながらも、前提条件付きで日米のリスク差は小さいと結論づける、という格好になっている。
 こうした答申のあり方について橋氏は「最高裁判決のように、多数決で結論を出し、反対委員の意見をきちんと示すほうが国民の選択にとっては役立つのではないか」という。食品安全委員会の答申が多数決で決められるというのはこれまで指摘されてこなかったが、食品安全基本法の第35条3項では委員会の意見は多数決で決めることになっている。ただ、これまで一度も例はなく、合意が得られまで文言の修正を繰り返してきた。BSEのような新しい領域では専門家の意見が異なることも多いが、「むしろ少数意見をきちんと表明できる場に委員会をしていくべきではないか」(橋氏)という。

◆再度、科学的な安全評価へ

 一方、今後の安全確保と米国のBSE対策のためにも、輸入された製品から輸出施設を特定できるトレサービリティシステムの構築を求めることは必要だろう。
 川崎厚労相は、輸入再開後、特定危険部位の混入が見つかった場合は、再び全面的に輸入禁止する方針を明らかにした。ただし、日米合意では不適格な事例が判明した場合は、事例に応じて措置を決めることにしており、違反を起こした施設のみ輸入停止措置をとることも考えられる。だとすれば輸入された牛肉製品から輸出施設を特定できるトレーサビリティシステムを確立することは重要になる。
 国民の間には、政治的圧力で輸入手続き再開が決定されたのはではないかという不信は根強い。BSEを根絶できた国はなく、いまだに各国で発生していることを考えれば、食の安全について科学的な検証を今後も行うためのデータの蓄積など、体制づくりはぜひとも必要だ。

前提条件そのものを課題として検証すべき

女子栄養大学大学院客員教授橋正郎氏に聞く

女子栄養大学大学院客員教授橋正郎氏

 一昨年12月、米国のBSE発生で牛肉輸入を全面的に停止したのは暫定措置であり、WTO協定ではその後に措置を再検討することになっているのが国際的なルール。その意味では米国は日本に輸入再開を無理強いしているわけではない。
 また、食品安全委員会は対日輸出プログラムを守るという前提条件付きで日米のリスク差を評価するという厚労、農水大臣からの諮問に答えており、その限りでは、差は極めて小さいとした答申は手続きをふまえたものだろう。
 ただし、食品安全委員会は独自に課題を設定してリスク評価することができる制度になっているが、これまで関係大臣からの諮問に答えるという例がほとんど。昨年の答申も、諮問に答えるという点では国に対する責任は果たしたといえるかもしれない。
 しかし、国民の期待に十分応えてはいないのではないか。やはり対日輸出プログラムという前提条件そのものを検証するという課題を食品安全委員会が独自に設定し、その審議結果を国民に公表すべきだった。そのためのデータ提供を関係省庁に求め、さらに海外にまで要求するという姿が見えれば、国民に目を向けていると受け止められたであろう。

◆採決すべきだった答申

 また、最終答申について委員に意見の相違があるなら、採決で決めるべきだったのではないか。最高裁判決のように、結論に異論のある委員の意見を少数意見として明確に示したほうが、国民の選択に役立つと思う。科学的に議論が行われたと思うが、BSEのような新しい学問領域では簡単に白黒をはっきりさせることはなかなかできない。文言の修正で全員で合意していく手法よりも、むしろ問題点をきちんと指摘した複数の少数意見を示す方式を今後は考えるべきではないか。
 輸入が再開される場合、店頭に並ぶアメリカ産牛肉がどこの輸出施設からの製品かがトレースできる仕組みが必要だ。かりにもし再び問題が起きたとき、問題を起こした施設のみ停止するというならトレーサビリティの確立が前提でなければならない。日本のトレーサビリティのような個体別が無理ならば、せめて処理施設までをトレースできる仕組みをつくれば米国へのチェックがつねに働くことになる。
 米国は30か月齢以下の条件緩和を求めているが、かりにそれを検討するようになるなら、当然、もう一度、食品安全委員会に諮問して科学的に検証すべきだ。その場合、日本で発見された21か月齢と23か月齢のBSE感染牛をどう科学的に評価するのか、非常に大きな問題となるのではないか。食品の安全を脅かす問題は多く、BSEを含めて基礎的な研究への予算、人などの投入が今後とも重要だと考える。

(2006.8.11)

社団法人 農協協会
 
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-1-15 藤野ビル Tel. 03-3639-1121 Fax. 03-3639-1120 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。