農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

動き出す新たな経営政策 ―生産現場から見通す今後の課題

きめ細かな政策打ち出し「担い手」の分解を避けよ
JA福岡中央会水田農業対策部長 武孝充


 品目横断的経営安定政策のうち、秋播き麦を対象にした収入減少影響緩和対策への加入申請は昨年11月末の締切り時点で、麦類作付け面積では全国で前年比9割をカバーした。政策転換にあたってJAが中心になって組織化された集落営農組織も多い。ただし、この日本型直接支払い制度など新たな政策の実施については、JAグループは十分な検証が必要だとしている。
 今回は伝統的な水田二毛作地帯である福岡県の担い手加入申請状況と、現場の実態をふまえた今後の課題を同県中央会の武孝充水田農業対策部長に指摘してもらった。

◆入申請1088経営体 −福岡県

こうたけ・たかみつ
こうたけ・たかみつ
昭和25年福岡県生まれ。岡山大学農卒。50年福岡県農協中央会入会。水田農業対策部長。九州大学大学院農学研究院博士課程修了。(農学)博士。
 福岡県における土地利用型水田農業は、水稲+裏作麦の伝統的二毛作地帯である。福岡県における18年産の作付面積は水稲で約4万1000ha、麦類で約2万300ha、水稲作付面積のおよそ半分となっており、北海道を除くと佐賀県に次いで第2位の地位にある。
 福岡県農政事務所に申請された麦類の担い手の加入申請状況(11月30日現在)は、まず形態別では、(1)認定農業者771経営体(個別認定農業者704、法人認定農業者67)、(2)特定農業団体22、農作業受託組織295経営体の計1088経営体である。他方、経営規模要件別では、(1)基本原則(認定農業者4ha以上、集落営農20ha以上)では958経営体、(2)物理的特例適用(格差率などによって計算される経営規模で基本原則の64%水準)34経営体、(3)所得特例(市町村農業基本構想の所得目標の2分の1以上で対象となる作物の作付面積が全体の3分の1以上)42経営体、(4)生産調整特例(生産調整面積の2分の1以上を受託する生産組織)54経営体となっている。

◆秋播き麦 ―面積では前年比99%カバー

 福岡県農政事務所によれば、提出された面積ベースでの19年産作付計画は、1万8745haである。このほかに、19年4月から始まるナラシ対策に加入しない担い手の申請面積が1400ha程度見込まれている。従って、単純に18年産麦との比較での面積カバー率は99%程度になる。これはビール麦、種子麦を加えた面積で、しかもナラシ対策加入面積を多めに見ている点で高めのカバー率になっている。
 さて、これに対する系統農協の主な対応は、(1)加入申請の代行を行うこと。実績は申請件数1088のうち代行が1020件となっている。さらに、(2)福岡県では19年度から従来行っていた仮渡金制度がなくなることから面積支払い(緑ゲタ)の範囲内でこれを農協の自己資金で実施することにしている。(3)法人や集落営農組織に対する「経理一元化」支援である。

◆助成の格差拡大を防ぐ努力を

 選別的な経営政策が推進されていく上での諸問題をいくつか指摘しておこう。
 第1は、経営政策支援を受ける担い手に対して、ゲタ対策対象である麦類、大豆について19年産以降も品質・収量向上努力が重要であるというメッセージを繰り返し発信し続けることである。
 例えば、(1)小麦の緑ゲタ水準は、福岡県内の市町村で10aあたり2万9000円台から1万9000円台まで相当幅がある。(2)さらに、同じ市町村内であっても個々人で差がつく。反収450kgのA氏と300kgのB氏とでは、市町村10aあたりの緑ゲタ交付金を2万7740円、反収388kgとすればA氏は3万2180円、B氏は2万1450円となり、10aあたり1万円以上の差がつく。(3)一方、黄ゲタ対策交付金は1等Aランクと2等Aランクでは、60kgあたり2110円、950円で1160円と相当の差がある。(4)小麦作付面積10haでは、A氏とB氏へ助成される交付金の差は、最大218万円にもなる。(5)さらに、緑ゲタの基準年16〜18年は固定的ではなく19〜21年産に見直される可能性は十分にある。格差は拡がるばかりである。

◆実態をふまえた優遇税制を

 第2は、19年度以降措置される担い手への税優遇制度とされる経営基盤強化準備金をめぐる諸問題である。詳細は今後検討とされているが、「対象者」は、認定農業者で個人では青色申告者、農業生産法人および特定農業団体および特定農業団体と同様の組織等で、品目横断的経営安定対策、米政策改革推進対策(産地づくり交付金など)および農地・水・環境保全向上対策(二階部分の営農活動支援)の交付金を準備金として積み立てる非課税措置(5年間)である。画期的な措置だが、問題となるのは、対象となった農業生産法人・特定農業団体等の人格なき社団および集落営農任意組織と構成員となった青色申告認定農業者との税をめぐる現実的に最もやっかいな課題である。
(1)農業生産法人・特定農業団体等(人格なき社団)から構成員に対して品目横断的交付金部分を支払った場合、受け取った構成員は雑所得扱いとなり、課税対象として申告しなければならない。従って、構成員が青色申告認定農業者であっても、非課税扱いとならない。
(2)そこで今回の担い手優遇税制たる「経営基盤強化準備金」の対象となる青色申告を行う認定農業者はこうした個人としての税制メリットがなければ法人や集落営農から離脱することは至極当然の判断である。事実、知人に問うと100%離脱するという答えが返ってくる。
(3)民法による任意組合や有限責任事業組合のような構成員課税は検討中(12月末時点)とされているが、青色申告認定農業者を優遇税制の対象とするかどうかは微妙な情勢である。この場合でも、5年以内の法人化要件はくっついており、いずれ先のような問題に遭遇せざるを得ない。
(4)そうなれば青色申告認定農業者と法人等との距離はますます乖離せざるを得なくなり、認定農業者は法人が管理する農地から除外され、地区外へと農地を求めざるを得なくなり、農地は分散してしまう。どちらにとっても不幸である。
(5)さらに、福岡県では19年産秋播き麦類にかかわりのある生産者はおよそ1万3400名だが、申請件数は1088件であることから相当組織化したと判断される。これが分解し、再編成を余儀なくされることにもなりかねない。
(6)願わくば、法人等や任意組織から交付金を青色申告認定農業者に対して支払ったことを市町村長が証明すれば所得税では非課税措置にする、法人税では青色申告認定農業者に支払った分を除外した交付金を非課税措置にする等生産現場に配慮した細かな対応が求められる。

◆浮上する正組合員資格問題

 第3は、経営政策支援対象者と、そうでない生産者との共存問題である。言い換えると、農地の貸しはがし問題である。麦類では表面化していないが、水稲と大豆では作期が重なる。最も恐れるのは、経営政策支援の対象とはならなかった地権者が、農地の貸付けをやめて米の生産目標数量配分を無視した米生産に走ることである。
 第4に、急激な構造政策推進によるJAの正組合員資格喪失問題である。JAグループは、担い手育成に相当本腰をいれる方針を出しているが、上記の問題と関連させた冷静な対応が必要と考える。担い手に農地をすべて集積した土地持ち非農家は、農協法上正組合員資格は喪失する(JAの農地保有合理化事業によって利用権を設定した場合は土地持ち非農家であっても正組合員としての特例が適用される)。かれらが准組合員として残ってくれれば問題ないが、これを機会に組合員を脱退して出資金を引き上げるとなると信用事業の自己資本比率基準(8%)にまで影響しかねない。農業者年金基金法改正の際に、納付した保険料の8割しか返還しないという改悪措置(特例脱退一時金)がとられた場合でも、多くの脱退者が出たことを忘れてはならない。認定農業者は6000名を超えているが農業者年金加入者は僅か800名程度となっている福岡県の実態が示している。

◆コメの「最低保証制度」は必須

 第5は、今回の選別的政策と食料自給率問題である。カロリーベースでの自給率が向上する要素はまったくないと考えるのが常識である。なぜなら、カロリーベースで自給率向上に寄与が高い麦類、大豆等の品目横断的経営政策の対象農産物の過去面積カバー率が100%以上になることはありえない(水稲と大豆との作期の重なりによる貸しはがしが起きればなおさらのこと)。仮に、22年度からの政策転換にあたって緑ゲタの対象となる過去面積を16〜18年度から19〜21年度にスライドさせても自給率向上となるためには、相当の作付面積の伸びを期待しなければならないのだが、これは収量・品質を対象とした黄ゲタの対象しかなりえず、従って自給率向上の可能性は低い。目標とする平成27年度を睨みながら自給率向上に寄与する品目を限定した自給率向上交付金などの対策が必要となろう。この場合、WTOルールは無視するぐらいの覚悟でなければならない。唯一、数値のマジックというか、算式となる分子の減少以上に分母が減少すればまやかし的に上がる可能性もないことはない。
 最後に、農業者・農業者団体が主役となる米需給調整システムは、果たして機能するのかどうかという大きな課題がある。機能しなかった場合、コメ価格は下落し、「効率的かつ安定的農業経営」として育成しようとする担い手の経営が立ち行かなくなる。最も必要で重要な政策は彼らに対して、再生産を保証する「最低収入保証制度」を導入することである。国は、不足払い制度であるから導入する気持はないという。麦類、大豆等に導入した生産条件不利補正交付金(当初は「諸外国との生産条件格差是正対策」と呼んでいたが)は、まさに不足払い制度以外のなにものでもない。どうやら米についても関税削減の状況を待たずとも導入時期を早めざるをえなくなるのではなかろうか。
(2007.2.7)

社団法人 農協協会
 
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-1-15 藤野ビル Tel. 03-3639-1121 Fax. 03-3639-1120 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。