農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

WTO農業交渉

食料の生産基盤をつぶすな!!
世界40か国超える農業団体が『共同宣言』
JA全中・冨士重夫常務に聞く

 WTO農業交渉は4月末のファルコナー農業交渉議長が新文書を提示してから交渉が加速化し、年末の妥結をめざし7月末にもモダリティ合意に向かうとの見方が出てきた。ただ、議長の新文書は市場アクセス分野で重要品目の数を極めて限定するなど食料輸入国にとって厳しく、一方、食料輸出国にとっては国内支持削減で幅を持たせるなど、バランスを欠いた内容となっており、交渉は重大な局面を迎えている。
 一方、日豪EPA交渉などをめぐって国内でも自由化の論調が高まるなど、今こそ食料、農業、貿易への国民の正確な理解の広まりが重要になっている。こうしたなかJAグループは6月11日、12日を「統一行動の日」として街頭宣伝活動や集会などを開いて運動を展開する。また、WTO交渉で公正な貿易ルールの確立を求めて、世界40か国以上の農業団体が「共同宣言」を日本から発信する。
 今回は内外の情勢とJAグループに求められる対応についてJA全中の冨士重夫常務に聞いた。

JAグループ、国民理解広げる「統一行動」を展開

◆議長新文書、輸入国の立場をないがしろ

JA全中・冨士重夫常務
JA全中・冨士重夫常務

 ――ファルコナー農業交渉議長の新文書では、重要品目の数を「1%から5%」とするなど、日本を含むG10の主張が反映されていないと批判が高まっています。まずは新文書をどう見るべきかお聞かせください。

 「昨年の夏から凍結していた交渉は、今年1月以降、米国、EU、ブラジル、インドといったいわゆるG4を中心とした水面下の2国間交渉で再び動き始めたわけです。議長の新文書の性格は、その動きをファルコナー流に解釈したということ。なかなか表に出てこなかった水面下の交渉状況を総括的にまとめ、議長が言うように多国間での議論を喚起する面もあると思いますが、中身は輸出国寄りだと言えます。
 とくに「市場アクセス」分野はわれわれにとっては極めて刺激的で、なかでも「重要品目」についての記述はまったくけしからんと思っています。それは「一般品目」と「重要品目」に分け異なる取り扱いをするというこの仕組みは、もともとG10とEUが主導してきたものにもかかわらず、G10、EUの主張を無視しているからです。とくにG10が主張してきた重要品目数10〜15%という点はまったく考慮されていない。
 5月中旬にJAグループ代表団はジュネーブで議長と会談しましたが、重要品目数を「1%〜5%」としたのは、米国とEUの2国間で議論されている内容を表に出したものであって、G10の主張は入れていないと自ら話していた。日本やG10の不満は承知だと。
 それから、上限関税についてですが、確かに今回は何も書かれていません。議長はわれわれに対し、この件について『私は無罪だ』と言っていました。
 しかし、今回は何もつけ加えることはないといっていても、昨年示された議長文書では、一般品目では75%〜100%で上限関税を設定すべきという議論がある、と言っている。つまり、上限関税導入の議論は残ったままで大きな問題です。
 開発途上国が主張している特別品目(SP)の数も、議長文書では「5%〜8%」とした。インドはこれまで20%以上と主張し、場合によってはSP品目は関税削減はなくてもいいのではという議論もしてきた。しかし、新文書では、最低でも10%〜20%削減すべきだと書かれています。
 このように「市場アクセス」では食料輸入国、とくにG10と途上国にとって厳しい。ところが、「国内支持」の分野では米国の補助金削減について、現行の支払い水準である190億ドルも議論の着地点のひとつだとしているわけですよ。
 全体として農業の多面的機能など非貿易的関心事項についてまったく触れられていないことを考え合わせれば、新文書では食料輸入国の立場がないがしろにされています」

◆途上国を含め連携の輪を広げ流れ変える

 ――G10農業団体は現地で会合を開き、議長新文書を厳しく批判する共同宣言を採択しました。どんな議論が行われたのですか。

 「『議長新文書は拒否されるべき』」というタイトルは、スイスやノルウェーの団体が強く主張したことです。タイトルで明確に意思を示せと。彼らは非常に強烈でしたね。
 議論になったのは「市場アクセス」の部分で示された「状況5」の措置です。これは関税の最上位階層の品目数が全体の25%以上ある国は、重要品目の数を3分の1増やすことができるという特例を設けるというもので、実はここにスイスやノルウェーが該当する。
 したがって、この特例措置の提案はG10を分断しようとするものではないかとの心配もあった。しかし、彼らは全然話にならないという。そもそも重要品目数が1%から5%などという水準では、たとえば4%で3分の1増えたとしても全体の5%にしかならないわけですよ。
 だから、彼らは何が特例措置だ、これは侮辱的だと批判した。しかも、特例として重要品目数の上乗せを認めるかわりに、代償措置で一層のアクセス改善を求める。これはもうふざけるなという内容だと激怒していました。
 そういう意見交換をしたうえで、G10の結束を固めようと確認したわけですが、それに加えて今後は途上国の食料輸入国とも連携の輪を広げて食料輸入国グループとして共闘していかないと力にならないんじゃないかという議論が出て、その努力をしようということも確認した。
 それを受けてCOPA(EU農業団体連合会)のルメテイエ会長とJAグループ代表団との会談では新しい共同宣言文書を出せないかと提案したところ、全中から原案を送ることになった。そして、その後のやりとりで中身が固まり、今日まで各国農業団体に署名を求めてきたところです。
 最終的にはアジア、アフリカ諸国50か国以上の農業団体による共同宣言になる見込みです。12日に発表しますが、WTO加盟147か国には農業団体がない国もありますから、農業団体のある国では半分以上が結集するということです」

食料主権を保障する公平な貿易ルールづくりをアピール

◆食料主権の確立をアピール

 ――新しい大きな流れを生もうということですね。宣言の柱は何ですか?

 「基本は各国に食料主権が認められるべきだということです。世界の食料のうち、貿易に回されているのは10%程度であって、どの国であっても農業基盤そのものを潰してしまえば、人類は食べていくことができない。だから、食料輸入国も食料生産の基盤を失わない公平な貿易ルールをつくるべきだという主張です」

 ――今後の見通しと対応についてお聞かせください。

 「ファルコナー議長はわれわれとの会談で、今後いろいろな修正を加えて、モダリティのたたき台を6月下旬から7月の始めには出したいということでした。
 ですから6月20日前後にG4会合が開かれる見通しになっていますから、その会合が非常に重いと考えています。水面下の交渉ですから、どこまで内容が表に出るのか分かりませんが、内容次第で議長のたたき台が変わるとみられます。ただ、時期は別にしてもたたき台を出さないことにはならないと予測しています。動向を見極め政府・与党とよく相談し何をどう進めていくかを決めていきます」

◆世界の実態を見極めた議論を

 ――一方、国内では経済財政諮問会議の「農業・EPAワーキンググループ」報告が出され、EPA交渉の加速を提言したり日米FTAにも言及しています。

 「WG報告は政府の正式な方針ではありませんが、今月中旬にまとめられる諮問会議の『骨太方針2007』に盛り込まれるということになれば政府方針になる。ですから、EPA交渉の加速化、日米FTA交渉といったことが絶対に盛り込まれないようにしなければなりません。今のところ6月19日ごろの取りまとめ予定のようですから、そこに向けて政府・与党に対して働きかけをしていきます。
 もともとこのEPAの加速化という議論は、韓米FTA締結で火が点いた。日本もバスに乗り遅れるな、という主張です。しかし、よくよく冷静に貿易実態を見て語らなければならない。
 たとえば、韓国の現代(ヒュンダイ)は、米国に輸出する車の9割を韓国で100%製品化している。ところがトヨタや日産は現地生産がかなり進んでいるし、部品が輸出される場合も北米自由貿易協定があるから、一旦、メキシコに入りそこから米国の工場が部品を輸入して製造している。日本で100%製品にして輸出するのはわずかですよ。今までの貿易摩擦をふまえて現地と融合していくようにしてきたわけです。
 だから、日本と韓国では実態が全然違っていて、締結しないと韓国に負けるかも、という話ではない。
 それから農業だけではなく、金融、保険、医療、あるいはテレビ局だって規制が撤廃されることになる。しかし、そうなったら国家としてどうなのか。こういう大きな問題を巻き起こすんだということを冷静に見て議論すべきなのに、自分たちの損得だけしか考えない非常に浅薄な議論をしていると思いますね。
 また、日米FTAということになれば、両国でこれだけのGDPを世界で占めるなか、途上国に対してものすごい影響を与える。2国以外に対しては排他的になるわけですからね。それをどう説明するのか。
 今回のWTO交渉は、ドーハ開発ラウンドと呼ばれ、まさに途上国の開発がテーマです。だから、農業交渉の焦点は、市場アクセス改善のための関税削減だけではなくて、世界の農産物貿易を歪曲している輸出補助金や、米国の食料援助、輸出信用に対して廃止を含めた規律づくりも大きな課題です。
 途上国はこういう補助政策に苦しめられていて、それをやめろというのが主張ですよ。
 この問題は2国間のFTAでは解消されない。多角的な貿易ルールをつくるWTOの枠組みでこうした不公平を是正させなければならない。それは途上国への貢献ということでもあるわけです」

◆地域で広げる運動に本腰を

 ――今後、JAに求められる取り組みは何でしょうか。

 「先ほど指摘した貿易実態の本質や途上国を含めた世界全体の食料や環境、水問題などもふまえて、各地域で消費者団体や商工会議所などに働きかけて本当の理解を得る取り組みを進めていただきたい。また、政治家とも対話して、本気になって動いてもらうように働きかける行動力を示す必要もあると思います。
 農業は国土を形成して環境を維持、保全していますが、無尽蔵に食料生産ができるわけではありません。食料生産に限界があるなかで、どうやって世界全体の食料を確保していくかという視点を忘れてはならない。日本のような農業生産規模の国を3つ、4つ潰しても世界全体の食料をまかなうことはできる、なんてことは絶対ないわけですから」

JA全中・COPAが提唱した「共同宣言」に署名した各国農業団体
◎JA全中・COPAが提唱した「共同宣言」に署名した各国農業団体

【カナダ】カナダブロイラー孵化用卵販売機構、カナダ鶏肉農業者連盟、カナダ七面鳥販売機構、カナダ鶏卵販売機構、カナダ酪農民連盟【EU・25か国】COPA−COGECA(ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、英国、デンマーク、アイルランド、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、ラトビア、リトアニア、エストニア、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、キプロス、マルタ【日本】JA全中【韓国】韓国農協中央会【ノルウェー】ノルウェー農業者連盟、ノルウェー農業協同組合連盟【アフリカ・15か国】西アフリカ農業者連盟(調整中)(ブルキナファソ、ベニン、コートジボワール、ガンビア、ギニアコナクリ、ギニアビサオ、マリ、ニジェール、セネガル、トーゴ)、東アフリカ農業者連盟(ケニア、ウガンダ、ルワンダ、コンゴ、タンザニア)【スイス】スイス農業者連盟【アイスランド】アイスランド農業者協会【ボリビア】CIOEC−Bolivia【ニカラグア】UMAG【モンゴル】【スリランカ】スリランカ自立農業者連盟(他、6月11日現在で43か国、79団体)


食と農に関連する国際問題の当面の日程

6月
 11日の週 ルール交渉会合(スイス・ジュネーブ)
 下旬  ・G4閣僚会合
      ・ファルコナー農業交渉議長モダリティ案改訂版提示(予定)
      ・ステファンソンNAMA(非農産品)交渉議長テキスト提示(予定)
      (30日 米国TPA(貿易促進権限)期限)
      (30日 EU議長国交代(ドイツからポルトガルへ)
7月
 上旬   ・日・スイスEPA交渉第2回会合(スイス)
      (5日〜6日 APEC貿易担当大臣会合 豪州・ケアンズ)
 末頃   日豪EPA交渉第2回会合(東京)
 末    WTO交渉 大筋合意?
8月
 25日   日・アセアン経済閣僚会議(フィリピン)


「EPA・農業ワーキンググループ」
報告に関するJAグループの意見(5月、要旨)

報告の内容は市場原理主義ですべての事態がうまく進むとの考え。農業者や農村・地域社会が困難な状況を抱えるなか、自ら改革に努力している生産現場の取り組みを一切考慮せず、国民の生命や環境に関わる今後のわが国食料・農業・農村の将来について真摯な姿勢で議論したと到底評価できない。
農業構造改革を加速していけば米・豪と同等の競争条件を確保できるような主張は幻想。国土・自然条件の違いから解消することのできない生産条件格差が存在。努力や年限では国土や水などの生産条件は変えられないことを理解したうえで、実態に即した改革を進めるべき。
日米がEPAを締結した場合、世界経済・貿易体制、とりわけ途上国へ多大な影響を及ぼしかねないこと、米国の貿易歪曲的な国内支持や輸出促進措置を規律できるのはWTOのみであることなど、報告は貿易問題全体の観点からの検証が欠如。

(2007.6.12)


社団法人 農協協会
 
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-1-15 藤野ビル Tel. 03-3639-1121 Fax. 03-3639-1120 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。