農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

田んぼの生きもの調査

「顔の見える関係」から「田んぼが見える関係」づくりへ
『生物多様性』を農業守る戦略に

 JA全農はSR(社会的責任)活動の一環として生協グループなどと連携した「田んぼの生きもの調査」を推進しているが、3年目を迎えた今年度は北海道から沖縄まで全国20道県に活動地域が広がっている。
 田んぼは日本人の主食である米づくりの場だが、そこはまたトンボやカエル、ドジョウなどさまざまな生き物を育む場でもある。この調査活動は田んぼにそうした多様な生命がどれだけ生きているかを生産者と消費者が一体となって調べるもの。生産者にとっては自分たちの米づくりを改めて見直すきっかけになり、消費者にとっては農業への理解を深める活動にもなっている。
 食の安全性への関心は高いが、この活動は生産者も消費者もいわば「米」という単なる商品ではなく「田んぼ」に目を向けようというもの。参加している農業者からは「自分の田んぼに誇りを取り戻す活動だ」との声もある。これまでの成果とJAグループが取り組む意義などを考える。
(写真はいずれもパルシステム生協連提供)。


生産者に「米づくりの誇り」を取り戻す

◆全国100地域、32JAが活動

JA福島県青年連盟 吉田武幸幹事長
JA福島県青年連盟
 吉田武幸幹事長
パルシステム千葉 相馬由紀子理事
パルシステム千葉
 相馬由紀子理事

 「田んぼの生きもの調査」では、トンボ、カエル、クモなどの昆虫や、土を採取してイトミミズ、ユスリカなどの数を調べるほか、周辺の水路の魚類なども調査する。
 田んぼにどんな生物が生息しているかを調べ「生きものの視点」から農業や暮らしを考えようと取り組みが始まったが、活動の目的はグループによってさまざま。
 継続的な調査によって、多様な生物の力を活かした米づくりを確立しようという営農の改善をめざした活動をしている場合もあれば、子どもたちに田んぼに親しんでもらおうというJA食農教育の一環として位置づけている取り組みもある。また、「田んぼ」という環境自体を対象にした研究活動をするグループもある。
 JA全農と生協グループなどが本格化させたこの活動は17年度は16地域だったが、18年度は15道県42地域に、そして今年度は20道県100地域以上にまで広がってきた。JAでは32JAが取り組む。

◆「食の安全」、その矛盾への問いかけも

JA食農教育として取り組むJAも
JA食農教育として取り組むJAも
 JA福島県青年連盟は今年度から県下の全JA青年部で取り組んでいる。組織創立60周年記念の活動の柱としたが、実は10年前、50周年の際に田んぼの生き物観察会を企画、その後、一部のJA青年部では毎年、小学生を対象に田んぼの生き物観察イベントを続けてきたという。その活動を「生き物調査」として、改めて全組織で取り組むことにした。
 JA福島県青年連盟の吉田武幸幹事長は「環境と食の安全・安心問題、食農教育や地域の人たちとのつながりの大切さ、など盟友たちにいろいろな思いがあって一斉に取り組もうということになった。JA青年部の変化を示すものだと思う」と話す。
 生きもの調査の目的、目標はそれぞれの組織で決めているが、多くは自分たちの田んぼを舞台にした子どもたちへの食農教育として活動を始めたという。
 ただし、吉田幹事長は子どもたちばかりでなく、この活動が大人たちにとっても「食の安全とは何か」を考え直す契機になればと考えている。
 たとえば、米のコンタミ(異品種混入)防止対策。一粒たりとも、という厳しい基準のために「あるほ場で品種転換するときには、異品種の種籾が発芽し成長してしまわないよう一度、除草剤を使って徹底的に殺草する」という。
 除草剤処理を控えれば、品種転換したほ場の米は収穫時点でコンタミ問題が発生するかもしれない、そうなれば「安心・安全な米」とは信頼されない。一方、それを防ぐためだけの余計な除草剤使用をしても、コンタミさえなければ消費者か
ちば緑耕舎土の中の生きもの調査
らは「安心・安全」とされるのか――。
 こんな矛盾から解き放たれ食の安全を考え直すことになるのが「田んぼの生きもの調査」なのだという。
 「安全・安心の判断の基準を生き物とする。これだけ多様な生き物がいる田んぼで作られた米ならば安心できる、生き物も米も同じ生き物だ、という理解が広がることが必要ではないか。そのために私たちは田んぼに生き物がいるような米づくりに努力するということだと思う」。

◆食の向こう側を知る活動

田んぼの中のこども達
 吉田幹事長が指摘するような「田んぼの生きもの調査」が投げかけている提起に賛同する消費者も増えている。
 生活協同組合パルシステム千葉の相馬由紀子理事は千葉県内の生産者をはじめ各地でこの活動を広げてきた。
 「食べるという日常的なことの向こう側に何があるのか。それを知るには生産現場を見ればいいわけですが、実際に田んぼに足を突っ込んでみれば環境がまるごと分かる。生き物が見つかれば感動するし、生産者が努力しているということが伝わると思います」。
 パルシステム生協連では、産地と合意した栽培法などを現地で確認する公開確認会の開催をはじめ、組合員が参加する産直交流会などで年に1万3000人ほどが提携産地を訪れているという。そして今年度からは一部の公開確認会に生きもの調査を組み込んだ。それまではほ場の側で生産者と話し合うだけだったが、調査のために生産者と一緒に田んぼに入ることになった。「現場にいる時間は長くなったがそれだけ理解は深まると思います」。
 活動に参加して分かってきたことのひとつが田んぼには一枚一枚に特徴があるということだという。
 「だから、生産者が自分の米の作り方、自分の田んぼに誇りを持てるということでしょう。買う側がそこをどの程度理解できるかですが、生きもの調査を通じて、本当に輸入農産物ばかり食べていていいの?
 安ければいいのですかと訴えていきたい」と相馬理事は話す。
 福島県の吉田幹事長はこの活動は決して無農薬栽培や有機栽培だけに取り組むことではなく、自分たちの田んぼを知り、そこに生き物が育まれるよう「自分の考えで米を作る、という生産者のプライドを取り戻すことだ」と話す。

◆日本農業を守る「土俵」をいかに作るか

田んぼにはたくさんの生きものがいる
田んぼにはたくさんの生きものがいる

 今年7月に策定された「農林水産省性生物多様性戦略」では農業は「人間の生存に必要な食料や生活資材などを供給する必要不可欠な活動」であることに加え、日本では「身近な自然環境を形成し、多様な生物が生息生育する上で重要な役割を果たしてきた」と明記。生き物を育むことも日本の農業の役割であることを明確にした。
 では、実際に農業がどのように多様な生物を育んでいるのか。それを知る手がかりとなるのが「田んぼの生きもの調査」だといえる。
 もちろんイトミミズやユスリカなどの生き物が多ければいいということではない。継続的に調査をすればそれらの数は天候によっても異なるし、同じ年であっても2回目の調査では数が減っていることも分かる。「田んぼではもっと大きな食物連鎖が働いているんだなと気づかされた」と相馬理事は話す。
 JA全農SR推進事務局などで構成するこの調査のプロジェクト事務局では、12月にこれまでの調査データを解析し、生物多様性を維持する農法のための指標化ができるかどうかを検討することにしている。
 一方でこの取り組みからすでにJAの米事業の転換、発展につなげている事例もある。本紙でもレポートしているが、兵庫県のJAたじまでは、コウノトリを育む農法と田んぼの生き物調査に取り組む「コウノトリの郷米」として販売、消費者の人気は高く販売量を伸ばしている。
 このような消費者からの支持が芽生えていることもふまえ、JA全農SR推進事務局の原耕造事務局長は「田んぼの生きもの調査は日本農業を守るための土俵の転換をめざすもの」と強調する。
 食の安全への関心は高いが、その確保のために「農薬の使用回数」といった数値だけが「指標」となりがちだ。また、環境保全型農業も推進されているといっても、実際に環境をどう保全しているのか検証されているとはいえない。
 逆にこのような形で「食」に着目した安全性の追求の仕方では、日本とは自然条件の違う国からの有機農産物の輸入増をもたらすことにしかならないともいえる。
 原事務局長は「食の安全性の土俵だけでは日本の農業は生き残れない」と指摘する。
 それに対して「田んぼの生きもの調査」とは、「コメではなく田んぼと自分の関係」を考える取り組みだ。しかもこれは生産者も消費者もともに取り組める運動であり、生息する生き物の変化を調べることによってよりよい環境での米づくりとはどういうものなのか、いわば「環境創造型農業」を追求していくことでもある。それは必ずしも有機栽培、認証された減農薬栽培とは限らない。自分の田んぼ一枚一枚で「生物多様性」を確保する農法を見つけていくことに消費者とともに取り組むという新しい運動である。
 SR推進事務局では、こうした取り組みに対しての民間での環境支払いシステムの実現もめざしている。コメという商品価格とは別に、どれだけ生き物が育まれているのかを消費者に情報開示することによって、商品価格とは別に環境支払いに賛同してもらう仕組みだ。バーコード読み取りで提供される情報から、たとえばレジで環境支払いをするかどうか買う側が判断できるようなシステムの導入を考え、この夏に開催されたアグリフードエキスポ2007ではデモンストレーションも実施、実際の流通の場での実現に向けた準備を進めている。
                              
 食の安全や農業への理解を進めるために、これまでは栽培法などを開示した「顔の見える関係」の大切さが強調されてきた。
 もちろんそれも大切なことだろうが、どんな事業、組織にとっても地
田んぼ調査
球環境を最優先に考えることが要請される時代にあっては、「顔の見える関係」から日本農業を守るためのいわば「田んぼの見える関係」づくりへと切り替えていくことも重要になっているということではないか。その意味で「田んぼの生きもの調査」は、単なる社会・環境貢献活動ではなく、日本農業を守る新たな戦略づくりである。JAグループこそこの活動を事業のマネジメントに生かすという認識と実践が求められているのではないか。

映画「田んぼ−生きものの詩」−来年8月完成めざす−
 JA全農SR推進事務局では田んぼの生きもの調査プロジェクト関係者とともにドキュメンタリー映画「田んぼ−生きものの詩」の製作を企画、今年の春から先行ロケを開始した。
 全国に広がる田んぼのいきもの調査では、田んぼが多くの生きものを育んでいることが分かってきた。地球環境問題では温暖化だけではなく生物多様性も重要な問題となっている。映画では、生きもの調査の活動風景とともに、田んぼの中や周辺に生息するさまざま生きものを季節の移ろいとともに美しい映像で表現、生物多様性の大切さも訴える。来年8月の完成をめざしている。

(2007.11.15)



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