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『あぜ道を歩いた50年』で出版記念パーティ
佐賀に有志150名が集まる (2/20)

和やかに歓談が続いた(2月20日、佐賀市のルネッサンスホテル創世にて)
和やかに歓談が続いた
(2月20日、 佐賀市のルネッサンスホテル創世にて)
 主に除草剤を中心に農業技術の発展に貢献された金山擴さん執筆による『あぜ道を歩いた50年』の出版記念パーティが2月20日、佐賀市神野東のルネッサンスホテル創世において、関係者約150名の出席のもとに行われた。著書の「あぜ道」の通り、氏の農業技術指導者としての50年間の歩みは、真にあぜ道から日本農業の底辺を支えたのではないか。
 構成は「過ぎ去りし記憶」、「稲作技術の変遷と課題」、「雑草防除の歴史と問題点」、「米づくり運動」、「生産資材との出会いと係わり」など11項目からなり、それぞれの歴史的背景および事実を縦糸にし、これに今後の対策を横糸として肉付けしている。この意味で、過去の50年ではなく今後の50年につながる一書ではないかと思われる。
 また、「農業技術の途に入っても、常に自分は何を為すべきか、為したことは農業(家)に役立つのか、為そうとする事は農業(家)のどの分野で活用ができ、役立つのかを考えなかった事はない」(著者あとがきより)は、現在を生きる農業関係者の模範となるのではないか。
今後の50年につながる一書では
今後の50年につながる
一書では
 著者は、昭和7年1月1日、佐賀県神埼郡神埼町生まれ。73歳。6歳で父親を亡くし、「勉強を勧められた記憶はなく」(同)、農業後継者予備軍として県立神崎農学校に進んだ。県立農業講習所、農業改良普及所、佐賀県農業試験場などを歴任。
 なお、今回の出版記念に寄せて次の3氏に談話をいただいた。
 【(財)日本植物調節剤研究協会 則武晃二専務理事】
 本書は、金山さんの半世紀におよぶ農家指導、試験研究、指導者育成が大きなウエイトを占めており、さらに除草剤の試験研究などのお仕事に邁進された足跡を印した集大成であり、農業技術指導者として誠に意義深い記念すべき一書である。
 なかでも、一貫して米麦の生産性向上のために農業現場の近くで食糧難の時代から昨今の米余りの時代までの稲作技術や生産資材の移り変わり、作況を左右する災害に対して、金山さんが如何なる視点と考え方で対処されたかを、その間の出会いや思い出を含めて本書には余すことなく書き印されている。
 【農薬バイオテクノロジー開発技術研究組合 吉田義夫事務局長】
 金山先生とのおつき合いは沢山あり一口では語れませんが、その中でもっとも感慨深いのは除草剤サターンの周辺です。昭和40年代後半から農薬の環境中における安全性(挙動を含む)が注目されるようになった初期段階の頃、早めの対応が必要とのアドバイスを頂きました。当時、なかなか引き受けてくれる所がなかった状況下、困難なモニタリング試料のサンプリング作業を快く引き受けて頂きました。その結果が後々のサターンの延命に大変役立つことになったことを今でも感謝しています。
 また、時々、試験場を訪れ試験現場を見て回っておられても、常に栽培現場を頭に描き結果の評価をされて、真剣にご説明ご指導される姿は、それはもう見事としか言いようがありませんでした。
 本書は、時代考証も正確で実によくまとめられておられることに敬服致します。後継者の育成に腐心の痕を感じますが、健康には十分留意され引き続き後継者育成の助言を続けていただきたいと思います。
 【住化武田農薬(株) 生津嘉朗社長】
 『あぜ道を歩いた50年』、まずこの本の表題が気に入った。地域農業の発展に真剣、かつ真摯に取り組んでこられた金山さんの“生き様”と日本農業の再生にかける熱い思いがこの表題ににじみ出ている。後日、じっくり読ませていただいたが、内容もまさにその通りであった。
 記念パーティには、研究機関や普及所をはじめ各界から150名と大勢の方々が集まり、和気藹々に盛り上がり、あらためて金山さんの業績、人気、人柄を再認識した次第です。今後もますますご健勝で、若手農業後継者のご指導を願ってやみません。

(2005.2.25)



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