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農協時論

「食料自給率向上をどう実現できるのか」
   農業・農協問題研究所 理事長 暉峻 衆三


暉峻 衆三氏   周知のように、政府はこの3月、「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定し、 カロリー・ベースで現状40%にまで低下した食料自給率を10年後に45%に引き上げる目標を決定した。この数値がどうかという問題はともかくとして、またあまりに遅きに失したとはいえ、政府が日本の食料需給の現状を食料安全保障のうえからも放置できないとして、国内生産の増進の必要を明らかにしたこと自体は歓迎していいことだといえよう。

  だが、問題は政府が掲げた目標が果たして実現可能かということだ。結論を先取りすれば、現状のままでは危ういといわざるをえない。ここでは、二つの問題に限ってその要点を考えてみることにしたい。第一は、日本政府がWTO次期農業交渉にどう臨もうとしているかの基本姿勢に関わる問題、第二は、日本の国際的関わりの問題。この二点から政府が掲げる国内生産の増進による自給率向上の政策課題(以下、「課題」とする)の実現の可能性を探ってみることにしたい。

◆WTO 「枠組み維持」では 「課題実現」は困難

  まず、第一の問題。グローバル化がすすんだ現状のもとで、日本の農業と農政にも強い縛りをかけている重要な国際ルールがWTO農業協定だ。ガット・ウルグアイ・ラウンドからWTO体制へと農産物貿易の自由化が加速され、農産物価格政策や国境調整政策などいわゆる農業保護政策から政府が手をひくもとで食料自給率の低下が一段と進んだ。こうして「課題」の実現のためには何らかのかたちでのWTOルールの「見直し」(改定)が不可避となったことは当然である。政府はそれにどう取り組もうとしているのだろうか。

  昨年、政府・自民党・農業団体の三者合意のもとで、「次期交渉に向けての日本の提案骨子」がまとめられた。そこでは、冒頭に「交渉の目的」として、「食料輸入国と輸出国、そのいずれにとっても公平で、真に公正な貿易ルールの確立を図り、各国農業が共存できる国際規律とする」ことが謳われた。そのために「現行WTO農業協定の規律の枠組みは基本的に維持しつつ.....見直しをおこなう」、とした。

  「WTO農業協定の規律の枠組みは基本的に維持」するという交渉姿勢で果たして「各国農業の共存」と日本の「課題」を実現できるのだろうか。困難だと思う。そもそも「現行WTO農業協定の規律の枠組み」を支える基本理念は、「各国農業の共存」という理念を排除しているからだ。現行協定が立脚する基本理念は貿易自由化のもとでの「比較優位の原則」だ。農業が比較優位にある国は食料を増産して世界に安く供給する、逆に比較劣位にある国は農業から撤退して、優位の国から食料を安く手にいれる。それが人類的視点からみて最もいい資源配分と食料安全保障の道だ、という考えだ。アメリカやケアンズ・グループはそういった考えに立 脚しているといっていい。「共存」ではなく「優勝劣敗」を良しとする考えだ。

 現行協定はそういう考えのもとに貿易自由化を推進し、貿易を歪曲したり、生産に影響を齎す国内助成を削減することを各国に義務づけている。共存をめざして食料増産のために国内助成を強化することはそもそも困難な仕組みになっている。  こうして、政府が掲げる「課題」は、現行協定の枠組みを「基本的に維持しつつ」ではなく、その基本に触れるほどの「見直し」を求めるという姿勢と覚悟なしには実現困難だというべきではないだろうか。さらに、その姿勢を支える国民的、国際的連帯の強化も必要だろう。国民的連帯の強化によって、従来の、対米関係を基軸に一層の貿易自由化の推進によって利益を引き出そうとする多国籍化した巨大企業本位の国内体制を変えていくことが必要だろう。国際的連帯については、日本がEUや、アジアをはじめとする途上国との国家間連帯にとどまらず、アメリカをふくむ世界の広範な市民層との連帯をどう構築し強めることができるかが重要となる。この国際関係については、最近、「課題」の実現に有利な状況が現われつつある。その問題に移ろう。

◆国際的潮流をふまえ
   連帯を求められる


  第二の問題。昨年のシアトルでのWTO閣僚会議の「決裂」は、それまでの貿易自由化推進者にとっても、逆にその批判者にとっても衝撃的な出来事だった。前者にとっては彼らが進もうとする道が思いのほか険しいことを思い知らされた。後者は、従来ともすれば抗し難い力としてとらえがちだったWTO自由化も、状況によっては自分たちの手で変えられることを実感し、市民の力に自覚と自信を強めた。

  1980〜90年代にかけて、規制緩和、自由化の流れは、旧ソ連邦をはじめと する「社会主義体制」の崩壊のもとで資本主義体制の一人勝ちのかたちで加速された。現行WTO協定はこういう時代の産物だった。そのもとで、IT革命と結びついて、むき出しの資本主義のグローバル化の嵐が世界を覆った。それは他面で世界の至る所で深刻な「影」をもたらした。先進国と途上国のあいだ、全世界的な社会階層間の格差と貧富の急激な拡大、労働・生活条件や食の安全性への脅威、食料不足と飢えの深刻化、環境破壊や地域の崩壊などなど枚挙にいとまがない。

  多くの途上国が、一部の超大国、巨大多国籍企業本位の現行WTOの在り方に異議を申し立て、「フリー・トレード」に対して「フェアー・トレード」を、WTOの透明性を要求した。一連の国や市民のあいだに食料主権や食の安全性への要求が強まった。ほかならぬ貿易自由化の本拠であるアメリカの市民層のあいだでさえ、労働者の地位の不安定化や大量の農民経営の破綻といった事態の進行のもとでWTOへの批判と抵抗が強まった。こういった世界の諸潮流は、一連の国の政治や行政の在り方にも影響を及ぼしつつあり、これら潮流が合流してWTOの一層の自由化推進に「待った」をかけたのだった。いまや一国の政府も、WTOをふくむ国際機関もこういった市民層の意見をきき調整を図ることなしには事をうまく運ぶことが難しい時代になってきた。

 日本がこういった国際的潮流をどう汲みとり、それとどう連帯を組んでいくかが、冒頭の日本の「課題」の実現ともかかわって問われる時代になってきたのだ。
  その問題とも関連して、さらに今後の日本の国際的位置づけをどうするかも重要だ。戦後、日本は「冷戦体制」下に超大国アメリカに軍事、経済両面で強度に依存しつつ、軍需に偏ったアメリカを民需工業品の輸出で補うかたちで高度工業国家へと急激な成長、発展を遂げた。ガット体制はその発展を促進する重要な道具でもあった。だが、その見返りとして、農業超大国でもあったアメリカへの依存は、工業大国化した日本の農業を比較劣位化することによって、今日の食料自給率の極端な低下という事態を招いた。今後、このような日本の国際的位置づけを変えていくことなしには、冒頭「課題」の実現も困難だとしなければならない。

  その際、小規模農家が多い(西)ドイツが戦後歩んだ道は示唆的だといえよう。 日本と同じくゼロからの出発をしたドイツも高度工業国家へと急成長を遂げた。そのもとで日本同様農産物の大輸入国にもなった。日本と違うのは、他面で農産物をかなり輸出し、食料自給率を今日の100%近い水準にまで一貫して引き上げる ことができたことだ。どうしてそのような違いが生じたのか。一つの重要な点は、ドイツが日本に比べてアメリカへの依存度がずっと低く、近隣の西欧諸国との強い「平等互恵」の分業的関係を築き、アメリカに対抗的な面ももったEU共通農業政策のもとで農業を最低限支えてきたことにある。

◆日本に問われる米国依存からの脱却と
   近隣アジアとの関係づくり


  「東西冷戦」が終わり21世紀を迎えようとする今日、日本が従来の余りにも強 いアメリカへの依存から脱却して、韓国や、WTO加盟も近いと予想される中国をはじめとする近隣アジア諸国と今後どのように「平等互恵」の関係を構築し、そのなかで「農業の共存」をも実現していくことができるか、日本の冒頭「課題」ともかかわって日本の進路が大きく問われる時代を迎えたといえよう。



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