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農協時論

「再生産を確保できる所得・経営安定対策を」
  
農業・農協問題研究所 常任理事 岡本末三

岡本末三氏
 (おかもと・まつみ)1926年、徳島県生まれ。愛媛県庁、徳島県庁勤務を経て1962年農業協同組合新聞(社団法人農協協会)記者、同新聞編集部長、農政ジャーナリストの会事務局長、同副会長を経て現在農業・農協問題研究所常任理事。


◆価格保障政策から経営安定対策へ

 新しい農業基本法(食料・農業・農村基本法)では、第2章(基本的施策)第3節(農業の持続的な発展に関する施策)、第30条(農産物の価格の形成と経営の安定)で、次のように規定している。

 “国は、消費者の需要に即した農業生産を推進するため、農産物の価格が需給事情及び品質評価を適切に反映して形成されるよう、必要な施策を講ずるものとする。
 国は、農産物の価格の著しい変動が育成すべき農業経営に及ぼす影響を緩和するために必要な施策を講ずるものとする。”

 また、新しい農業基本法の要ともいうべき「食料・農業・農村基本計画」では(1)食料、農業及び農村に関する施策についての基本的な方針(2)食料自給率の目標(3)食料・農業及び農村に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策(4)前3号に掲げるもののほか、食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進するための必要な事項−−を定めることにしている。
 政府は3月15日、基本計画(食料・農業・農村基本計画)を決定した。それによると「農産物の価格の形成と経営の安定」について次のように述べている。

 “従来の農産物価格に関する政策は、農業経営及び国民の消費生活の安定を図る上で一定の役割を果たしてきたが、需給事情や消費のニーズが農業者に伝わりにくく、農業者の経営感覚の醸成の妨げとなり、農業構造の改善や内外価格差の是正につながらず、結果的に国産農業物の需要の減少を招いた面がある。
  このような評価を踏まえ、消費者に選択される農産物の生産を促進する観点に立ち、消費者の需要に即した農業生産を推進するため、農産物の価格が需給事情及び品質評価を適切に反映して形成されるように、麦、大豆等の主要品目ごとの価格に関する政策を見直す等必要な施策を講ずる。

  また、農産物の価格の著しい変動が育成すべき農業経営に及ぼす影響を緩和するために必要な施策を構ずる。
  なお、育成すべき農業経営を個々の品目を通してではなく経営全体としてとらえ、その経営の安定を図る観点から、農産物の価格の変動に伴う農業収入又は所得の変動を緩和する仕組み等について、今後、品目別の価格政策の見直し状況、品目別の経営安定対策の実施状況、農業災害補償制度との関係等を勘案しながら検討を行う。”

◆WTO交渉に向けた市場原理の導入へ

 従来の価格支持による所得政策から市場原理を前提とした直接支払いへの切り替えは、アメリカやEUなど主要先進国で進んでいる。
 これは世界貿易機関(WTO)の農業協定にもとづく、国内助成の削減対象(黄色の政策)から削減対象外の(緑の政策)への移行をめざしたものである。
 わが国の場合は、新しい農業基本法にもハッキリうたわれていないが、価格政策に市場原理を導入するということは明らかにWTO農業協定に対応するものである。

 さきの国会で牛乳(加工原料乳)、砂糖キビ・テンサイ、大豆・ナタネの価格保障制度を廃止する法案が次々に可決成立した。
 いずれも昭和40年以来、35年間続いてきた制度が、あっけなく姿を消した。政府与党の言い分は、「WTO交渉に向けて市場原理の導入が必要だ」として、価格保障の廃止によって農家は大資本の買いたたきにあう“弱肉強食”の論理をむき出しにしたものだ。

 価格保障制度というつっかい棒をはずして、いま野菜や果実、米に起きている価格暴落が、農産物や大豆、砂糖作物にも波及することは必至である。
 アメリカでは、小麦や大豆の暴落にあえぐ農家に対し1兆7500億円(日本の価格保障予算の6倍)もの価格・所得保障予算を注ぎ込んでいる。アメリカの農業所得のうち4割は価格保障によるものである。
 ところが日本では、米をはじめとした農産物の支持価格(行政価格)は、ここ10年以上にわたり、かなり引下げられている。品目ごとにピーク時と比べる1996年度までに、米は13.1%、牛肉が27.7%、豚肉は38.6%も下がっている。

 一方、生産資材や消費者物価は1.8倍、製造業賃金が2.4倍になっている。
 先進国の中で、価格保障制度を全廃しようというのは日本だけだ。EUでは価格保障を縮小しても、その分所得補償を充実させ、農家数を減少させないようにしている。
 政府のいう経営安定対策では、米の例が示すように、価格暴落による所得減は防げない。
 価格支持政策が後退する中で、生産費を補償し再生産を確保できる所得・経営安定対策が求められている。

◆輸入自由化に歯止めかけ農林予算を価格保障に

 政府は、さきに決定した基本計画の中で、10年後に食料自給率を45%に引上げるとしている。
 現在、カロリーベースで40%に落ち込んだ自給率を5%アップさせるのは容易なことではない。
 自給率の極端に低い大豆、麦、飼料作物の大増産が必要になる。ところが価格政策に市場原理の一層の活用と輸入の自由化を促進するということでは増産には結びつかない。

 麦、大豆は外国からの輸入品と品質の上で競合する。現状では国内産が劣る。このため食品産業が輸入品を選択することになる。そうなると、いくら増産をしても価格は暴落し、生産者は再生産への意欲を失うことになる。
 最近、野菜なども輸入が急増している。これといった対策がとられていない。野放し状態である。このため国内産野菜の市場価格が暴落している。

 政府は価格政策へ市場原理を導入する一環として価格の変動幅が大きく低落した場合、担い手の所得を確保するため価格低落時の経営への影響を緩和するため所得確保対策を講ずるとしている。
 この経営安定対策は、すでに自主流通米で実施されている。必ずしも有効な成果はあげていない。米価はこの数年間で5000円も値下がりしている。値幅制限の撤廃によって米価低落に拍車をかけている。政府が企図する「大規模な経営意欲のある担い手農家」ほど米価低落の被害は大きいという皮肉な結果がでている。

 政府の価格対策への市場原理の導入に伴う経営安定対策は、米では成功していない。したがって他の作物の場合も、成果をあげることはむずかしいとみられている。
 内外価格差を縮少し、WTO農業協定にそった価格政策をとろうとすれば農業生産は大幅に後退し、自給率はさらに低下することになる。

 自給率をアップし、農業経営を安定させるには、すべての農産物に生産費を償う価格を保障し、生産意欲を向上させることである。そして輸入の自由化に歯止めをかけ、農林予算の大半を占める公共事業を価格保障に充当すれば、価格の安定、再生産の確保は実施できる。

 



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