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農協時論

JAは「現代版ムラづくり」へ先導的な役割を
  
東北大学大学院農学研究科教授 工藤 昭彦

工藤 昭彦氏
工藤昭彦・東北大学大学院農学研究科教授(農学博士) 1946年生まれ。秋田県出身。東北大学大学院農学研究科博士課程修了。秋田県立農業短期大学助教授、東北大学農学部助教授、同教授を経て1999年より現職・著書に「現代日本農業の根本問題」批評社など。


◆今日の農業問題は環境問題へとシフト

 戦前から戦後の一時期にかけて、農業問題といえば、農家・農村が貧しいという問題であった。娘の身売りを余儀なくされるほど貧しい時代があった。ところが今日、農家世帯の所得はサラリーマン世帯を上回っている。明らかにかつてのような貧困問題は解決された。

 農家が豊かになったのは農業所得が増えたからではない。規模の小さな農家から大きな農家まで、おしなべて兼業所得を増やすことで豊かになった。その結果、今日の農業問題は食料問題を内に孕みながら農業環境問題へとシフトしつつある。

 食料自給率40%が社会的に問題にならないのは、わが国がたまたま世界の食料を買い漁れる経済大国だからにほかならない。経済小国に転落したら隠れている食料問題があからさまになる。

 加えて全面的兼業化を伴いながら加速された農業の衰退は、農地や関連する地域資源の荒廃に代表される「農地およびそれを取り巻く自然を巡る環境問題」、農産物や食料の大量輸入によるポストハーベスト農薬問題や遺伝子組換え問題といった「食と健康に関わる環境問題」、集落の消滅による伝統・文化・地域社会・地域資源管理の崩壊といった「社会的文化的意味での環境問題」、農産物の大量輸入が輸出先であるアメリカの耕土荒廃を招くという意味での「輸出される環境問題」などを引き起こし始めている。
 新世紀を迎えるにあたり、生まれ変わりつつあるJA組織に対しては、農業・農村再生の新たな戦略を構築しながら、農業環境問題の解決に取り組んでいくことが期待されていよう。

 幸いにして農業・農村には、世紀末の嵐のみならずニュー・ビジネスの息吹を感じるさわやかな追い風も吹いている。「安らぎ」、「生きがい」、「元気」など「癒し」系ビジネス。「持続」、「循環」、「環境」、「景観」に配慮したエコ・ビジネス。「安全」、「安心」、「旬」、「交流」を活かす食・農ビジネス。ともに「人と環境にやさしい」コミュニティ・ビジネスである。農家、農村住民のみならず広く市民、国民の支援と参画による農業・農村再生の戦略であるといってもよい。

◆テナントビル型地域農場など 大胆な農地利用改革の推進

 ところで、農業・農村の再生にとって最大の障害は、所有権が細切れに分散した農地である。戦後の農地改革の後遺症でもあるこうした事態を打開するには、改めて農地利用改革に着手しなければならない。
 具体策としては、集落や数集落単位の農地所有者が全ての農地を一旦農地保有合理化法人に一括利用権設定し、多様な利用希望者に団地的に利用できるように区割りした上で転貸するといった方式が考えられる。

 地権者の合意により農地利用権についてのみ共同地上げをする。その上で、多様な担い手が入居できる効率的に仕切られたテナントビル型地域農場を創設し、米・麦・大豆などを組み合わせて企業的な大規模複合経営に取り組む農業者向けの大フロアー、野菜や果樹や施設園芸に取り組むフロアーなど、希望に応じて様々に仕切られた農区を貸し出すというやり方である。
 地域によっては、新規参入者農園、市民農園、交流農園、福祉農園、リハビリ農園、アニマルセラピー農場、朝市・夕市など、特色あるフロアーを設置してもよいであろう。中山間地域の農地についても同様の措置が講じられるならば、自給飼料に依存した放牧型畜産やEコマースを活用した特産品の振興、グリーン・ツーリズムやエコ・ツーリズムなども、はるかに取り組みやすくなるに違いない。

 特定の大規模農家を選別的に育成するといった旧農業基本法以来の施策は、規模拡大の過程で農地の分散を回避できないまま破綻した。わが国農業の持続的な発展のためには、規模拡大志向農家はもとより、新規参入者を含む多様な担い手が効率的かつフル操業状態で農業生産活動に従事し得るような、農地利用の新しい枠組みを創出していくことが必要である。
 新農基法で羅列するだけにとどまっている多様な担い手を、それぞれの役割分担を明確にしながら、選別の論理ではなしに、互いの信認と棲み分けの論理を介してテナントビル型地域農場への入居を募り、全体として効果的な農場運営の途を切り開いていくのである。

 戦後の農地改革が所有改革であったとすれば、今日求められているのは大胆な農地利用改革の推進であろう。
 中山間地域についても新たな視点からの振興策が検討されてよい。ちなみに、新しい全総「21世紀の国土のグランドデザイン」は、「多自然居住地域」といった広域圏の自発的創造による中山間地域の振興策を打ち出した。その目的は、過疎化、高齢化により地域社会が変貌しつつある一方で、豊かな自然や固有の文化が残されている中小都市と中山間地域を含む農山漁村を、21世紀の新たな生活様式を可能とする国土のフロンティアとして位置付け、地域内外の連携による自主的な地域づくりを進めるため、とされている。

 広域圏内の都市地域は「生活圏の拠点として医療、福祉、教育、文化、経済等都市サービスを提供するとともに就業の場」を提供し、「農山漁村は、豊かな居住の場、自然環境、地域文化等を活用した安らぎの場、新鮮で安全な農林水産物の生産の場」を提供するといった役割分担が期待されている。

◆地域分権と参画による持続的地域社会存続のシナリオづくり

 こうした視点で地域振興を推進していくためには、差し当たり過疎法、山振法、特定農山村法など入り組んだ中山間地域関連法を仮称「中山間地域活性化法」に一本化することを提案したい。その上で、省庁間、部局間の垣根を取り払った透明度の高いトータルな政策メニューの提示や町村合併による受け皿の整備などに取り組んでいくことが望まれる。

 政策対象となる地域に対しては、公共性という観点に立脚した、いかに実現性の高いシナリオを作るかといった力量が問われることになる。同時に、シナリオの作成を関係機関や団体のみならず地域農民や住民の参画により行うことが、優先度の高い公共施策を自発的に選定し、かつその実現を担保するという意味でも重要視されなければならない。
 こうして作成される個性的シナリオを国の公共政策メニューに柔軟に反映させるフィードバックシステムも必要である。一口にいえば地方分権と参画による持続的地域社会存続のシナリオづくりである。

 財源については、地方自治体が環境保全債を発行し、公共性の度合いに応じて償還金に対する地方交付税配分率を定めるといった過疎債に似た仕組み作りが検討に値しよう。広く市民から環境保全基金を募るといった試みもあってよい。少なくともこうした施策を前提として、公益的機能の維持に貢献する限定した主体に対する直接支払いでなければさほど意味はない。現行のささやかな直接支払いだけで問題が解決できないことは、誰の目にも明らかだからである。

 先陣を切って広域圏を舞台に活動を展開したJA組織には、わが国農業の再生のみならず、現代版ムラづくりに対しても先導的役割を果たすことが期待されている。



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