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農協時論

暖地水田作の経営 その特徴と展開の課題
 −地域特性を活かした経営展開が必要

    農林水産省九州農業試験場 総合研究部経営管理研究室長 笹倉修司
 


稲作の適地とは何か

笹倉修司氏
笹倉修司(ささくら しゅうじ) 農林水産省九州農業試験場総合研究部経営管理研究室長  1955年長崎県生まれ。1979年京都大学農学部農林経済学科卒。同年農林水産省農事試験場研究員、83年同省農業研究センター農業組織研究室研究員、89年プロジェクト研究第3チーム主任研究官を経て1993年より現職。 

 今年3月に食料・農業・農村基本計画が策定され、その実施プログラムが8月に示されるなど新基本法は具体化の段階に入った。基本計画の中に品目別の課題が示されているが、米については「需要動向に即した計画的な生産」、「収益性の高い安定した水田農業経営の展開」、「生産規模の拡大等による低コスト化」、「多様なニーズに対応した生産・流通体制の確立」が重要としている。うち前二者は生産調整関連の課題である。また、多様なニーズへの対応には、@良食味志向、安全・安心志向への対応、A値ごろ感のある米生産、B均質化・大ロット化対応、C新形質品種の育成・普及、の4点が挙げられている。もうコシヒカリやコシ並だけでは「うり」にならなず、他の要素が必要だということだろう。そして、値ごろ感のある米を提供する前提が「低コスト化」に他ならない。こう考えると、安価に米を生産できるところこそ稲作適地であるといえるのではないか。

 米生産費が最も低い地域ブロックは北海道、次いで東北、九州である。ところが、規模階層で区切ると、最低は九州の3ha以上層で、費用合計が唯一1俵1万円を切る水準にある。全国10ha以上層でも1万円は切れていない。水稲作付4ha台の九州3ha以上層でなぜこれだけ低コスト生産が可能なのか。もう少し生産費調査の中身を探ってみよう。

 まず、機械が小型であること。田植機では6条植以上の割合が全国では7割を超えるのに九州は3割弱、コンバインも4条刈以上が全国6割に対して九州3割と低い。温暖な気候により作業適期が比較的長くとれる九州だからこそ可能な装備水準である。
 次に、農業粗収益に占める稲作割合が低く、麦・大豆割合が高いこと。稲作割合は全国が7割弱に対して九州は5割程度、麦・大豆割合は全国5%以下に対して九州は10%を超える。複合経営が多く、しかも土地利用型部門の展開による機械や土地の利用共同等、いわゆる複合化のメリットの発揮が低コスト生産を可能にしている。

水田作経営の主要なタイプ

 暖地の特性を活かし、低コスト生産を実現できる水田作経営には3つのタイプがあると考えられる。長作期活用型稲作経営、費用・地代節減型複合経営、地域資源活用型無(減)農薬米経営、である。以下、典型的事例を紹介しつつ各タイプの特徴をみていこう。

 鹿児島県の出水平野には、家族労働力のみで水稲作付20haを超える経営が存在する。4月から6月末という長い移植可能期間を活用し、田植機1台でこの規模をこなしている。通常10haを超えると2台体系が必要とされる中で、最小限の機械装備によって低コスト化を達成しているのである。ただし、問題もある。早期水稲は育苗ハウスが必要な上、冬作を排除し土地利用率を引き下げる。早期米が高価格で取引されていた間はよかったが、最近の米価、特に早期米価格の下落はメリットを小さくしている。しかし経営主は、高価格よりも労働力や機械の効率的利用という観点から早期水稲が必要、と述べている。

 福岡県の筑後川中流域は稲麦二毛作が広範に展開し、転作もブロックローテーションの下、大豆麦二毛作体系を堅持するなど水田利用率の高い地域である。その中に、集落単位の稲麦生産組織、数集落の転作ブロックの大豆生産組織、校区規模の無人ヘリ防除組織という重層的組織の中核的存在として活動する10ha規模の稲麦大豆作経営がある。兼業深化の下で、自らの借地は抑え目にして兼業農家にも耕作を継続してもらい、時給2、500円のオペ労賃により収入を高めている。大豆・麦の販売収入は500万円を超え、労賃収入も200万円以上ある。二毛作の堅持は1作物の地代圧を小さくし機械稼働率を高め、また、地域として耕地を掌握したことが機械の効率的利用を実現、低コスト化に結びついている。

 九州の生産費は低いと述べたが、その中で全国水準より高いのが殺虫剤等農業薬剤費である。大陸から直接害虫が飛来する厳しい条件の中で、あえて無農薬栽培に挑戦し続けた10ha規模の経営が鹿児島県出水市にあった。暖地ゆえの困難な条件に対して、その克服のために試行錯誤して開発した技術もまた、暖地ゆえに可能な内実を備えている。極薄播成苗の遅植・疎植である。害虫は梅雨末期に集中して飛来する。このとき稲が活着し葉色が濃ければ害虫が集まる。それを避けつつ通気を良くし収量を確保する手だてが7月成苗移植なのである。成苗移植は、食害に悩まされていたジャンボタニシ対策でもあるが、それを雑草防除に活用し、除草剤も不要にするなど地域資源の活用は見事といえた。

地域特性活用のための課題

 「暖かさ」を活かした水田作経営の特徴をみてきた。今後の展開を考えると、地域の特性に適合し活用した経営でなければ生き残れまい。そこで最後に、そうした地域の特性を一層発揮できる条件をどう作っていくか、について若干触れたい。

 長作期の活用は確かに気象的には可能だが、現実には水利制約がある。出水平野の事例は希であり、大半は地域全体が早期もしくは普通期に合わせた取水期間となっている。また、実施プログラムは、低コスト化の方策に水稲直播栽培を示しているが、取水時期の固定性が普及を阻む要因の一つである。単なる生産のためから親水等多面的機能の発揮も含めた用水へ、取水期間等水利秩序の抜本的見直しを求めていくことが極めて重要である。

 稲麦大豆二毛作体系の確立には地域的、集団的な土地利用秩序の形成が重要であることは既にしばしば指摘されている。しかし、単に地域全体で組織化すればいいというものではない。JA佐賀中央会が実施した地域営農集団活動概況調査結果によれば、平成6年の転作緩和前後において、組織の安定性(組織継続程度)やブロックローテーション等土地利用秩序関連活動の安定性が低い類型は、集落農場型(集落全戸が参加するタイプ)と特定有志農家共同型(複数の農家が共同するタイプ)であり、逆に安定度が高いのが自主経営志向農家型(土地利用秩序の下でやる気のある経営が独自に活動するタイプ)であった。つまり、皆でやろうとか、(補助付き)機械で共同しよう、というだけでは安定性、発展性に欠ける。土地をまとめつつ、しかもやる気のある経営の活動の自由度を高めることが重要である。裏腹の問題もある。彼らは地域資源維持(耕作放棄回避)や共同作業・利用に対する意識は薄い。それを補完する機能や実現のための組織も併せて必要であろう。

 もう一点、暖地ゆえの問題がある。稲麦大豆なら地域でまとめることは比較的容易である。しかし、九州には極めて多様な作物があり複合経営が存在する。キャベツ、タマネギ、ゴボウ等の野菜やイタリアン、タバコ、い草等々である。それぞれ作期が異なり、水稲の作期も様々である。多様な複合経営が同一地域に存在する場合、地域的・団地的な土地利用秩序の形成は極めて難しい。単純な団地化や集積のみを要件とするのではなく、多様な組み合わせによる土地の高度利用も高く評価すべきであると主張したい。



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