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農協時論

農政と農業の多面的機能について

     明治大学農学部教授  北出俊昭
 


◆新基本法と多面的機能

北出俊昭氏
(きたで としあき)昭和9年生まれ。32年京都大学農学部卒業、同年4月全国農業協同組合中央会に入会、58年退職、同年石川県農業短期大学教授、61年4月より現職。

 新基本法は農業の多面的機能について「国土の保全、水資源のかん養、自然環境の保全・良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われていることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能」(第3条)と規定した。
 この規定の重要な特徴は、農業の多面的機能とは、(1)農業生産が行われていることにより生ずる機能であること、(2)食料その他の農産物供給以外の機能であること、の2点である。
 第1は異論がないところであるが、第2については少し検討する必要がある。

◆ 初期の内容と特徴

 これまでの経過を見ると、わが国の農業政策で農業の機能がいろいろ強調されるようになったのは70年代の後半からである。一例を挙げれば76年の農業白書は「農村社会の変ぼうと地域農業」の項目で次のように述べていた。
 「今日の農村社会は食糧生産の場であるとともに、国土保全、自然環境の維持培養に大きな役割を担っており、更に非農業者をも含めた多様な住民の生活の場として健全な地域社会を形成していくことが期待されている」。
 そして農村社会にこのような機能が期待されるようになった理由として、ここでは、(1)都市周辺地域では都市化、工業化により土地の農業的利用と都市的利用の競合が激化し、宅地造成などの農地転用が増加するとともに、畜産、園芸などの立地が制約されるようになったこと、(2)一方、都市からの遠隔地域では急激な人口流失で高齢化と過疎化が進んでいること、(3)両地域の中間地域でも兼業化と非農家の増大で混在化が進んでいること、(4)こうした農村の変化はとくに土地利用型農業では農業集落機能と組織活動の低下をもたらし、専業的農家の負担増大となっていること‐の4点を指摘していた。
 ここでの特徴を一言でいえば、最初に農業と農村のいわゆる多面的機能が主張されるようになった主要な理由は、農村社会の変化が農業生産条件の制約につながっているとして、農村の総合的整備によりこれを改善しようとしたところにあったといえよう。その意味では生産だけではなく生活の場も含め、農業よりは農村の機能が強調されたといえるのである。

◆ 経済状況の変化と多面的機能

 その後これに新しい要素が加わることになる。それは78年度白書にみることができる、
 この白書は大都市では住環境が悪化したこともあり、国民は物質的豊かさよりは精神的豊かさを、成長よりはゆとりと生きがいを求めるようになったことを、強調した。そして、地元就業指向が強まり、農業を中心に種々の産業活動が営まれている農村が就業の場としても重要なことを掲げ、「農村地域の豊かな自然や歴史的伝統が見直されつつある」ことを強調した。
 こうした観点から78年度白書は農業と農村の多面的な役割として、(1)国民に対して安定的に食料を供給する役割、(2)自然環境の維持・培養と国土を保全する役割、(3)国土の均衡ある発展と健全な地域社会を形成する役割、の3点を掲げたが、その後これに「定住と就業の場」が加わったのである。
 「80年代の農政の基本方向」(80年10月)で「食料の安定供給」、「調和のとれた活力ある地域社会の形成」、「所得形成と就業の場の提供」、「自然環境と景観の保全」「人間の情操と創造性のかん養および伝統的民族文化の伝承」の5点を掲げ、農村の多面的な機能と役割の重要性を主張したのは、これまで述べたような考えを集大成したものといえよう。
 こうした70年代後半から80年代初めにかけて、最初は主として農村に着目した多面的機能が農業政策上重視され、その後は農業も含めながら定式化され現在に至っている。最近でも、97年度白書は「農業・農村の多面的・公益的機能」の項で「農業・農村は、食料の安定供給といった基本的役割に加え」てと述べ、食料供給を農業・農村の基本的機能としていた。そしてそのあと、続いて雇用・就業の場をはじめとする諸機能について述べていたのである。
 以上のような経過からみると、農業と農村の多面的機能については、第1に農業政策上重視されるようになったのは70年代後半以降であること、第2に多面的機能の内容として指摘されてきたことは、(1)食料・農産物の生産・供給、(2)就業など経済の維持・安定、(3)自然環境と国土の保全、(4)歴史・文化の保全と教育、の4点に整理できよう。

◆ 農業生産の特徴と在り方の改善

  以上からも明らかなように、農業面や農村面にかかわらず多面的または多様な機能というとき、これまでの農業政策では農業生産も含まれていたのである。その意味では、新基本法は農業の多面的機能については従来とは異なった新たな理念を設定したといえる。
 ただその新基本法も、農産物供給以外の機能も農業生産が営まれていることにより生ずる機能であることは認めている。
 したがって大切なことは「多面的」機能をどう定義づけるかより、農業の最も重要な機能に食料、農産物の生産・供給があることは紛れもない事実なので、これをしっかりと認識しておくことである。つまり、農業生産が健全に継続して営まれていてはじめて、農業がもっている機能の発揮が期待できるのである。
 その意味で、改めて農業生産の特徴について検討しておくことも無駄ではないと思われる。
 農業生産の実態をみると、近代農業では生産力を発展させるため、規模拡大を推し進め、耕地造成や土地基盤整備をはじめ畜産・園芸・花卉施設など各種施設の整備が行われてきた。また、化学肥料・農薬、高性能機械の利用などが促進され、濯漑・地下水の汲み上げをはじめとする大量の水資源の利用や森林伐採も強化されてきた。
 こうした資源多消費の近代化農業は環境汚染や自然破壊を進めるだけでなく、景観を単調化させ、多くの生物種を絶滅の危機に追いやっているとして強く批判されてきた。
 このため、現在持続的農業が強調されているが、環境汚染や自然破壊につながるような農業生産が存在していることは、その本来の在り方にかかわる重要な問題なのである。  その理由は、いうまでもなく農業生産の特徴は、土地利用を基本とした有機的生産にあるからである。
 したがって農業は、本来自然環境などとの調和や生態系維持を重視した生命産業といえるからである。
 そうした認識にたてば、近代農業に典型的にみられる現在の姿は、本来の農業生産の在り方と矛盾することになる。
 事実、化学肥料や農薬などの長期、継続的な利用は土壌の劣化や水質汚濁などの原因となり、結局は農業生産の発展にとってマイナスとなる。
 また、自然条件に逆らった耕地造成・土地基盤整備や森林伐採などは、「自然の逆襲」を受け、大きな損失を被ることにもなる。
 したがって現在要求されていることは、近代農業の前述した実態を改善し、農業の本来の特徴に基づいた生産の在り方を可能な限り追求することである。
 そうした農業生産自体の在り方を転換していくことが、農業の多面的機能を発揮する上でも重要なことなのである。農業政策においては農業の多面的機能発揮の重視と農業生産の在り方の改善は車の両輪なのである。



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