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農協時論

稲経対策廃止でなく、抜本的改善を

梶井 功 東京農工大名誉教授 
 

梶井功氏

かじい・いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒。昭和39年鹿児島大学農学部助教授、昭和42年同大学教授、昭和46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。主な著書に『梶井功著作集』(筑波書房)、『新農業基本法と日本農業』(家の光協会)など。

 生産調整に関する研究会がもたれる前に、農業経営政策に関する研究会という研究会があった。
 この研究会は、巷間伝えられたところでは、破たんを示した稲作経営安定対策に替わる新たな経営所得安定対策のあり方を研究するための研究会ということだった。問題の稲経対策は、発足当初から問題をもっていた。対策開始直後、私はこの対策には、米価安定に役立たない基本的欠陥があること――それは備蓄制度が回転備蓄制度をとっているため、常に備蓄古米が過剰圧力として働くこと、MA米があることと結びついている――を指摘し、“生産者が喜んでこのシステムに参加するようにするためには、いつ、いくらになるか分からぬ前三ヶ年移動平均による基準価格算定ではなく、計画生産下で再生産を可能とする基準価格を予示する対策にすべき”だといったことがある(協同組合経営研究所刊「研究月報」NO.535、98・4刊所収拙稿)。
 そういう欠陥をどう是正するのかを研究、新たな稲作経営安定対策を提案するのが農業経営政策に関する研究会の役割なのだろうと私などは考え――そして生産者の多くも、だったと思う――期待していたのだが、期待は裏切られた。経営安定対策としてこの研究会が打ち出したことは、“「保険方式」を基本に、「積立方式」を含めた農業者の意向の把握や制度の具体的設計に必要なデータ、情報の収集・分析のための調査を実施しつつ検討を深めること”でしかなかった。問題の発端となった稲経対策に至っては“補てん金が担い手農家や副業的農家等の経営安定に及ぼしている効果、生産調整の実施を促す機能、モラルハザードを回避する観点等を踏まえ検討する”としたにすぎない。典型的な問題の先送りだった。
 先送りにしたこの問題の“調査”“検討”の成果であろうか、食糧庁がつくった“生産調整に関する研究会が「中間とりまとめ」における検討項目に対する考え方”と題する文書(02・10)のなかに“将来の経営所得安定対策の具体的内容”が書かれている。1、2に分かれているが、その1は“米づくりの本来あるべき姿が実現された状況下”であって、そのときは、“水田営農の担い手”で“一定の生産者拠出(保険料支払)を行った者”を対象に、“単位面積当たりの収入又は所得が一定の基準を下回った場合、その差額の一定部分を補てんする”保険方式。
 その2は“当面の米政策”としてだが、“生産調整への参加者に対するメリット措置として米の価格下落に着目した対策を講じる場合”は“担い手に限定した経営”安定策は“困難”、“講じない場合”は“水田営農の担い手”であって、“一定の生産者拠出を行った者”に“単位面積当たりの収入又は所得が一定の基準を下回った場合、その差額の一定部分を補てんするもの”となっている。
 農業経営対策研究会報告から1年以上をかけて“調査”し“検討”したはずの経営安定対策としては、内容に乏しいといわなければならない。
 “米づくりの本来あるべき姿”としては、生産調整研究会は“効率的かつ安定的な経営体が、市場を通じて需要を感じ取り、「売れる米づくり」を行う姿”を描いていた。揚げ足を取るなら、“効率的かつ安定的な経営体”だったら、経営安定策など不要なのではなかったのか、そういいたいところだが、こういう提案をしたということは、いうところの効率的経営体であっても経営安定施策という支えがないと経営安定は図れないことを認めたものと受け取ることにしよう。その安定策だが、政府補てんはあるにせよ、保険方式だけで経営安定を図れるものではないことを、この際は強調しておきたい。
 経営政策研究会の報告が出たあと、農水省は確か“拠出金を原資とする「積立方式」や「保険方式」”を“諸外国の例”にならって検討するとしていたはずだが、その“諸外国の例”として注目しているにちがいないカナダのNISA(純所得安定化勘定)にしても、それだけでセーフティネットとして機能しているのではなくCFIP(カナダ農業所得保証)などと組み合わされているし、アメリカの場合には融資不足払いあり、直接固定払いあり、更に02年農業法での新不足払いありというように重層的に所得安定対策が講じられている“諸外国の例”にならうなら是非ともこの重層的な仕組みになっていることこそをならってほしいのである。

営農にエネルギー注ぐ
専従者にこそ助成策を

 重層的な仕組みに関連して、もう1つ強調しておきたいことは、ありもしない“効率的かつ安定的な経営体”育成を目指して、その候補者を“育成すべき経営”と特定し、その経営だけに安定策を講ずるというのが政府の考えだが、全体として農業の活力を高めなければならない今、それでいいのかということである。数字をあげておこう。
 農業従事日数150日以上の農業就業者を農業専従者といっているが、2000年センサスの示すところでは184万7000人いる。農業生産の主力である。その主力は、研究会などが重視している主業農家には、その54%しかいない。あとの半分は非主業農家にいるのであって、農業からの離脱が望ましいと研究会などではしているらしい副業農家で専従者の25%が働いている。大事にしなければならないのは、営農にエネルギーを注いでいるこの専従者であって、46%の非主業農家にいる農業専従者の意欲を削ぐような施策は、施策に値しないと私は考える。第2種兼業農家とされる農家に農業専従者の34%はいるという現実を踏まえ、この人たちにも意欲を燃やさせる施策であるべきなのである。
 自民党農業基本政策小委員会の松岡委員長は、私との対談のなかで
 “今後の問題として、新たな所得政策の対象をどうするのかが大議論になると思いますが、これは理解と納得をきちんと得ないと進められる話ではないと思います。
 ただ、小泉政権になる前にわれわれがまとめたのは、年金を例に話をすると、2階建て方式ではないかと考えていました。つまり国民のみんなが対象になる基礎年金部分と2階部分ですね。
 所得政策も、全体に該当する部分と農業、主業農家にはそれなりの応分の負担も求めながら政策的に2階部分として積み増し分をつくっていく。こういう考え方であれば全体をカバーすることになるわけです。”
 と語っておられた(本紙02・11・2)。賛成である。是非とも2階建て方式にしてもらいたいものだが、その際とくに重要なのは下を支える1階部分だということを強調しておかなければならない。米価低落にともなう所得減で規模拡大の意欲も出ないというのが現実であり、望ましい農業構造にするのにも、規模拡大意欲が出るような所得を考える必要がある。
 WTO農業交渉のなかで、「青」の政策存続を日本政府は主張しているが、その主張と整合性をもたせるためにも、希望をもてる所得確保を可能とする目標価格を示し、市価との差額を不足払いする政策を生産調整にリンクすべきことを私は主張したい。
 稲経対策を廃止ではなく、その抜本的改善を考えるべきである。


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