農業協同組合新聞 JACOM
 
過去の記事検索

Powered by google
農協時論

「地域水田農業ビジョン」策定はどこまで進んでいるか
〜福岡県を中心とした地域での対応と課題〜

村田 武 九州大学大学院 農学研究院教授
武 孝充 九州大学大学院博士後期課程
 
 

1 米政策改革大綱とWTO新ラウンド

むらた・たけし 昭和17年福岡県生まれ。昭和41年京都大学経済学部卒業。44年同大学院経済学研究科博士課程中退、同年大阪外国語大学(ドイツ語学科)助手、講師、助教授を経て、56年金沢大学経済学部助教授、61年同大学教授、平成10年九州大学農学部教授、12年より同大学大学院農学研究院教授。経済学博士。主著に『問われるガット農産物自由貿易』(編集、筑波書房、1995年)、『世界貿易と農業政策』(ミネルヴァ書房、1996年)、『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)、『中国黒龍江省のコメ輸出戦略』(監修、家の光協会、2001年)。

 平成14年12月に示された「米政策改革大綱」は、平成22年に「米づくりの本来あるべき姿」を実現するために、平成16年度から3年間、農業者・農業者団体の自主的な取り組みを強化し、平成18年度に農業団体が主役となる需給調整システム移行への条件整備を検証するとした。
 そもそも「米づくりの本来あるべき姿」とは、平成22年には、第一に売れる米だけが生産されている、第二に売れる米をどれだけの量作ったらいいのか「生産者および農業者団体が自らの責任と判断」で選択している、第三に土地利用型農業(米・麦・大豆など)に携わる担い手(認定農業者や特定農業団体等)がその生産の太宗を占めているというものだろう。つまり、平成22年には担い手が中心になって、自らの責任と判断で売れる米だけを生産し、売れる米だけが流通し、国はあまり関与していない状態になっているはずだ。そのため、米づくりの本来あるべき姿が実現するまでの当分の間は、国の政策と予算は担い手以外の農業者に対しても水田農業構造改革対策(産地づくり対策と稲作所得確保対策)は対象とするものの、近い将来は担い手のための農地集積や経営安定対策などに重点化するというものだ。
 ところで、先の生産調整研究会(座長 生源寺真一・東大教授)では、生産者を代表した委員から、「この間の減反面積の拡大はミニマム・アクセス米輸入によるものではないか」、「ミニマム・アクセス米が国産米をめぐる動向に影響を与えないはずはない」という声があった。これに対して、研究会は「ミニマム・アクセス米の影響評価―研究会としての評価―」を提出し(1)ミニマム・アクセス米導入に伴う転作の強化は行わないという閣議了解(93年12月)は数字上担保されている、(2)加工原材料用途において心理的側面からの影響は払拭できないものの、主食用米や加工原材料用米の価格と輸入米の価格の推移を見る限り、これまでのところミニマム・アクセス米の影響は見出せないと結論づけた。
 メキシコ・カンクンでのWTO閣僚会議でのアメリカ・EUの共同提案のひとつであるマキシマム・タリフ(関税率に上限設定)が、200%、100%になったら単純計算でコメの関税がそれぞれ1キロ当たり現在の341円から139円、69円程度となり、米づくりのあるべき姿の目標年度である平成22年ごろには中国産うるち精米短粒種が1キロ230円、160円水準、つまり福岡ヒノヒカリの55〜35%水準で流通している可能性の高いことに、生産現場は愕然となっているのである。如何に何でもこのアメリカ・EU共同提案を了承することがないであろうが。
 生産現場では、生産調整研究会のミニマム・アクセス米の影響評価を誰も信じてはいない。食糧法改正に関する農林水産委員会での質疑で、農林大臣が経営安定対策よりも水田農業構造改革が先決だとの発言を繰り返したのも、WTO新ラウンドと全く無関係だと言えないであろう。

2 米づくりのあるべき姿への当面の措置

 米づくりのあるべき姿へ向けて当面措置されたのものとして、根幹となる対策は水田農業構造改革対策(産地づくり対策と稲作所得基盤確保対策)、担い手経営安定対策、集荷円滑化対策(旧「過剰米短期融資制度」)である。

武部長

こうたけ・たかみつ 昭和25年福岡県生まれ。岡山大学農学部卒業。昭和50年福岡県農協中央会入会、経営監査部、電算情報部、人事部、地域振興部長、農政営農部長、教育センター長を経て平成15年からJAグループ米政策改革実践対策本部事務局長。九州大学生物資源環境科学府農業資源経済学(農政学)博士課程在籍。主な著書に「福岡県上陽町における農業法人化の検討」(全国農業構造改善協会、1996年)、「中国黒龍江省のコメ輸出戦略」(福岡県稲作経営者協議会編、村田武監修、共著、家の光協会、2001年)など。

 第一の水田農業構造改革対策は、産地づくり交付金の使途について、配分枠の範囲内で地域の裁量を認め、稲作所得基盤確保対策との資金融通をも認めた。ただし、交付金を受ける要件として、市町村またはJA単位で、「地域水田農業ビジョン」を平成15年度末までに策定することとした。
 第二の担い手経営安定対策は、担い手(「地域水田農業ビジョンの担い手」とは別)に限定した選別的経営対策で、水田農業構造改革対策の稲作所得基盤確保対策に加えて県別に設定する3ヵ年の稲作基準収入と当年産稲作収入との差額の9割を上限に補てんする制度である。県別の稲作基準収入という概念がポイントで近い将来は「稲+麦+大豆」、いわゆる土地利用型農産物の販売収入に対する経営安定対策導入の布石であろう。生産者と国とで基金を造成するという保険制度は、WTO農業協定で認められた収入保険制度に似た制度であることは容易に想定できる。しかし、稲作所得基盤確保対策は60kg単位の下落幅に対する補てんだが、担い手経営安定対策は県別の稲作基準収入との差額に対する補てんであるから、担い手経営安定対策が適用されないケースもありうることも承知しておくべきだろう。
 第三の集荷円滑化対策は、簡単にいえば作況指数100を超えた場合にその過剰米を区分出荷(区分経理)してそれを担保に融資する制度であって、一見するとアメリカのマーケッティング・ローンのようであるが、全く異なるものである。米政策改革大綱の目的に「過剰米に関連する政策経費の思い切った縮減が可能となるような政策の実現」と明記していることからすれば、国は後ろ向きの予算と考えていると判断すべきであろう。

3 「地域水田農業ビジョン」策定は手さぐり状態

 産地づくり交付金の支給要件は、「地域水田農業ビジョン」の平成15年度末までの策定である。地域で知恵を出し合って、地域で最も効果的な使い方を地域で決めるという趣旨もあって、国と県は一切ノータッチである。当然のことといえばそうであろう。しかし、国の補助事業を導入する際に、事細かな様式を示され、膨大な資料作成を負われてきた地域にとっては、とまどうのも当然といえよう。
 さて、地域水田農業ビジョン策定は、市町村単位のビジョンにするのか、あるいはJA単位のビジョンにするのか、産地づくり推進交付金の水準をどの程度設定するのか、また生産調整参加者を包含した地区ビジョンをどうするのかなど、現場にはさまざまな問題が山積している。(ここでは、「地域」は市町村単位またはJA単位、「地区」は生産調整参加者を包含する最小単位という使い分けをする)
 その第一は、地区の話し合いによる5年後10年後の担い手の明確化と農地集積の手順である。従来の生産調整地区の最小単位とされる集落には、土地利用型農業の担い手は集落によってはゼロか、せいぜい1ないし2人程度である。若い農業後継者といわれる担い手は土地利用型農業以外の施設野菜農家、花卉農家や、畜産農家が多い。土地利用型農業の担い手の大半は50〜60歳代である。担い手の特定は、集落の農業者間の感情や、水管理の問題など、「集落ぐるみの総意」があってこそ、スムーズに明確化できる。しかし、それができる集落は、むしろ稀である。
 筆者らがフィールドにしているJA糸島管内の前原市では、認定農業者162経営体のうち、経営安定対策の対象となる経営面積4ha以上の担い手は、農業法人を含めて僅か25経営体でしかない。また、隣接する二丈町でも、82経営体のうち上記担い手は14経営体である。福岡県全体でも600経営体前後にすぎない。
 第二は、集落単位での将来の担い手が特定できないのであれば、集落を超えた地区設定をしたらどうかという考えである。実際に、JAによっては、地区を支店単位あるいはカントリー・エレベーター単位で設定しようという動きもある。しかし、数回にもおよぶ話し合いの場を、担い手を明確化しなければならない期日までに物理的に確保できるのか。
 第三は、国から県、県から市町村への産地づくり交付金がどの程度かという問題である。国から県への交付水準は、「基本部分+担い手加算」という基本式が示され、3年間は固定するとされた。しかし、担い手加算(基本部分で計算された面積×担い手率×単価)については、地域によってかなりの差があり、しかも地域に交付される水準がある程度明確になるのは11月ごろとされている。福岡県での交付金水準は、概算で14年実績の8割が確保できるかどうかと試算されている。実際に計算したある市町村では、担い手加算が期待できず、14年度交付された実績の半分程度というところもある。さらに、使途に関してやっかいなのは、米以外の作物への交付水準である。麦、大豆などによる転作対応者は現行水準が確保できれば満足かもしれない。しかし、野菜などの転作対応者はそうはいかない。パイは限られているので、交付金水準の設定はかなり難しく、地区レベルでの調和を壊すことにもなりかねない。
 第四に、農業者・農業者団体が主役となっての需給調整システムづくりが強く打ち出されたため、市町村の対応にブレーキがかかりつつある。転作確認事務などの膨大な事務量に忙殺されてきたことを考えると理解できないわけではないが、産地づくり交付金を作物ごとにきめ細かく設定すればするほど、今まで以上に確認事務は増えることになる。ビジョン策定の難しさはここにもある。
 第五に、そうはいってもビジョン策定に取り組む意義がまったくないというわけではない。筆者らが調査した福岡都市圏の担い手経営安定対策の対象となる認定農業者I氏は、水稲作付面積が10haである。ところが、経営する水田は2市2町にまたがる48カ所、麦作付面積が21haで、110カ所におよぶ。同じく認定農業者S氏は、水稲作付面積が7ha弱で53カ所におよぶという。地域水田農業ビジョン策定は、こうした認定農業者への効率的な農地集積のきっかけになる可能性を秘めている。
 しかし、こうした意義を認めつつも、水田農業ビジョン策定は当分迷走し続けるのではないか。これが、福岡県の現場の実態であろう。 (2003.9.30)


社団法人 農協協会
 
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-1-15 藤野ビル Tel. 03-3639-1121 Fax. 03-3639-1120 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。