農業協同組合新聞 JACOM
   
農協時論

森林から農業・農村への提言

太田猛彦 東京農業大学教授 

◆はじめに

太田猛彦氏
おおた たけひこ 昭和16年生まれ。東京大学大学院農学系研究科修了(農学博士)。東京農工大学助教授を経て、平成2年東京大学農学部教授、8年同大大学院農学生命科学研究科教授、15年東京農業大学教授に就任。(社)砂防学会長、日本林学会長、水文・水資源学会副会長などを歴任。現在、日本学術会議会員、林野庁林政審議会委員。

 通常、農業と林業は、「農林業」、「農山村」などとまとめられて、例えば、都市と対比されることが多い。共に“大地の上での太陽エネルギーによる有機物生産”を基本とする第一次産業という大きな共通点を持つので、「林業」そのものを論議する場合を除けば、両者の差が意識されることは少ない。しかしながら、農業と林業の間には、扱う植物の生育期間の違いや人間によるコントロールの程度の差以上に本質的な差異があることを、日本学術会議の「答申」が明らかにした。筆者は、答申の作成に参加したが、その差異を理解することはこれからの林業や森林管理に不可欠であるばかりでなく、21世紀の農林連携にも有効であると確信している。

◆日本学術会議答申における都市と農地と森林

 一昨年11月、日本学術会議は、農林水産大臣の求めに応じて、「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能について」を答申した。諮問の意図は、WTO交渉を控え、農業の多面的機能の価値を第三者に価格評価してもらうことであり、森林についてもほぼ同様であった。しかし、答申の内容は、必ずしも価格評価に重点を置いたものとはなっていない。特に、森林(第III 章森林の多面的機能)については、“森林は、地形・地質、気候とともに自然環境を構成する要素の一つであり、森林の本質的機能は環境保全機能である”とする「森林の原理」から説き起こした、一種の森林の多面的機能“原論”となっている。
 その第6節で、現代の土地利用を都市と農地と森林に分け、3者の特徴を、投入されるエネルギーの面から考察している。すなわち、日本でも世界でも、都市には大量の資源(おもに地下資源)とエネルギー(おもに化石エネルギー)が集中的に投入され、大量の工業製品が生産され、人口の大半は都市で暮らし、豊かな消費生活を満喫している。つまり、現代社会は「都市社会」と言える。
 農地と森林は、ともに太陽エネルギーを基本とするものの、農地における生産システムでは、化学肥料や農業機械の使用、近代的灌漑施設の建設・運用など、化石燃料起源の物質・エネルギー及びそれによって駆動する技術が大量投入されており、これによって都市に住む現代人の生存を支える食料の大量生産を可能にしている。これは、工業製品の生産システムに近い。すなわち、光合成によるバイオマス生産という原理は同じでも、太陽エネルギー以外の資源やエネルギーも投入される農地と、太陽エネルギーのみに頼る森林との差は決定的に大きい。言いかえれば、農地・農村は近代“開放型”システム(“閉鎖型”農耕社会システムと対比すると、地下資源・エネルギーを投入することにより無限に成長可能)としての「都市社会」に組み込まれている。考えて見れば農業は、都市の人口を維持するための人工的食料生産システムである。
 一方、森林は、現代でも太陽エネルギーのみによる生命活動が行われている自然の領域(システム)であり、それゆえ、自然環境の構成要素が本来的に持つ環境保全機能に代表される多様な機能を発揮する。廃棄物も有害物質も出さないのは当然であり、我々はきれいな水をそこから得ることができる。さらに言えば、森林は、太陽エネルギーのみで駆動していることが重要なのであり、都市社会に住む現代人が森林と接する時は、森林生態系の一員であるヒトとして振る舞うべきなのである。石油化学製品を身に付けて立ち入るなど、持っての外なのかも知れない。しかも、そのような自然の領域が水循環や物質循環によって農地を含む都市社会とつながっていることも重要である。そして、それらの循環が健全であることが、都市社会にとっても重要であり、そのためには、そのような自然の領域が不可欠なのである。

◆農業と林業の差異

 こうして、農地での生産と森林での生産の意味が明確になった。森林には太陽エネルギー以外の資源やエネルギーが投入されていないから、(土地)生産性は低い。しかし、人工林を含めてそういう土地が必要であり、人工林であっても自然の領域の一員として機能することが求められる。それが公益的機能の発揮である。そして、人為的に生産性を高めると自然の本質に外れ、自然環境の構成員としての機能が発揮できない。そこが、林業と農業の大きな違いである。したがって、“太陽エネルギーのみで成長したものを、自然の機能を損なうことなくうまく利用させてもらう”のが林業における生産方式となる(林業における技術開発は、この点を考慮したものであらねばならない)。
 以上より、農業と森林の多面的機能の差異もはっきりしてきた。つまり、農業の場合は、食料生産という人間の積極的生産行為に付随する多面的機能であり、行為を止めれば機能も消滅する。また、人工物を投入するから、二酸化炭素を含む廃棄物やそれによる汚染などマイナスの機能が発生する。森林(林業ではない)の場合は、自然環境の要素が発揮する多面的機能であり、その中には木材の利用(生産)機能も含まれている。同じ「多面的機能」であっても、本質的な差があるといえる。

◆(森林を理解した、)新しい農林連携が必要

 しかし、これまでは、森林においても農業と同様の生産行為が可能であると考えられてきた。旧林業基本法の理念である。その場合でも、論理的ではないものの、人工林には農地にはない機能があることを認めて、公益的機能として扱われてきたのである。新しい森林・林業基本法の制定は、ようやく、森林の本質が自然環境の構成要素として多面的機能を発揮することであるのに気付いたことを表している。森林・林業政策は森林への助成も含めて、この理念に沿ったものに早急に改めなければならない。その延長線上で、来るべき循環型社会では、木材生産機能の利用はもっとも有益なのである。農林関係者は共に、上述した農業と森林の差異を是非認識して欲しい。また、都市社会に不可欠な森林が本来の機能を発揮するためには、都市社会の影響から森林を守る管理が必要なことも、理解してほしい。21世紀は、農地と森林の特徴を認識した流域管理や農山村経営が不可欠である。
 さて、流域の上流に位置することが多い中山間地は、森林と農地の混在地である。国民は中山間地に森林=自然の機能を求めている。“水源地域としての中山間地”はその具体的な例である。したがって、中山間地での営農は特に慎重であらねばならない。そうでないと、良質の水を供給することができない。都市と農山村の交流も同様の理念で行われなければならない。中山間地でのグリーン・ツーリズムが単に都市と農山村の混合となっては、“共生”は成り立たない。

森林の原理:
 森林(植生)は、地形・地質、気候とともに自然環境を構成する要素の一つである。しかも、森林は現在の大気環境、温度環境、土壌環境の中で生れたのではなく、逆に、4億年の間、地上に森林が存在し続けて、現在の二酸化炭素濃度や気候や豊かな土壌が形成されたのである。さらに、森林は自然環境だけでなく人類の祖先までも創り出した、いわば“人類のふるさと”である。したがって、森林が人類の生活基盤をまもる環境保全機能を発揮するのは当然である。「人類にとって、森林の本質的機能は環境保全機能である」と言える(環境原理)。さらに、最初は“森の民”であり、後に水田稲作社会を造った日本人の文化や民族性が、森林によって育まれたものであることもまた当然である(文化原理)。
 一方で、森の外に住んでいる人間が木材を利用すれば、森林の一部を外へ持ち出すことになるから、一時的にしろ前述した森林の機能が低下する。したがって、木材の利用は、光合成生産物の最も有効な利用法であるが、自然の森林が持つ本質的な機能とは異質の機能である(物質利用原理)。
 このように、森林の多面的機能の第一は環境保全機能であるが、残念ながら一つ一つの機能は単独ではそれほど強力ではない。けれども、多くの機能を重複して発揮でき、総合的に強力なことが森林の機能の最大の特徴である。

(2003.12.11)

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