農業協同組合新聞 JACOM
   
農協持論
これで良いのか 日本の食料
コメの内外価格差をどう見るか
 
森島 賢 立正大学名誉教授


 WTO(世界貿易機関)交渉が一段落したいま、コメの内外価格差について、あらためて考えてみよう。なぜ内外価格差なのか。そこには、わが国の農政の基本的な方向に関わる、重大な2つの理由があるからである。

◇関税交渉と内外価格差

森島 賢氏
もりしま・まさる
昭和9年群馬県生まれ。32年東京大学工学部卒。38年東大農学系大学院修了、農学博士。39年農水省農業技術研究所研究員、53年北海道大学農学部助教授、56年東大農学部助教授、59年東大農学部教授、平成6年立正大教授。16年定年退職。現在(社)農協協会理事。著書に『日本のコメが消える』(東京新聞出版局)など。

 1つの理由は、いうまでもなくWTO交渉やEPA(経済連携協定)交渉との関わりである。この交渉で、今後の日本のコメの関税率が決まる。輸出国は、大幅な引き下げを要求しているが、日本はどこまで妥協できるのか。
 関税率をどれほどの率にするかによって、日本のコメは、ただちに壊滅するかもしれない。それは内外価格差との関連で決まる。
 もしも仮に、内外価格差が3倍以下なら、つまり、輸入米の価格が国産米の価格の3分の1以上なら、関税率は200%で輸入を防げる。しかし、内外価格差が10倍なら200%では輸入は防げない。だから、日本のコメは壊滅するだろう。

◇直接支払制度と内外価格差

 もう1つの理由は、いま政府が、国内農業政策の最も重要な柱に据えようとしている、直接支払制度との関連である。
 この制度は、輸入を完全に自由化して、つまり関税をゼロにしてコメで言えば、国内米価を国際米価にまで引き下げることを目指している。しかし、それでは国内生産者は立ちゆかない。だから、米価と生産コストとの差額を、政府が生産者に直接支払う、という制度である。
 コメの輸入を完全に自由化した場合、国内米価はどれほど下がるか。そして、政府は直接支払のために、どれ程の財源を用意しなければならないか。
 もしも仮に、内外価格差が3倍なら、国内米価は3分の1に下がるし、10倍なら10分の1に下がる。3倍か10倍かによって、政府が生産者に支払う金額は大幅に違う。
 いずれにしても、政府は財源がないという理由で、また、構造改革という名目で、すべての生産者に支払うつもりはないようだ。しかし、もしも10倍だったら、極めて僅かな数の生産者にしか支払えない。それでは、コメが壊滅するどころか、農村共同体が崩壊してしまうだろう。

◇共通認識がない

 研究者は、このように重大な内外価格差を、どう見ているのだろうか。ある研究者は、3倍程度と考えているが、ある研究者は、10倍と考えている。これほど違っているのに、両者の間で議論はない。
 この議論は、哲学の入り込む余地の少ない、事実認識の議論だし、日本のコメの命運を定める重要な議論である。だが、研究者の間に共通認識はない。
 これではWTOやEPAで腰の据わった交渉はできないのではないか。国内政策の柱が据わらないのではないか。また、これでは学問の権威はますます失墜するのではないか。
 筆者は10倍程度と言っているが、残念ながら反論する研究者はいない。それにもかかわらず、3倍程度だろう、と考えるのが多くの研究者の常識らしい。
 この常識は、日本のコメを滅ぼすことになる、と筆者は憂えている。

◇国益に反する3倍説

 では、なぜ3倍なのか。その根拠を推察してみよう。周知のように、いま、わが国は2種類の米を輸入している。加工米といわれる一般MA(ミニマムアクセス)米と、主食米のSBS(売買同時契約)米である。その入札結果をみてみよう。
 昨(03)年度の平均価格をみると、一般MA米の輸入価格は3428円(玄米と精米こみ、以下ではすべて60kg当たりに換算)だった。これを政府は5837円で売っている。内外価格差は1.7倍である。
 一方、SBS米(うち一般米)をみると、輸入業者は6677円(玄米と精米こみ)で輸入して政府に売り、17613円で買い戻して国内で売っている。内外価格差は2.6倍である。
 これらの事実を根拠にして、内外価格差を3倍程度とみておけばよい、と考えているのだろう。このように見れば関税率は200%にまで下げても輸入を阻止できることになる。
 しかし、この見方は誤りだろう。これを根拠にして国内外の政策立案の基礎資料にすれば、国益に著しく反する重大な過ちを犯すことになるだろう。
 たしかに、いまの輸入制度のもとでは、内外価格差は3倍程度だが、今後、輸入制度を変えようというのである。より完全な自由化が世界の潮流であり、コメもその流れに乗ろうというのである。
 そうなれば、将来は現状の延長線の上にはない、とみるべきである。日本への輸出をめぐる輸出国の間の競争は、熾烈を極めるだろう。
 この競争に勝てば、世界最大の輸出国のタイは輸出量を2倍に増やせるし、友好国のアメリカは生産量を倍増できる。隣国の中国も輸出余力は十分にある。
 これらの国々が激しい競争を行う結果、日本への輸出価格は、国際米価に限りなく近づくだろう。では、国際米価はどれ程か。

◇国際比価は10倍

 国際米価は、今年は暴騰していて参考にならないので、昨年までの3年間の平均価格でみてみよう。タイの輸出価格は1175円(玄米換算)である。海上輸送費は60kg当たり250円程度である。だから、わが国での輸入価格は輸送中の保険料などを加算しても、せいぜい1500円程度である。
 一方、国内米価をみると、今(10)月までの本年度の平均価格は16162円である。だから、内外価格差は10.8倍である。
 ちなみに、先々(8)月に行った中国の現地調査(立正大学大学院生の陳鐘煥氏)によれば、昨年の米価は例年よりも高かったが、それでも農家庭先価格は1300円だった。輸送費などを加算しても、わが国の国内米価の10分の1である。
 このように、内外価格差は10倍程度と考えておかねばならない。コメの輸入自由化をさらにおし進めるというのだから、関税率を900%以下に下げれば、わが国のコメは壊滅してしまうだろう。200%で輸入を防げるとは、とうてい考えられないのである。
 国内米価を国際米価にまで引き下げても、翌年の再生産が可能なように補助金を出す、という直接支払制度は、莫大な財源が必要になる。内外価格差を3倍程度と想定した財源では、全く不十分になって、この制度は破綻するだろう。

◇生産費も10倍

 ここで補足すべきことが3点ある。
 第1点は完全に自由化すれば、米価は生産費と同じになる、という点である。では国際的な生産費はどれ程か。アメリカのコメ生産費は国際的にみて高く、膨大な補助金に依存して生産を続けているのだが、それでも政府資料(04.2.12)によれば、わが国の9分の1程度としている。
 タイや中国の生産費はアメリカよりもさらに安い、とみておかねばならない。
 
◇食味は同じ

 もう1点は輸入米の食味についである。いくら安くても輸入米は不味いから、日本の消費者は買わないだろう、という点である。
 この点についての筆者の考えは、国産米とほとんど同じ食味のコメが、しかも、いまの国際米価で輸入される、という考えであるが、詳しくは本紙の7.22日号などを参照されたい。

◇安易な従価税換算

 さらに、もう1つ補足すべき点は、関税率を従価税で論じた点である。これは、これまでの多くの論説にならったもので、あくまでも理解しやすいと考えてそうしたのである。しかし、ここには重要な問題がある。
 周知のように、いま、わが国はMAで決められた以上の量のコメを輸入するばあいの第2次関税は1kg当たり341円と決めている。つまり、従価税ではなく、従量税なのである。政府はこれを従価税に換算すると490%になると言っていて、それがひとり歩きしている。
 この点は重大な問題で、輸入米価が想定したより安くなったばあい、従価税は輸入しやすくなって、国益を害することになる。だから安易に従価税に換算すべきではない。まして政府が換算すれば、それは、わが国が従価税を公式に容認したことになるだろう。

◇国境措置で自給率の向上を

 さて本論の戻って、では、どうすれば良いのだろうか。
 農基法では、農政の最も重要な目的は、食料自給率の向上だ、としているし、7月の参議院選挙では与野党のすべてが自給率の向上を公約している。だから、政府はそれに反するコメのさらなる輸入自由化はめざしていないこと、つまり国内米価を国際米価に近づけることはしないことを、明確に表明すべきだろう。
 このことは、すでに国際的には行っている。つまりWTO交渉におけるわが国の基本的な主張である「日本提案」(00.12.8)で「農業は…各国にとって自然的条件、歴史的背景等が異なる中で、多様性と共存が確保…され続けなければならない」と宣言している。
 そして、それを具体化するためにセンシテイブ品目(重要品目)の設定などを提案し、その実現のために外交努力を重ねている。
 これに反して、国内政策は全く不十分である。「食料・農業・農村基本計画」を検討している政府の審議会は先月「中間論点」を発表したが、「国境措置に過度に依存しない政策体系…」と言っているだけで、では「適度な国境措置」はどういうものか、また、どの程度のものなのか、説明は全くないし、今後検討する気配さえもない。

◇国境措置の設定は政治の責任

 国際化という、いわゆる流れの中で、政治は各国農業との共存を図るために、わが国の稲作の自然的条件と歴史的背景を、どのように今後の政策、ことに国内政策に取り入れるかを、早急かつ具体的に検討すべきだろう。そして、国内米価を今後どの程度の水準にするか、を明示すべきである。それは市場が決めることだ、などと無責任に政治が逃げてはならない。
 国内の米価水準は国際米価から直接影響させないこと、まして国際米価に近づけることはしない、ということを、国内、ことに財界に対して宣明すべきである。それは農業者の強い主張であるし、多くの国民の主張である。

(2004.10.28)


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