農業協同組合新聞 JACOM
   
農協時論
営農指導事業の強化にどう取り組むか
小林 一 鳥取大学農学部教授


小林 一 鳥取大学農学部教授
こばやし はじめ
1950年7月生まれ。島根県出身。北海道大学院農学研究科博士課程修了。石川県農業総合試験場農業経営科長、鳥取大学農学部助教授などを経て1998年より現職。
著書に『新時代の農業経営への招待』(共著)農林統計協会、『経営成長と農業経営研究』(同)農林統計協会、『中山間地域の農業の支援と政策』(同)農林統計協会などがある。
 日本農業が停滞局面に陥って久しい。食料自給率の向上や農村の活性化が叫ばれてはいるものの、出口が見いだせないままでいる。ここでは農業の再生、農村の活性化に対して重要な鍵を握る農協営農指導事業の強化について述べてみたい。

◆営農指導員の削減と経済事業の後退

 2001年の農協法の改正によって、営農指導が農協(JA)が重視すべき第一の事業として位置づけられた。第10条には、営農指導事業について「農業の経営及び技術の向上に関する指導」と定義されている。旧来の農協法では、同事業の扱いが弱かっただけに意義は大きい。営農指導事業に対して大きな位置づけが与えられた背景には、近年の農業生産の縮小とJA経済事業の不振がある。また、JAグループが急速に進めてきたJAの広域合併の中で、営農指導事業の後退が進んできたことによる影響も大きい。
 近年のJAの動向を整理してみると、営農指導事業とJA経済事業の後退が密接に関連していることがわかる。1990年から2005年までの16年間で、総合農協の数は広域合併等により3,688から894にまで激減した。この動きと併行して営農指導事業を担当する営農指導員の数が、90年の1万8,938人から2002年の1万5,579人に減少した。結果として、営農指導員1人当たり正組合員戸数は、293戸から331戸に増加することになった。営農指導員1人当たり正組合員数の増加の程度は、正組合員数3,000〜4,999戸以上の大型農協の階層で顕著に表れている。
 もちろん、営農指導員の削減が当該事業の縮小に必ず結びつくというわけではない。員数減をカバーする有効な手段が講じられるならば、問題は生じないはずである。ところが、同一期間中に総合農協の販売事業総額が、6兆4,113億円から4兆7,351億円に縮小した。販売、購買、共済、信用、その他事業を合計した事業総利益は、2002年には2兆1,282億円と、15年前の水準にまで減少した(農林水産省「総合農協統計表」)。

◆基本は農業生産の回復と振興

 これらの販売事業総額や事業総利益の減少は、近年における農産物輸入の増大や農産物価格の下落等による農業生産環境の悪化によるところが大きい。同時に、JA組織内部における営農指導と他の経済事業との密接な関係が窺える。そのため、JAが営農指導事業の強化を鮮明に掲げた姿勢に、事業利益の回復をめざす意図を読み取ることができる。そこでは、営農指導事業を基軸にしながら販売、購買、信用、共済等の経済事業を拡大する方向が追求されている。ただし、営農指導事業の強化の方向性は打ち出されたものの、具体策に関しては多くの検討課題を残している。
 たとえば、営農指導の強化策の一環として、指導重点の変更が提起された。従来の営農指導事業は、生産指導に中心をおいてきた。その活動に対して、重点を販売戦略に基づく生産誘導に転換する必要性が指摘された。ところが、指導内容を変更するには、早速に解決しなければならない問題が浮上する。「単なる集荷事業」と言われてきた単位農協レベルでの販売事業を、いかにして主体的な戦略的対応に転換させるのか。JA全農、JA全農都府県本部及びJA経済連、単位農協との間での販売事業を巡る調整秩序をどのようにして形成するのか。大型化したJA組織間でこれらの課題を解決することは簡単ではない。
 今後の営農指導事業の強化策について考えるとき、販売戦略の展開にも増して力を注がなければならないのが農業生産の振興、回復である。政府は、WTOのもとで国内の農業・農村の安定的維持を図るための国際戦略として、食料安全保障と農業の多面的機能を重点的に掲げている。これらの目標を達成するには、農業生産の増強が基本となる。そして、農業・農村の活性化に取り組む担い手の確保が前提条件となる。営農指導事業がこのような役割を担うには、同事業が基本規定としている、組合員に対する教育的指導活動の原点にいま一度立ち返ることが重要であろう。そのための営農指導員の資質向上、営農指導組織の充実等に力を注ぐ必要がある。

◆担い手育成は組合員の組織化が柱

 農業・農村の活性化と係わって、営農指導事業に求められている大切な役割の一つが担い手育成である。JAの基本的役割は、組合員の営農と生活に関する活動支援にある。併せて、組合員の要望に答えつつ、地域農業推進の役割を担う。こうした基本に照らして考えると、農業の担い手確保についても政府とは異なるJA独自の路線が求められる。農林水産省は、担い手を認定農業者等の特定の農業経営に絞り込む方針で政策推進にあたっている。しかし、そうした政策だけで農業、農村の安定的な存続が可能になるとは考えられない。JAには、意欲をもって農業経営の確立に努める組合員を育成する責務がある。これらの多数の組合員を結集して、地域農業の再建に取り組む役割がある。JAは、これまで地域営農集団や地域農場システムの育成運動を通じて、地域農業の担い手確保にあたってきた。組合員の組織化を柱とした担い手育成の独自路線を、今後の運動にいかように反映させていくのか、営農指導の真価が問われている。

◆情報対応力を強め 環境変化の的確な把握を

 営農指導事業が扱う業務内容は多種にわたる。さらに、社会経済の発展に対応して、強化すべき領域と機能が増加してきている。JA全中では、現段階の営農指導事業の役割として、組合員の営農に関する技術及び経営の指導、地域農業振興計画の策定、農家の営農設計の指導、土地条件の集団的整備、産地形成の指導、生産者組織の育成、農業・農村の担い手育成、その他の多数をあげている。これらの中から、営農指導事業の強化に向けて重点的な対策が必要とされるものとして、次のような項目を指摘できる。
 第一に、営農指導の要となる生産指導体制の強化。この中には営農指導員の役割の明確化、JA内の営農指導組織の整備、担い手育成、大型農家・農業法人との連携、農業普及事業との協力等の課題が含まれる。第二に、営農指導事業の多面化への対応。現在、JA全国連を中心にJA事業改革について各種の企画提案がなされている。営農指導事業に関しても販売、購買事業と連結した活動の強化策が検討されている。この中には営農指導員のマーケティングに関する能力の向上、及び戦略の確立、マーケティング戦略に基づく計画的生産、生産資材を供給する営農指導員の技術指導能力の向上等の課題が含まれる。第三に、地域農業振興計画の策定。この中には地域農業振興計画に基づく地域農業指導、環境変化に応じた振興計画の見直し、営農企画担当部署への専門職員の配置、地元農業関係機関との連携等の課題が含まれる。第四に、営農指導の情報対応力の強化。この中には、営農指導員の情報対応力の向上、営農指導以外のJA事業との情報の共有化、営農情報センターの整備及び指導体制の確立、電子商取引による市場対応等の課題が含まれる。
 営農指導事業重視の提起がスローガンにとどまってはならない。JAを取り巻く環境条件の変化を的確にとらえ、上記のような諸課題に適切な対策を講じていくことが望まれる。
(2005.5.16)


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