農業協同組合新聞 JACOM
   
農協時論
「農を軸とした地域協同組合」をめざすために
福井県立大学 経済・経営学研究科助教授 北川太一


◆JAにおける「地域」の意味

福井県立大学 経済・経営学研究科助教授 北川太一
きたがわ・たいち 昭和34年兵庫県西宮市生まれ。鳥取大学農学部(助手)、京都府立大学農学部(講師)、同大学院農学研究科(助教授)を経て、平成17年4月より現職。主な著書として、『新版 農業協同組合論』(JA全中、共著)、『中山間地域農業の支援と政策』(農林統計協会、分担執筆)、『あなたが主役、みんなが主役―JA女性読本―』(JA全中・JA全国女性協、分担執筆)など。
 組合員のくらしに根ざしたニーズや思いを事業や活動を通して実現し、その社会的目的を追い求めていくのが協同組合であるとするならば、JA(農業協同組合)における「思い」や「社会的目的」の中心は、当然「農」にある。したがって、JAが目指すべき姿は「農を軸とした地域協同組合」である。ただし、「農」の意味を狭義に捉える必要はない。農業生産や農業経営はもとより、地域の資源としての農地、くらしの場としての農村空間、さらには、食文化、食農教育、消費者との交流など、広い意味での農を切り口としてネットワークを作り、広がりを持った事業活動として展開していくことが、これからのJAにとって重要になる。ところが、こうした「農を軸とした地域協同組合」の実現を目指していくうえで、隘路となるいくつかの問題が存在している。
 一つは、「地域協同組合」という意味内容をめぐってである。「地域協同組合」という言葉が、いつの頃からか事業(特に信用・共済事業)の伸長を目的とした地域住民の利用増進、その延長線上としての准組合員の加入促進と結びついてしまった。言い換えれば、農の観点を軽視して、営農関連以外の事業を推進していくための隠れみのとして使われ始めた。
 「農を軸とした地域協同組合」と言った時の「地域」とは、「地域社会」の意味として捉えるべきであろう。JAが農と関わりが深い協同組合であるならば、JAは農の持つ特性、すなわち、農地という面的な広がりや農村という空間的な広がりを有し、農に関心を持つ人たちが住む地域社会と密接に結びついているはずである。したがって、JAは制度的には「非営利・非公益」の存在として規定されるとはいえ、「地域公益的」な目的を追求していくことが、当該地域で存立していくための重要な条件になる。

◆「適正規模論」なきJA運動の克服

 次に指摘しなければならない問題は、現在のJAにおいて、地域を舞台とした協同活動を行っていくための適正規模と、専門的な事業を展開するために確保すべき適正規模とが著しく乖離してしまったことである。
 本来、JAの合併問題は、適正規模論と密接に関連していなければならない。事実、JA合併の歴史的な系譜をトレースしてみると(注)、例えば、1970年代における広域合併の論拠は、当時JAグループ(系統農協)の重要な運動課題であった「広域営農団地構想」の実現と結びついたものであった。さらには、1988年の第18回全国農協大会で提起された「1000農協構想」は、市や郡をエリアとする広域合併農協を作ることが目的であり、当時の市と郡を合わせた数がおよそ1000になるという論理があったはずである。
 ところが、1990年代に入って農協の広域合併の目的が金融自由化対応になり、経営基盤の強化になり、ひいては組織の生き残りのためになった結果、適正規模論は片隅に追いやられてしまった。こうした流れが、資本主義経済の中に置かれた経済組織として必然的・不可避な方向であったとしても、組織の生き残りのための規模と地域に根ざした協同活動を展開していくための規模との乖離があまりにも大きく、しかもこの間、組合員組織対策をはじめとする有効な手だてを打ってこなかったつけが、今になって顕在化しているとみるべきであろう。
 いずれにせよ、仮に「JAバンクシステム」の下で金融機関としての破綻防止システムが正常に作動し、経済事業改革をはじめとする各種の「JA改革」がそれなりに成果をあげたとしても、地域での活動領域の空洞化が進行すれば、それはもはや協同組合とは言い難い存在である。今後、JAが協同組合として正常な道を歩むかどうかは、「農を軸とした地域協同組合」としての展開がどこまで図られるかという点にかかっている。そのためには、広域化したJAのなかに小さな協同のしくみを再構築していくことに力を注ぐべきである。

◆鍵を握る「トータルな指導事業」

 JAのなかに協同のしくみを作るための重要なポイントの一つは、営農および生活面活動といわれてきた領域の位置づけの見直し・再設定と、それに関わる「指導事業」の再編である。少々古い資料の引用であるが、1961年(昭和36年)に開催された「第9回全国農協大会」(決議)のなかに、次のような記述がある。
 「我々はとかく営農改善と生活改善を並べて使うけれども、本来は生活改善が目的であり、営農改善はそのための手段である。したがって農協としては、農家の生活文化の向上を目的とする活動を今後重視するべきである。」(傍点引用者)
 言うまでもなくJAの重要な使命は、農業所得の向上や地域農業の振興を支援することである。ただし、上記の引用を現代的に解釈すれば、個人・家族のくらしや農村地域社会という基盤があってこその農業所得の向上であり、地域農業の振興であると理解することができる。
 ところが、長い間JAにおいては「営農」と「生活」が二つの柱であると強調され、いつの頃からかこれらを別のものとして仕分けるようになってしまった。さらなる悲劇は、とりわけ生活指導事業の問題で、それが生活購買事業と結びつくもの、あるいは女性組織の事務局といった非常に限定的な捉え方が蔓延し、固定化してしまったことである。
 大規模専業的な農業経営や農産物の販売・マーケティング、あるいは介護事業をはじめとする本格的な福祉事業には、「専門的指導」による対応が不可欠である。しかしその一方で、営農と生活とが連携できるところは大いに連携すべきであろう。組合員や地域のなかに潜んでいるさまざまなタネを発掘し、それに水をやり、芽を出して育てていく「トータルな指導事業」に向けた体制整備と機能発揮が求められる。

◆集落営農の議論も一つの契機に

 さらに、組合員や地域住民が自律的に動くような仕掛けが必要である。この点に関連して、現在多くのJAが集落営農の育成に取り組んでいる。その際、国が示す非常に限定的な「担い手」対策への対応という点にのみ収れんさせるべきではない。重要なことは、今回の集落営農に関わる議論を契機として集落の現状を改めて見つめ直し、将来に向けての話し合いを行う機会として捉えること、集落や小地域を舞台とした農を軸とする協同活動や小さな事業起こしに向けて、前向きに話し合い、絵を描き、実践を試みることである。
 そのためにまず取り組むべきことは、地域内に存在する有形・無形の資源(人、作物、農林地、施設、技、文化、伝統、景観、動植物など)を再点検し、それを活かすために知恵を出し合うこと、そして話し合いに際しては、性差や世代を超えた多様な個人が参加・参画できるような運営を工夫することである。JAには、こうした現場での主体的な活動を促すために、ある時は後方から、またある時には前面に立って応援することが求められている。
(注)この点については、拙稿「農協合併問題の歴史的系譜−農協合併推進方策の変遷とその背景−」『農林業問題研究』第26巻第2号(1990年)を参照のこと。

(2006.3.31)


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