農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

IPMのいま
スケジュール的防除から考える防除へ
第6回IPM検討会を中心に



 IPM(総合的病害虫・雑草管理)が提唱されてから久しい。
 モモの産地としてフェロモン剤の現地試験段階から参画し、登録と同時に同剤の普及拡大に取組んできている福島県伊達地域や、本紙がシリーズ「明日の日本農業をつくるIPM」(17年3月15日号から6回連載)で取り上げた高知県の施設園芸など、病害虫や雑草の防除にIPMを取り入れている産地はかなり多くなっている。また、国は16年から「IPM検討会」を開催し、今年6月の第6回検討会で政策的な提案を行い、積極的にIPMを推進していく姿勢を打ち出した。そこで、国が提案している内容と課題について考えてみることにした。

◆国が積極的に普及する姿勢を示す

第6回IPM検討会であいさつする 別所植防課長 (6月11日)
第6回IPM検討会であいさつする
別所植防課長 (6月11日)

 第6回のIPM検討会で農水省は、従来の技術的検討から一歩踏み出して「IPMを実際に生産現場に普及・定着させていくためには、国としてどのような施策を執ることが必要かを検討したい」として次のような施策を提案した。
すでに本省で水稲・キャベツ・カンキツについて全国モデルを作成しているが、各農政局ごとに主要作物の実践指標モデル案を作成(北海道・東北はリンゴ、関東は梨というように)する。
IPM要素技術をとりまとめ、IPM基礎技術モデルを作成する。
IPM要素技術をデーターベース化し目的にあった防除手法の選択を可能とする対話型ソフト「IPMナビゲーション」の構築。
IPMへの取組みを誘引するために、行政担当として、他の施策(認証や農地・水・環境保全向上対策など)と一体的に進めるなど施策的活用。
IPM定着工程表の策定、IPM意見交換会(流通や消費者との)開催。
 これについて農水省消費・安全局植物防疫課の大岡高行課長補佐は「IPMを推進するための試案を提案した」のであり、今後の検討をまってよりよいものにしていきたいと語る。そして各地域における実践指標モデルについて「IPMは概念ではない。人によって考え方や基準が違うが、基本的な考え方とポイントをまとめたベーシックなものをつくる」とのことだが、この実践指標を個々の農家にすぐに理解してもらうことは難しいので、地域のリーダーを育成し、JA生産部会などで取組んでもらえるようにしていきたい。そのためのツールとして「IPMナビゲーション」を構築したいのだという。
 要は、いままで各地の試験場などで研究・試験されてきた成果を集積して、多くの人が必要なときに活用できるものとすること。個々の農家に一気に普及することは難しいので、地域やJA生産部会のリーダーなどに理解してもらい、その人たちを核にして普及していく。そのときに各種の施策との連携をとるようにするということだ。
 さらに、消費者団体や流通業界でのIPMの認知度を考慮し、そこでの理解を広めるための情報提供などを進めていく。

◆環境負荷軽減型IPMには疑問も

 国が考えるIPMとはどういうものなのか。IPMにはいろいろな考え方があるが整理すると、「古典的IPM、持続的農業型IPM、環境負荷軽減型IPM、天敵活用型IPM、減農薬型IPM、そしてFAO型IPMに分類できるのではないか」と農薬工業会IPM対応会議の水野晶巳座長はいう。
 農水省が17年9月に各農政局経由で都道府県に通知した「IPM実践指針」では、化学農薬が環境への負荷をもたらすともとれる表現がなされたうえで、IPMの目的を「我が国農業全体を環境保全を重視したものに転換することにより、消費者に支持される食料供給を実現する」としており、国がめざすのは「環境負荷軽減型」だといえる。
 農薬工業会が昨年都道府県の植物防疫に直接関係する部署などを対象に行った調査では、「IPMは今後どの程度の割合(栽培面積)を占めるようになると思いますか」との問いに、半数以上が「分からない」と回答している。これには、国が進めるIPMが現状の防除手段を上回る効果や農家メリットを生み出すのかどうか不明確なことや減農薬栽培が先行しており、これとIPMがどう関連するのか不明なことがあるのではないだろうか。
 さらに、病害虫防除に農薬は「不可欠」とした回答が84%あり「どちらかといえば必要」を合わせると96%に達し、化学農薬がIPMに不可欠な手段だと現場に近い県段階では位置づけられている。(図1、2参照)

図1・2

◆ほ場の状況に合わせて適切な手段を組合わせる

 国が一歩踏み込んだ施策を提案してきた背景には、このようにIPMが一定の広がりはみせているものの必ずしも生産現場にまで浸透し、普及できていないということがあるのだろう。
 FAO(国連食糧農業機関)は「全ての利用可能な病害虫防除技術を慎重に考慮のうえ、病害虫密度の増加を抑え、かつ農薬およびその他の防御措置を経済的に適正で人の健康と環境への危険を軽減あるいは最小にする水準に維持する適切な手段の統合」をIPMとしている。つまり、化学的防除・生物的防除・物理的防除・耕種的防除など有効な手段を適正に組合わせて行い、ある時期に徹底的に殺滅するのではなく、農産物の収量や価格に実害がない程度に防除すれば十分だとする考え方だ。IPMは防除手段ではなく考え方あるいはシステムだ。
 毎年暦に合わせて単にスケジュール的に防除するのではなく、常日頃からほ場をよく観察し病害虫などの発生を予測、そのときどきの状況にあわせて適切に防除することでもある。そのためには、どのような有効な手段があるのかを知らなければならないが、国が構築しようとしているIPMナビゲーションは、環境負荷軽減型を目指さなくても有効だといえるので、1日も早い実現がまたれる。
 そして従来の「スケジュール防除から意識し考える防除へ」(大岡課長補佐)変えていくことがIPMの第一歩だといえるのではないだろうか。

◆最大の課題は経済的な保障では

 実際にIPMを実践している産地や生産者に聞いてみると、「価格的なメリットはないよ」「コストは高くつく」という声が多い。IPMで農薬使用回数を減らしエコファーマー認証を得ることで、市場で無認証のものより優先的に買い取ってもらえるのがメリットだという産地もあるが、フェロモン剤を使わないと取扱わないといわれるからという産地もある。IPMに取組んでも経済的なメリットがみえない―。これが広く普及しない要因だといえる。
 IPMに取組むこと自体がキチンと評価され、一定の経済的保障がされるようになることが、IPM普及の最大の課題ではないだろうか。(関連記事へ 「日本肥糧」 「クミアイ化学工業」

(2007.8.23)
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