農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

徹底討論・日本の農政改革

2006日本農業経済学会 シンポジウムより




 3月30日に開かれた2006年度日本農業経済学会では、シンポジウム「徹底討論・日本の農政改革」が行われた。基調報告者は田代洋一横浜国立大大学院教授と本間正義東京大大学院教授。WTO農業交渉への対応や担い手育成策、農地制度のあり方など考え方の異なる両教授が持論を展開。相違点も浮き彫りになったが、今後の農政課題としての焦点も示された。シンポジウムの概要を紹介する。

左から本間正義氏、神門善久氏、長南史男氏、生源寺眞一氏、磯田宏氏、田代洋一氏
左から本間正義氏、神門善久氏、長南史男氏、生源寺眞一氏、磯田宏氏、田代洋一氏

基調報告(1)
東アジア共同体のなかの日本農業
−農政「改革」批判

◆農政が与件とすべきは「格差社会」

 横浜国立大大学院の田代洋一教授は、現在の農政改革は(1)WTOでの国際規律の強化、(2)農林予算の3兆円以下への削減を「与件」として考えられていると指摘。国際規律の強化への対応からは「品目横断的直接支払い政策」、予算の縮小からは「担い手限定」という手段が導き出されたとした。田代教授は現在の農業政策をこう分析し、「与件対応型政策」だとした。
 しかし、現在の与件としてふまえるべきものとして、田代教授は食料消費支出の減退を強調した。とくに若い世帯ほど食料消費支出の減退傾向が激しく、その背景には非正規労働の増加による格差社会、下流社会化があると指摘、これが人口減少化社会と重なれば、日本農業は需要面から存立基盤が大きく狭められると語った。

◆整合性に欠ける農政改革

 また、「政策目的」と担い手を限定した日本型直接支払い制度などの「政策手段」が整合性を持つかどうかを検討した。
 関税引き下げによる内外価格差の是正、収入変動の緩和という目的については、関税引き下げの影響を受けるにのは全農家であることから、担い手だけを補償する政策は公平性に欠けるとした。構造改革を加速させるための担い手育成についても、交付金額の絶対水準が上がるわけではなく特別な効果は期待できず、むしろ担い手以外の農業者の「追い出し効果」をもたらすのみと分析する。
 WTO協定への対応という点では、複数作物の組み合わせ、生産量・品質に基づく支払い、面積拡大への配慮などの仕組みや、米の生産調整を認定農業者の要件としたことなどが、農業協定の「緑」の政策要件である生産量、生産形態などに関連させないといった規定にすべて反すると指摘。さらに政策の大目的の「自給率向上」についても担い手限定の政策であることや、支払いが過去の作付け面積ベースで行われることなどを考えれば自給率向上との整合性は持っていないと批判した。また、自給率よりも自給食料の確保こそ目的とすべきと強調した。
 今回の農政改革では産業政策と地域政策を明確に区分することも強調されている。農業資源・環境保全施策も地域振興策と位置づけられている。しかし、日本はWTO交渉で農業の多面的機能の重要性を主張し、それが農業生産活動と密接不可分のものであることから国内農業が支持されるべきとしてきた。その点で産業政策と地域政策の区分は農業生産と多面的機能を切断するものであり、自らの主張の根拠を否定することになっていると指摘した。

◆東アジアと多次元の関係を

 こうしたなか、各地で担い手育成に取り組んでいるがなかでも集落営農の「大合唱」となっている。田代教授は協業は人の心の問題で無理強いできるものではなく、まして最初から法人化など経営体としての要件を押しつけるべきではないとした。
 また、企業の農業進出の実態も地元農家出身がほとんどであり、田代教授の調査によれば農地取得のための投資を希望する法人はなく事業拡大にための投資を望んでいるのが実態だという。
 農地制度については、全国的に開発不自由の原則に立った土地利用計画の強化こそ求められていると主張。また株式会社の農地取得は農地耕作者主義の崩壊につながり、それは農地をあくまで農地として利用することが確実な者にのみ取得を認める農地耕作者主義が、一方で転用規制にもなっているという法的な根拠を失うことになると指摘した。
 今後の課題としてあげたのが、東アジアとの関係。「東アジアが米をめぐる関税引き下げでつぶしあいをしても先進輸出大国がほくそえむだけ」とし、灌水稲作農業という共通点に立ち、農村貧困問題の解決など多様な次元での国際協力を組み合わせていくことが必要などと語った。

基調報告(2)
国際化に対応する
日本農業と農政のあり方

◆関税削減避けられず

 東京大大学院の本間正義教授は共有すべき危機意識として「グローバル化と避けられない関税削減」、「進まぬ構造改革と農地集積」、「担い手は日本農業の旗手か」などを挙げた。
 とくにWTO交渉については「楽観論がまかりとっている」と強調し、ウルグアイ・ラウンド交渉で実質的な関税削減は次の交渉の課題とされたと指摘。日本は日本提案で「多様な農業の共存」が交渉の基本哲学となるべきと主張しているが、そもそもWTOの基本哲学は「貿易の拡大を通じた経済的繁栄」にあるとした。農業の多面的機能への配慮も農業協定に盛り込まれているが、それは関税削減につながらないことを意味せず、むしろ多面的機能に配慮すれば「永続的な保護の論理をビルトインすることになってしまう」。
 上限関税の議論も国内では輸出国が突如提案してきたように受け止められているが、2000年の交渉開始時点からすでに米欧でタリフピークをめぐって議論されていたこと、と本間教授は指摘した。
 交渉の構図も米欧対途上国となっており日本など輸入国の発言力は低下、国境措置の議論はG10では大きなテーマだが交渉全体では「弱いイシュー」だとした。
 こうしたことからも関税削減は不可避と考えるべきだという。

◆自給率目標、不明確な目的

 そのうえで本間教授は関税削減など国際化のなかで展開されようとしている農政改革について検証した。
 現在の農政は食料自給率目標を設定しているが、自給率向上の目的は「誰に聞いても明確ではない」と批判、多面的機能の保護が理由だとするならその目的のためには農業保護とは別の施策で対応してもいいはずとした。
 また、担い手を限定する施策について「マーケットがうまく機能するまでのつなぎの意味で限定するなら理解できるが、本来はマーケットが担い手を決める」と主張した。
 さらに構造改革を促進するためには「選ばれた担い手に、さらに構造改革を進めるためにすべき課題が盛り込まれているべき」として、規模要件は示しているものの構造改革を促進させるための一層の規模拡大などの方向が現在の政策では示されていないことが問題だとした。また、担い手要件を規模ではなく販売金額ベースを基準にした設定もありえるとし、それによって新規参入の促進にもつながるとした。

◆農地集積と「黄」政策活用を

 本間教授は緊急の農政課題は耕作放棄地の増大や、農地集積の遅れ、高い転用期待などの問題を抱える農地制度改革にあるとし、農地利用と所有の分離、税制の見直しなどで小規模農地の保有コストが高くなるような改革が必要だとした。
 担い手育成、支援策について、本間教授は品目横断的な直接支払い政策はヨーロッパのように構造改革がなされた後の農業生産維持のために導入すべきものであって、日本ではまず担い手が規模拡大や増産意欲を持てるような短期的措置が求められていると主張。「黄」の政策で日本は2000年約束水準約4兆円の8%の7300億円まですでに削減しており、かりに今回の交渉で2000年水準の50〜60%の削減約束が合意されたとしても、「黄」の政策として約2兆円の支出可能になる。それを活用して生産意欲が持てるように生産刺激的な政策を短期的に導入して担い手を育成、その次にさらなる関税削減に対応した構造改革を進めるという手順を踏むべきとした。
 その際、めざすべき方向はコメ偏重からの脱却と食料安全保障政策とは無関係の食料自給率目標からの解放だとし、また、「アジア共通農業政策」の構築に向けて、二国間を超えたFTA、EPAの重要性、労働移動の自由、日本農業者のアジア進出などを考えるべきなどと主張した。

「集落営農」で意見分かれる
パネルディスカッション

◆どう描く、日本の農業像

 今回のシンポジウムでは共同討論者からも報告された。
 九州大の磯田宏助教授は現在の農政改革批判派の立場から、農業生産と多面的機能の「担い手が多様である現実から出発」し、基本的な価格・所得政策政策はすべての生産・販売者を対象にすべきと主張。コメについて固定基準価格に基づく不足払い制度の導入と国による生産調整政策の継続、麦・大豆の生産費をカバーする持続的な直接支払い政策などを提言した。
 明治学院大学の神門善久助教授は「日本人が日本国内でやる農業が日本農業だという発想を捨てるべき」と主張、グローバリーゼーションのなかでどう国際化を進めるかを考えるべきと強調した。
 資本・労働の国際移動、透明・公正な農地利用計画を前提に、とくに広範な市民参加による土地利用計画の策定、転用権の入札、資産税の引き上げなどの農地制度改革を強調した。

◆構造改革に向けた動きを

 パネルディスカッションで座長の生源寺眞一東大大学院教授は、今回の農政改革の目的について「水田農業の深刻な担い手不足が出発点」とし、構造改革に向けた動きを作り出すことが大事で今の構造を固定化するのは問題と指摘した。
 また、集落営農については農地の団地化ができるなど強みがある一方で、担い手が育成されるかどうか「人」の問題に弱みがあると指摘し、今後、経営体としての内発的な発展の力が出てくるかどうかが課題とした。
 これに対して田代教授は定年退職者が次々と集落営農組織で農業をはじめ順に後継者となっていく例もあるとし「経営体でなければならないと強調するのではなく、後継者が一定程度いれば担い手として認めていくべきではないか」と述べた。
 一方、本間教授は補助金の受け皿にしかならない集落営農づくりが懸念されるとし、きちんと法人化して担い手になるべきと強調するとともに、株式会社には長期に安定した経営をするには農地を取得したいという意向があると田代教授に反論した。
 ただ、安定した農業経営を集落営農にしろ個別経営にしても続けるためには「借地経営の安定」が共通して課題とした。
 座長を務めた長南史男北大大学院教授は「学会としても今後も政策研究の蓄積を増やして政策提言なども考えるべき」などとまとめた。

(2006.4.11)


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