農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

 

インタビュー
 
食料供給構造全体の変革が課題
上原征彦氏
食料供給コスト縮減検証委員会委員長
(明治大学大学院グローバルビジネス研究科教授)


 5年間で2割縮減の目標を実現するために設置された食料供給コスト縮減検証委員会が6月12日にスタートした。(関連記事)当面の課題と関係者がめざすべき目標は何か。上原委員長に聞いた。

 

生産、流通、加工業界の「関係の変化」から
縮減方策を見極めたい

◆生産と流通の機能分担

上原征彦氏

 ――委員会では生鮮品段階までの生産・流通を優先的に検証していく方針ですが、生産サイドにだけしわ寄せがこないかとの声もあります。

 上原 生鮮品段階までは農水省としてもっとも政策的に取り組みやすい部分だから、まずそこから検証していこうということでしょう。私は他の領域が関わる問題にも手をつけざるを得ないし、また、手をつけようというのが今回の委員会の目的だと思っています。
 たとえば生産者に行動を変えてもらわなくてはいけないといっても、それには卸など流通業者だけでなく、加工業者、外食の課題も考慮しなければなりません。生産段階だけで食料供給コストの削減はできません。他の分野がどう変わればいいか、それに応じてこちらもどう変わるべきかという、その関係を具体的に見ていく。生産者が何をして、流通が何をするか、その機能分担を見極めていくということだと思います。

 ――最近では栽培履歴記帳や農産物検査の民間移行など、安全・安心確保のコストが生産サイドに負担となっており、こうしたコストは生産、供給サイドだけが負担すべきことなのかという意見も聞かれます。

 上原 そこは少し違うのではないかと考えます。現在、問題になっていることは競争が非常に激しくなっていることですが、そういうなかでトレーサビリティなども目指さなければならない、安全・安心を確保しなければならないといった問題が出てきているというのは、私はこれは競争の水準が上がったということだと思っています。言い換えればこの水準をクリアしなければ競争には入り込めないということです。
 そうなると安全や健康といったものに、きちんと対応していくために費用をかけて提供しなくてはならない。それを今までのコストに上乗せするという姿勢であるならこの水準の競争には勝てません。かつてのように価格は生産者や販売者にかかるコストに利益を乗せて決まるというのではなく、こうした水準の高い競争に対する顧客の評価が決めるという時代になっているわけです。
 したがって、安全を損なう方向では競争にも勝てないわけですから、そのコストを負担するには、たとえば、ずいぶんと非効率な分野があれば、そこから捻出していくという前向きの姿勢に立つべきだと思います。
 それが結局は食料供給構造そのものの変革に結びついていくことになる。コストを引き下げることと安全確保を二律背反的にみなすのは、現在の競争とは何かが分かっていないのではないか。むしろ二律背反ではないという考え方を持つことによって、初めて業界の改革ができると思います。

◆国民から支持されるシステムづくり

 ――国民から支持される食料供給システムにどう変わっていくかが問題であって、その結果として2割縮減という目標が達成されるという考え方で臨むということですか。

 上原 そうです。逆の言い方をすれば、従来の構造のままで、いろいろな分野でコスト縮減目標数値を積み上げるような対応では、2割縮減は難しいということです。
 ですから、全体が変わるということを念頭に置いて考えてみると、食料供給構造にはたとえば結構、無駄なところがありますね。そこを変えることによって、それに関連してどこを変えなければいけないか、という問題が出てきます。

 ――初会合でも無駄ということに関連して農産物の流通規格の簡素化といった問題も指摘されました。
 
  上原
 規格の簡素化のほかにも過剰な表示の問題もあると思います。また、安全・安心はもちろん大切ですが、そのためのトレサービリティ・システムについても過剰に厳密さを追求すればコストが上がります。
 ヨーロッパのようにブランドをトレーサビリティ機能の1つとして位置づけるということもあります。産地に有力なブランドがあれば、それ自身が証明になりますから、それに適切なトレーサビリティの思想を組み合わせれば、かかるコストも引き下げられ価格も安くなっていく可能性もあります。安全・安心の原則を大事にするといっても私たちは抽象的なことではなく、具体的にその原則を実現できる道を考えなければいけないと思っています。

◆消費者教育も視野に議論

 そのためには消費者教育も考えなくてはなりません。米国のスーパーマーケットに行くと果物は鮮度が高いものと低いものが並んでいますが、鮮度の落ちたものはそれなりの価格で売っています。しかも裸で並べてある。日本の場合は全部鮮度のいいものを揃えようとするし、しかもほとんどパッケージ化して売っている。これは一つの例ですがこういうことを日本はやりすぎではないか。
 私は生活の質を保証する実質的な品質が重要だと思っています。
 食品産業、食料産業、そして官も含めて、このようにすでに気がついていたり、あるいは気がついていても手をつけてこなかった問題をあぶり出していくことも今回は大切です。つまり、全体が変化するわけですから、生産にしても流通にしてもその変化との関連を見つけながら、方向性を見いだしていくことだと思います。
 そして最終的にコストを下げて利益が出れば、初めてそこで次の投資が生まれることになる。その投資によってさらに顧客に信頼される仕組みをつくっていくということが目標だと思いますね。
 また、すでに効率的な事業を実現している例もありますからヒアリングをして課題を追求していくこと、さらに先進的に生み出されたノウハウがほかに移転していかない制度、組織の問題についても踏み込んだ考察をしていきたいと思います。

(2006.6.26)