農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事
民主党農政への期待
森島賢 立正大学名誉教授



 野党第一党の民主党は、数年前から農業政策に力を注ぐようになった。歓迎すべきことである。
 新しい党首になってからは、与党の政策に対して修正案を出すというのではなく、与党の政策に根本的に対立する政策を掲げるようになった。根本的な違いを鮮明に際立たせることで、国民が選択し易くし、国民の支持をえて、政権を奪取しようというのである。
 そうした論争を挑むことで、与党に緊張感を与え、農政論争を活性化するという点からみても歓迎すべきことである。
 さて、民主党の農政には公式な政策文書以外のものも含めて、3つの目玉がある。食料自給率を100%にする、という第一の目玉と、選別政策は行わない、という第二の目玉と、自由貿易のもとで直接所得補償政策を充実する、という第三の目玉である。
 筆者の評価は次のとおりである。第一と第二の政策は、ほぼ100点、第三の政策は、ほぼ0点で、総合点は67点である。第三の政策を再検討して、総合点で100点を目指してほしい、というのが筆者の期待である。順次、説明しよう。

◆食料自給率を100%に

 食料自給率の目標を100%にするのは非現実的だ、というのが、おおかたの評価である。政府は5年後に45%という目標を立てたが実現できず、目標年次をさらに五年後に先送りしてしまった。それでも実現はほとんど不可能とみられている。たしかに現行の政策の延長線の上では、不可能だろう。まして、100%目標は夢物語だろう。
 しかし、政権を奪取して政策を根本的に変更しようというのである。官僚に任せて、現行の政策の小手先の手直しをするのではない。官僚支配からの脱却というのは、この党の以前からの念願だった。
 農政に限らず、いま、わが国の政治にとって必要なことは、政治家が夢のある明るい未来を示して、国民の間に充満している閉塞感を打破することである。
 実現不可能などという批判にひるまず、この夢を実現する道筋を、おおまかでよいから描いてほしいものである。政権を取ったときに、政治主導で、官僚の優秀な能力を活かして、詳細な未来像を描けばよい。
 100%目標を実現するには十数年、あるいはそれ以上かかるかも知れない。しかし、多くの国民は目先の、しかも、当てにならない45%よりも、未来の100%を支持するだろう。農業者はこの目標に向かって、バラ色の夢を抱きながら、力強く進んでゆくだろう。

◆選別政策の否定

 選別政策は行わないとする第二の政策から、多くの国民は、この党の農政の根本思想を感じ取って共感しているに違いない。つまり、市場原理に絶対的な信頼をおく市場原理主義との決別であり、弱肉強食を否定して、経済的弱者の痛みに心を分かち合う思想である。
 これは協同組合の思想に通ずるものである。それは、一株一票という金持ちのための民主主義ではなく、一人一票という真に平等な民主主義である。また、これは、目先の利潤追求だけを判断基準にして行動するのではなく、社会に及ぼす全ての影響を、短期的および長期的に熟慮して行動する、全人格的な民主主義である。そしてこれは、古くから伝えられてきた、農村社会の基本原理である。

◆自由貿易に疑問あり

 第三の政策には、筆者は賛成できない。この政策は自由貿易、つまり農産物輸入の自由化をもっと徹底し、関税をゼロにするというものである。その結果、価格が下がり、農業者が困ったら補助金を与えて助けてやればよい、という政策である。
 この政策を議論するには、ごく大雑把でよいから、数字を入れて具体的に検討すべきである。
 コメについて数字を入れて検討すると、次のようになる。関税をゼロにすれば米価は10分の1に下がる。だから、この政策が実行されれば、農業者は10分の1を市場からコメの代金として受取り、10分の9を補助金として政府から受け取ることになる。
 これでは、消費者、つまり国民の要求が市場を通して正確に生産者に伝わる、という市場の長所を全面的に否定することになる。農業者は10分の1しか支払わない国民の要求に応えるのではなく、10分の9を補助してくれる政府の、つまり権力者の顔色をみながら、その要求に応えることになる。それでは農業者の誇りを傷つけることになる。
 筆者がこの政策に賛成できない主な理由はここにある。
 多くの国民は、この党がコメなどの主要な農産物の輸入自由化を原理的に否定して、与党と鋭く対峙することを期待している。

(2006.7.21)


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