農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

協同組合主義再生の時
新しい意味帯びる「相互扶助」
農政ジャーナリスト 鈴木俊彦




 冒頭から私事にわたる昔話で恐縮だが、昭和32年春、家の光協会に就職した時、協会ではジャック・ベイリー著『イギリスの協同組合運動』を発刊した矢先であった。協会常務の高橋芳郎氏(元農協協会副会長)と勝部欣一氏(元日本生協連専務)の共訳による同書は、協同組合運動の祖国イギリスでは、協同組合と労働組合が車の両輪となって社会福祉を拡大させる推進力となってきた歴史を教えていた。
 新入職員であった私は、協同組合運動につながる仕事の意義付けをここに感じ取ることができた。この頃、家の光協会の宮部一郎会長や高橋芳郎氏が推進役となり東畑精一先生を顧問役に頂く形で、第一次協同組合懇話会を運営していた(現在の同懇話会は第二次と言える)。そして私の母校である早大からは古沢磯次郎、時子山常三郎といった学者も東大系の本位田祥男氏らと共にこの会に参加していた。
 さらに遡れば戦後間もなく、昭和20年12月には千石興太郎、黒沢酉蔵らが日本協同党を結成し、井川忠雄(共栄火災創始者)が書記長を務めた。続いて21年5月に結成された協同民主党の委員長には山本美彦(改造社社長)が就任する。そして22年3月にスタートした国民協同党では三木武夫が書記長となり、松村謙三、竹山祐太郎、井出一太郎(丸岡秀子先生の実弟)ら先覚者たちが、協同社会実現の理念に燃えていた。
 半世紀前のその頃、こうした論客は「協同組合主義」の旗の下に結集する。資本主義経済に対して順応(イン・キャピタリズム)、対抗(アゲインスト・キャピタリズム)、そして超克(ビヨンド・キャピタリズム)の三段階を経て協同組合は発展し、資本主義の欠点を補うという使命が強調されていた。
 東畑先生と那須晧氏との共著『協同組合と農業問題』は、こうした協同組合主義の原典であったが、近藤康男氏、井上晴丸氏らから厳しい批判を浴びていた。その理由は、一言で表現すれば、協同組合主義には階級闘争の視点が欠落しているというものであった。当時の社会科学の世界では、階級史観を尺度とすることが常識と見られていたのだ。
 しかしその後、1989年のベルリンの壁崩壊に象徴される社会主義体制のドミノ的倒壊によって、既存のイデオロギーは説得力を失うことになる。これまで空想と見られ軽視されていた協同組合主義も、21世紀に入っての福祉国家思想の甦生と共に見直される機運にある。
 もっとも、ここで抑えておきたいのは、その社会福祉の思想あるいは制度の形成に、19世紀から20世紀にかけての社会主義思想が大きく寄与していることである。政権奪取の手法としてのマルクス・レーニン主義は破産したが、北欧や西欧における社会福祉制度の実現には、マルクス主義の影響も大きい。またスウェーデンのミュルダール、イギリスのストレイチー、オランダのティンバーゲンらの福祉国家論も下地となっている史実に注目したい。
 さらには英国に渡りフェビアン協会の影響を受けたドイツの修正主義者ベルンシュタインの社会改良思想が、農業や手工業改革の強力な導き手となり、ウェッブ夫妻の協同組合思想に繋がっていく。十把一からげに社会主義思想を葬り去ることは賢明でない。
 21世紀社会において協同組合が果たす役割は何か。私は共生の大切さを説く内橋克人氏、「地域福祉」連帯組織のネットワーク展開を主張する大嶋茂男氏(日本生協連OB)と、産消混合型協同組合を提唱される河野直践氏(茨城大教授)の提言から貴重な示唆を頂いている。また、滋賀県環境生協(藤井絢子理事長)や愛知県矢作川漁協、宮城県JAあさひな等のエコロジー運動からも啓示を受けている。
 そこで、私なりに到達しつつある協同組合の行動目標は、(1)福祉の拡大、(2)環境保全、(3)拮抗力(カウンターベーリングパワー)の発揮の3点である。そしてこれはまた21世紀における協同組合の存在理由でもある。
 さらにJAの果たすべき役割に言及するならば、(1)農地利用の結び目(賃貸借・受委託の仲介)、(2)地産地消の結び目(直売店、学校給食など)、(3)助け合いの結び目(高齢者福祉など)、の“3つの結び目”となることだ。
 市場原理一辺倒で格差を拡大させた新自由主義への対抗軸として、今や協同組合主義が再生すべき時と考える。伝統的な理念である「相互扶助」が格差社会と高齢化社会を前にして、新しい意味合いを帯びてきた。
 ただし、殊更にこの主義を正面切って旗印とすることは、ためらわれる。むしろ、さまざまな社会改革の根源を探ると「そこに協同組合がある。協同組合に突き当たる」という形が自然なのではあるまいか。私が敢えて「かくし味としての協同組合」を唱える理由はそこにあり、近著『協同組合の理念とビジョン』(農林統計協会)を執筆した動機もこのあたりにある。

 すずき・としひこ
1933年静岡県生まれ。早大法学部卒。1957年家の光協会入会。全中広報局出向、大阪支所編集駐在等を経て出版編集長、地上編集長、電波報道部長等を歴任。日本ペンクラブ、農政ジャーナリストの会等に所属。著書は「協同人物伝」(全国協同出版)、「日本農業最前線」(農林統計協会)他多数。
(2006.12.21)


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