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シリーズ この人に聞く 参議院選挙・農政の焦点 ―― 8


「この人に聞く 参議院選挙 農政の焦点」を終えて

今 農政に求められているものは
米価下落に政治の「責任」という認識弱く
後藤 光蔵 武蔵大学教授


 農業に関する国民の最も強い関心は低い日本の食料自給率にある。それを受け止め新基本法はその名前を「食料・農業・農村基本法」と「食料」で始め、色々議論はあったが自給率目標が平成22年45%と設定された。その新基本法が作られてから2年、新基本法に基づく具体的目標を定めた「食料・農業・農村基本計画」が作られてから1年強が経った。しかし食料自給率の低下に歯止めがかかる様子は見られない。むしろ米価の傾向的下落で担い手となるべき中核的稲作農家層が打撃を受けている。新鮮さが命の野菜さえ輸入が急増しセーフガードの発動が問題になる等、事態は深刻さを増している。10年後の自給率目標、45%が達成可能であると言える人は恐らくだれもいまい。それが現状である。
 なぜそうなのか、この事態を打開して確固とした農業の担い手を育て、自給率を上昇に転じさせるためにはどのような農政が必要なのか。このシリーズではそのような問題意識の下に主な政党の農政の専門家にインタビューを行ってきた。
 今回は中心的な問題と考えられる4点についてのインタビューのまとめである。

(ごとうみつぞう)
昭和20年8月富山県生まれ。
東京大学大学院終了。農学博士。現在武蔵大学経済学部教授。主な著書に「日本農業経営の展開方向」(山崎農業研究所編『21世紀農政の課題ー価値観の転換と農業・農村』農山漁村文化協会、所収)など。
米価の傾向的下落
政治の責任の認識と言われても仕方ない

 1つはこの間の米価の傾向的下落の原因をどのように見るかという問題である。米価の下落は稲作の中核的な担い手に最も大きな打撃を与えているという点で深刻かつ重大な問題である。にも係わらず話を聞いている限り、この原因としての政治の責任という認識が、多くの政党には弱いと感じられた。需要と供給の不均衡が主たる原因であるとし、与党であるならば自ら実行してきた農政の反省が、野党であるならば与党の政策への批判が、弱いのである。
 米の需給の不均衡は30年にもわたって生産調整を続けてきているのだから自明のことである。そのことは十分承知の上で、規制の緩和、市場原理の導入という米政策の転換が、農政転換の象徴として行われてきたのである。食管法の廃止・新食糧法の施行に際して、米価下落の歯止めがなくなったという強い批判があったこと1つ考えても、現在の米価下落の主要因を需給の不均衡に求めるとすればそれは政治の責任放棄と言われても仕方がないだろう。規制緩和、市場原理導入がもたらすであろう事態を見通すことが出来ず、セイフテイーネットの張り方が不充分なため対策は後追い後追いとなってきた。
 今後、どのような施策、例えば次に見る農業経営所得安定対策がとられようとも、生産調整の在り方、備蓄制度の在り方、MA米の処理等を含め、米価の傾向的下落の原因の分析は欠かせない。例えば現在の備蓄制度は回転備蓄を原則とし翌年市場に放出されるのであるから、市場への圧力となる。特に過剰局面では強い価格下落圧力となるだろう。にもかかわらずこのような問題に具体的に触れながら米価下落の政治の責任を論じた党は少なかったというのが印象である。

農業経営所得安定対策
切り札と語られるが具体的検討はまだ

 2つ目は現在、自民党や農水省で検討されている農業経営所得安定対策についてである。この農業経営所得安定対策はその内容が固まっていないにもかかわらず、インタビューの印象では現在の事態を解決する切り札のように語られる傾向が強かった。一般的にも宣伝・イメージが先行し、農家の期待も大きくなっている感が強い。それによって現在の事態の原因の分析があいまいにされるという問題もある。
 この経営所得安定対策については、第1に十分な内容を持ったものとして具体化されるかどうかという問題がある。その水準や安定性等セイフテイーネットとして十分なものになるかどうか、この施策への期待が語られるわりには各党の具体的検討はまだまだという感じを受けた。活発な議論を期待したい点である。施策が後追いにならぬためには、セイフテイーネットはまず大きく張られる必要がある。担い手の確立にしたがって縮小していくべきで逆であってはならない。第2の問題は対象を一部の経営、40万というようなことがいわれているが、に絞る方向で具体化が検討されている点についてである。この考えは、インタビューでは自民党と公明党に強かった。安定的な農業の担い手を育てることが必要で、そのためには対象を明確にして施策を集中することが重要であると考えているからである。逆に社民党や共産党にこの考え方への批判が強い。現在の緊急かつ重要な課題である自給率の向上はこのような考え方に立っては実現不可能と考えているからであろう。専業農家も兼業農家それぞれの役割を果たすことによって農村が成り立ち農業生産が維持されている現実を踏まえ、この多様な担い手の生産意欲を高めていくことこそ自給率の向上にとって必要と思われる。価格政策の強化を訴える自由党や共産党もそのような考えに立っていると思われる。また、担い手が育ち生産を拡大していくスピードが、政策の対象外とされた兼業農家等が担っている生産が減少していくスピードを上回らない限り担い手への施策の集中は自給率の向上に結びつかない。先の選別政策が考え方として正しいとしてもこのような想定が現実的であるかどうかという問題もある。第3として、先に価格下落の原因の分析が必要だと記したが、そこで得られた結論に基づく施策が、経営所得安定対策と同時に、また関連性をもって具体化される必要があろう。
 施策の対象の絞り込みは今後農政全体について強められることは確実である。5月の政府経済財政諮問会議に出された武部農相私案は意欲と能力のある経営体を育成の対象として限定し、それ以外の農家は産業政策としての農業政策の対象とせず、農村政策の対象としてのみ位置付けることを明確にしているからである。私は抽象的にいえば全体のベースを引き上げる施策と担い手を対象とする施策の重層的な展開が不可欠であると考えている。

セーフガード
7つの党すべてが「発動やむなし」

 3つめは暫定セーフガードの発動についてである。今回の暫定セーフガードの発動については、7つの党全てが発動をやむをえないとしている。しかしその評価のベースにある各党の考えが、農業外からの批判や輸出国からの批判に耐えられものであり、あるいは輸出国の農民との議論をも可能するような広がりを持ったものであるかどうかについていえば差があるように思われる。自由貿易原則に立って、それに適合できる構造を作るため猶予としてのセーフガードという考えでは不十分だろう。そのような考え方では日本に農業を存続させることは困難である。先進国農業とは規模において途上国農業とは労賃において格差が決定的だからである。食料の輸入がもたらす問題と同時に、輸出に特化した輸出野菜産地の将来がその地域に真の繁栄をもたらすのかどうか、実態を踏まえた議論が、また日本の企業が関与した開発輸入であるから、広がりをもった議論が今後ぜひとも必要とされる。

WTO農業交渉
日本提案良しとし各党実現へ応援

 4つ目はWTO農業交渉である。出されている日本提案を良としその実現にむけ応援しようというのが各党の姿勢であるように思われた。共産党だけは日本提案の性格をWTO枠組みを是認した上で若干の主張を実現しようとするものでそれでは日本農業は守れないと批判する。食料自給を国の主権として認めることが必要で、その上に立って米は農業協定から外す、つまり自由化の対象にはしないという主張をすべきであるとしている。印象に残ったこととして、共産党の主張が国会の場でも以前のように問題にされないという状況ではなくなってきているという話があった。今後の農業交渉はこの話に象徴されるように日本のまた世界の状況が変化する中で行われる。それを踏まえて考える必要があろう。
 最後に環境保全型農業を日本でどのように定着させるかも大きな関心である。直接支払いの対象にという主張を含め民主党や社民党、公明党がこのことに触れている。
 各党の農業関係の責任者・専門家がインタビューに応じてくれたのだが、政党の見解なのか議員個人の見解なのか区別し難たい点もあった。とはいえ読み返してもらえれば、自由党が主食用穀物の完全自給を打ち出していること、地域農業全体を支えるシステムという社民党の主張、保守党が基盤整備の重要性を強調していること等、ここで触れることの出来なかった各党の農業政策の特徴の一端を知ることができるであろう。


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