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シリーズ 生産現場からみたコメ改革
(福岡県)
強まる「市場原理任せ」自給率引上げ、
農の発展とは両立せず


村田 武 九州大学大学院農学研究院教授

 「米政策改革大綱」をどうみるか、福岡県の生産現場から生の声を伝える。村田の司会のもとに、JA福岡中央会の高武孝充教育センター長と、福岡市の西隣りの前原市で20ヘクタールの水田経営を行ない、福岡県稲作経営者協議会会長でもある井田磯弘さん(65歳)と話し合った。

◆国は基本理念捨てたのか 米は主食、経済・文化の源

村田 武氏
(むらた・たけし) 昭和17年福岡県生まれ。昭和41年京都大学経済学部卒業。昭和44年同大学院経済学研究科博士課程中退、同年大阪外国語大学(ドイツ語学科)助手、講師、助教授を経て、56年金沢大学経済学部助教授、61年教授、平成10年九州大学農学部教授(農政学教室)、12年九州大学大学院農学研究院教授、現在に至る、経済学博士(京都大学)。主著に『問われるガット農産物自由貿易』(編集、筑波書房、1995年)、『世界貿易と農業政策』(ミネルヴァ書房、1996年)、『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)、『中国黒龍江省のコメ輸出戦略』(監修、家の光協会、2001年)。

 村田 食糧庁の「生産調整に関する研究会」が昨年11月末に、「水田農業政策・米政策再構築の基本構想」(以下「基本構想」)をまとめ、国はこの基本構想を受ける形で12月3日に、「米政策改革大綱」(以下「改革大綱」)を発表しました。
 さて、まず高武さんに聞きたいのは、改革大綱をどうみるかですが、農業者・農業者団体、つまりJAが主体となる生産調整システムはうまく機能しそうですか。

 高武 ポイントは、大きく分けて5つあると考えています。
 第1は、JA主体による生産調整です。第三者機関による需給情報をもとに、平成20年度からの農業者・農業者団体自らの主体的な判断による生産調整の実施を前提にしていますが、JAが取り扱っている米のシェアは50%を割っています。JA陣営では、これが果たしてうまく機能するのだろうかという不安を誰でも抱えていると思います。
 「農業者・農業者団体が主体となる」ということは、米が過剰になれば価格は下がるのが当然であって、その責任は生産者自身の責任であるとする市場原理主義の方向を徹底して追求するというものです。国は、米は主食であり、農村経済と文化の源泉であるという基本理念を捨てたのでしょうか。
 これに関連して気がかりなのは、カルテルの問題です。米の生産調整は一種のカルテルではないかという指摘がなされました。国策としての生産調整はカルテルには該当しないという整理がなされていますが、農業者・農業者団体の自主的な生産調整ということになれば、カルテルではないと理論的に主張できるのかどうか。
 第2は、当面の需給調整のあり方です。生産数量による配分に転換することを前提として、豊作分は翌年の生産数量から減少させ、過剰分については「過剰米短期融資制度の活用と区分出荷」によって需要開拓に結びつけるとしています。つまり、過剰分については主食と切り離して流通させ、ミニマム・アクセス米によって下がった加工用米需要の国産米シェアを回復させようというものです。一見すると、過剰米短期融資制度はアメリカが実施しているマーケティング・ローン(短期融資制度)のように見えますが、アメリカの制度は市場隔離をして価格回復をはかるという点で大きく異なります。言い換えると、生産者には「区分出荷した米を担保にして60キログラム3000円程度を融資しますが、返さなくてもいいので、安い米と納得の上で農業者団体に出荷して下さい」ということです。
 第3は、適正表示とトレーサビリティ・システムの導入です。とくにトレーサビリティ・システムの導入は、消費者のニーズとはいえコストがかかることは覚悟しなければならないのに、それで米価格が上がるという保証はどこにもありません。
 第4は、担い手への経営安定対策の問題です。つまり、「改革大綱」が示した経営安定対策は、ほんとうに担い手の農業経営を安定させるセーフティネットかということです。「改革大綱」は、財政負担の大きい稲作経営安定対策を廃止する代わりに、生産調整実施者を対象とした「米価下落影響緩和対策」に上乗せして、「担い手経営安定対策」を導入するようです。前者は、国と生産者の拠出割合を1対1として資金造成し、担い手経営安定対策の補てん水準は過去3年の稲作基準収入に対して減収分の8割補てんを上限に、米価下落影響緩和対策で交付された金額を差し引いた補てん額とされているようです。過剰基調のもとでの米価下落による稲作収入の減少は避けられないなかで、私はこれでは「効率的安定的な」担い手に対するセーフティネットとはいえないと思います。生産者である井田さんの意見を聞きたいものです。
 第5は、計画流通米と計画外流通米の区分廃止です。JAの米販売事業の抜本的な見直しが求められていますが、小手先の見直しでは今以上JAに米が集まってくることを期待できません。

◆担い手経営安定対策 恩恵受けられないことも

 村田 井田さんは「改革大綱」をどう見ますか。

 井田 私は、水田経営面積20ヘクタールで、14年度の転作配分面積が9ヘクタール(44・5%)だったので、水稲11ヘクタール、転作として飼料用稲(ホールクロップ)6ヘクタール、麦3ヘクタールを取り組みました。
 「改革大綱」は、第1に生産調整が、生産目標数量であれ目標面積であれ、それが全国で一律に公平に配分されるという前提ならば、生産者の自主的な判断で経営を行なうという方向に基本的な異論はありません。従来から、稲作専業農家にはもっと米を自由に作らせろと言ってきましたから。しかし、現実には、そうはなってはいないようです。東北や北陸などいわゆる良食味米主産地では、もう今年産から減反を無視する動きを押さえられないのではないかと危惧します。改革大綱は経営者の自主判断で需給調整がなされるのがあるべき姿だというのだから、米の売れる産地では「それっ、作れ!」となっても不思議ではありません。
 第2に、改革大綱の担い手経営安定対策です。私たちのような専業農家には、米価下落影響緩和対策に加えて担い手経営安定対策を導入するとなっています。これが今までの稲作経営安定対策と比較して、ほんとうに経営が安定するのかどうかまだ不明確な部分が多いのですが、予想される範囲で試算してみました。
 現在の稲作経営安定対策では、基準価格(ヒノヒカリ)は過去7年のうちの5年平均で60キログラム1万6921円、14年産の米価格が1万5153円なので、差額は1768円になります。私は9割補てんの対象ですから1591円の補てん金が交付されます。反収は480キログラムなので、10アール当たりでは1万2730円になります。
 「改革大綱」で示された経営安定対策は、産地づくり推進交付金に含まれる米価下落影響緩和対策と、新たな担い手経営安定対策の二段構えとなっています。まず、米価下落影響緩和対策での補てん金は、「200円+基準価格と当年産との差額の50%」なので、60キログラム912円の補てん金になります。10アール当たりでは7296円です。補てん金は、これでは現在の稲作経営安定対策よりも10アール当たり5434円のマイナスです。
 他方、担い手経営安定対策を適用した場合は、福岡県での基準収入(価格×収量の直近3年平均)を過去のデータから推計すると10アール当たり12万5032円になります。私の14年産の稲作収入は、10アール当たり12万1224円となりました。改革大綱では基準収入と私の収入との差額の8割が補てん限度額になっていますから、10アール当たり限度額は差額3808円の8割、つまり3046円になります。しかし、米価下落影響緩和対策ですでに7296円の補てん金を受けていますから、せっかくの担い手経営安定対策の恩恵は受けられないことになります。

 高武 井田さんの試算によれば、担い手経営安定対策の恩恵を最大限受けるには、もともと米麦二毛作地帯ですから、福岡県では産地づくり推進交付金をすべて「産地づくり対策」に当てて、米価下落影響緩和対策は実施しないという考えもできますね。担い手経営安定対策の原資はすべて国庫負担なので、生産者の拠出金はありませんよね。

 村田 なるほど、現在の稲作経営安定対策の補てん金よりも低い米価下落影響緩和対策の補てん金水準でありながら、選別政策の目玉である認定農業者等に対する担い手経営安定対策の恩恵が受けられないというケースがあるということですね。全国の担い手はどれくらい理解しているのでしょうか。
 補てん金水準に問題があることはわかりました。これに加えて拠出割合は稲作経営安定対策では生産者1に対して国3の割合になっていましたが、今回は1対1となっているようです。井田さんの場合はどうなりますか。補てん金の交付金はいままでの稲作経営安定対策と比較して実質マイナスとなるのではないですか。

 井田 実際、拠出金割合も不利になると考えています。試算してみると、従来の稲作経営安定対策では、補てん基準価格の2.25%ですから、1万6921円の2.25%は380円になり、10アール当たりでは3040円です。国が6.75%なので、60キログラム当たり1142円、10アール当たりでは9136円分、合計すると稲作経営安定資金は60キログラム当たり1522円、10アール当たりでは1万2176円造成されていることになります。
 今回の「改革大綱」では1対1ですから、生産者の拠出は60キログラム当たり761円、10アール当たり6088円になります。10アール当たりで3040円から6088円に、3048円の負担増、私の11ヘクタール稲作経営では33万5280円の負担増です。前に述べたように、補てん交付金は一定限度の打ち切りですから、経営安定対策に加入するのは担い手にとっても考えものですね。

◆米国やEUの生産費補てん わが国にも欠かせない政策

 村田 私は、担い手経営安定対策の対象を一定の経営規模以上の認定農業者や集落的経営体なるものに限定するような選別政策は問題だと考えてきましたが、井田さんのお話を聞いて、担い手経営にとっても期待はずれですね。

 井田 もう1つ問題にしたいのは、米価下落影響緩和対策にしろ、担い手経営安定対策にしろ、補てん基準価格や収入が過去3年の平均市場価格を基準にしていることです。担い手経営をほんとうに安定させるには、米生産費、それは何も全農家の生産費でなく認定農業者の平均的生産費でよいと思いますが、今後はさらに米価が下がるものと考えざるをえず、生産費を補てんしないかぎり経営安定は望めません。

 村田 そのとおりですね。
 さて、WTO農業交渉が輸出国本位のモダリティー案をめぐって混乱しています。わが国の非貿易的関心事項に配慮しての漸進的な自由化要求の実現は容易ではなさそうです。私も、アメリカなど農産物輸出国のめちゃな自由化要求には怒りを覚えます。
 しかし、政府は、WTO新ラウンドの農業交渉では「農業のもつ多面的機能」と各国の農業の共存を叫びながら、「改革大綱」の方向が「米は市場原理に任せる」方向をますます強めていることは全く解せないことです。担い手経営に自主的な経営判断で米ビジネスへの参入を煽ることと、自給率を引き上げ、水田を維持して農業の多面的機能の発揮を確保する戦略とは両立しがたいものです。農業の国際競争力が最強であるはずのアメリカでさえ、2002年農業法では「価格変動対応型直接支払い」という生産費を補てんする事実上の不足払いを復活させています。EUは農産物貿易の自由化は避けがたいにしても、それは「農民を見捨てることではない」としています。効率的安定的担い手経営を創出するためにも、アメリカやEUの政策はわが国にも欠かせない政策だと思います。 (2003.4.9)




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