農業協同組合新聞 JACOM
   

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シリーズ 農協のあり方を探る−1
(対談)
「農協のあり方研究会報告」をどう読むか
協同組合本来の立場から資本に対抗する改革こそ


小島 正興 JA経済事業刷新委員会座長(農協のあり方についての研究会委員)
梶井 功 東京農工大学名誉教授


 本紙ではJAグループの経済事業のあり方などを含め今後の農協を考える「シリーズ・農協のあり方を探る」をスタートさせる。この秋に開催されるJA全国大会に向けての議案も組織協議が開始されるが、本シリーズでは現場の事業改革などに役立てるよう専門家などから提言してもらう。今回は、3月末に示された「農協のあり方についての研究会」の報告書をめぐって、同研究会の委員でJA経済事業刷新委員会座長の小島正興氏と梶井功東京農工大学名誉教授に話し合ってもらった。研究会の議論が、協同組合としての農協をふまえたものだったのかどうか、問題指摘が続出した。


◆検討に欠かせなかった組合員たちの声

 梶井 農協のあり方研究会の報告書は、農協についての問題を指摘し、広く国民各層から評価される農協系統になることが求められる、としています。
 しかし、農協は農業者の自主的な組織ですから、まずそのメンバーである組合員が農協についていったい何を問題にしているのか、という点から問題を立てていくべきだったと思います。
 なぜ、そうならなかったかと言えば、経済財政諮問会議や総合規制改革会議で、ずいぶん農協系統について注文が出て、こういった会議で指摘された改革要求をそっくり受け入れて議論をしたからではないかと思いますが。

小島正興氏
こじま・まさおき 大正13年神奈川県生まれ。昭和22年東京大学農学部農業経済学科卒業、経済安定本部に入り、26年丸紅(株)、60年専務で退任、セコム(株)に移り、副社長、副会長を経て平成10年退任。農林中金監事(非常勤)、東洋経済新報社監査役現任中。農業会議所学識経験会員、日本農業法人協会理事、広報学会理事等。

 小島 たしかに研究会の問題意識には非常に大きな問題があると思います。規制緩和や独禁法の問題など、他の行政部門から農協への批判や問題の投げかけがあって、これに対して考えなくてはならないという問題が出てきたことと、もう1つは農協の農産物に対する国民の不信、とくに産地偽装問題や無登録農薬問題などがあって、これに対する対応、つまり、国民の農協不信に対してどう対応するかという問題があったわけです。
 それから農政の問題としては、たとえば日本の自給率が向上しないのは農協の経済事業のあり方に問題があるからだとか、また、農協のあり方が相変わらず戦後の小規模農家を中心とした組織で、農業経営が経済的に立ちゆくためには大規模化していかなくてはいけないにもかかわらず、農協は小規模農家を主体として均一なサービスを提供している、という問題意識もあったと思います。

◆農政の責任は明確にされたのか

 小島 ただ、この点についてはそれでは「何時、そういう農政に転換したのか」と研究会でも問題になりました。転換したことがはっきりしないのに、なぜ農協だけ問題にされるのかと。ずいぶん問題になりましたね。農政の転換と農協のあり方は非常に関連しているはずなのに、農協の責任なのか、行政の責任なのか、はっきりしないまま農協の経済事業のあり方を改革すべきだという議論はおかしい、とかなり議論にはなりました。

梶井 功氏
かじい・いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 梶井 産地偽装表示問題など農協にとって反省しなければならないことはありました。それは確かですが、反省して今後どうするのか考えるなら、コンプライアンス(法令遵守)を強調する程度ではすまないのであって、本来、農協の事業とはどういうものか、に立ち返っての議論こそが必要だったと思います。

 小島 農協の事業自身をどうすべきかを考えるといいながら、どこに事業としての問題点があるのかという議論はあまりされていないですね。本来はそこを反省しなければならなかった。ところが、ここにうまくやっているJAがあります、一方、うまくいっていないJAも多いですね、では、うまくやっているJAをみんなが目指しましょう、という話でしかなくなった。これでは新しく農協の事業としてどこに課題があるのか、明示されたとはいえないと思います。

◆協同組合の原則を改正農協法はふまえているのか

 梶井 協同組合の本来の性格からして農協の事業はこうあるべきという点についての反省がない。実は、この点についての農水省の責任もあると思っています。
 というのは、もともと農協法には、組合の事業に対する組合員への教育ということが農協のやるべき重要な事業として明記されていた。それを法改正のたびに削っていって、最終的にこの間の改正でついに教育という言葉を組合の事業から消してしまった。協同組合の組合員とはいったいどういうものであるか、それを組合員にも職員にも教育することを本来はやらなくてはいけない。ICA(国際協同組合同盟)が掲げている21世紀の協同組合の原則にも、教育ということが入っています。それを日本の農協はなくしてしまった。これは農協の側にも問題がありますが、法律改正を担当する農水省の責任ですよ。そうやって農協を単なる事業体にしてしまったということがあると思います。

 小島 そうした議論がまったくなかったわけではありませんが、最終的な報告書ではそれが反映されていませんし、そのような問題意識を持っている委員が少なかったということですね。
 これは、担い手についても同様です。農地法上での農家と、今問題となっている担い手はどう違うのか、それも議論されていない。そこをきちんと整理しておいてから、今後の農協は小規模農家を除外して担い手農家を中心とした組織にするんだ、という話になっていくのならそれはそれで分からなくもない。

◆「平等から公平へ」の転換は組合員との議論で

 梶井 農協は担い手を中心とした事業に切り替えるべきという指摘が報告書にありますが、かねてから農協は高能率の生産単位をどうつくるかを課題とし、そのためには、農業構造の現実に立って集落組織を重視すべきという考え方でした。
 これは今でも大事なことで、高能率の生産単位を個別経営というかたちでつくるのか、集落営農という組織で築いていくのかは大きな問題です。つまり、高能率の生産単位をどうつくるのかということと、事業の対象を担い手に限定してしまう問題とは別だということです。その区別をしないで、農協の事業は行政の言う担い手を中心にすべきだということになってしまっている。

 小島 ただ、行政だけではなく農協にも問題がある。農協側自身がそういう議論をやりたがらないわけです。改革は必要で、ごく小規模な農家に対しても、大規模農家と同じように平等な経済的メリットをいつまでも与えなければいけないということはありえないわけですから。

 梶井 その経済的メリットの与え方にしても、まさに農協の事業としてどうするのかは組合員と議論して決めるべきことですね。

 小島 そうです。うまく行っている農協をモデルにしてある規範を作り、これに従おうということでは事業改革は進むはずがないと私も思っています。

◆全農が先頭に立ち全中が後押しすべき

 梶井 非常に気になったのは中央会が経済事業版自主ルールという規範をつくるという点です。経済事業については、その事業主体の全農が規範をつくって改革をすすめるべきということならまだ分かりますが。

 小島 それはそのとおりで、本来は全農がやるべきことです。教育とか指導というと全中の仕事だと思ってしまっているわけですよ。それは戦後の農協運動では、米の問題で米価闘争など全中のほうがリーダシップを取り始めたという経緯があるからだと思います。そのために全中の役割が非常にクローズアップされてきた。逆に全農は、輸入の飼料作物や肥料を扱うようになるなど、商社的になってきたわけですね。これが今までの経過だったと思います。そこで農水省としては経済事業について新しい規範を設けて改革をしていこうというときに、全中が指導すべきだろうという認識になっている。
 しかし、全農が、JA、経済連の経営としての自立を考えるのは当たり前の話ですね。今回は農政の後ろ盾をもって全中が指導していくという方向を出しているわけですが、本来的に言えば、経済事業の改革はまさに自発的、自律的なものであって、こうすべきであるとか、あるいは金融のように自己資本比率や不良債権処理に対する準備金などといった目標が立てられる世界とは全然違うわけです。
 ご指摘のように全農がいかに自主的に改革していくか、それが主体になるべきで、そこを後押しするのが全中ということだと思いますし、私が座長を務めているJA経済事業刷新委員会ではそういう考え方で議論しています。

◆農協の財務基準の見直しも課題に

 梶井 ところで、報告書では、経済事業は赤字で信用、共済事業の利益の補てんで農協の経営が成り立っているという分析になっています。ただ、私は部門別純損益の出し方について、各部門損益から共通管理費負担分を差し引いて純損益を出すことになっているわけですが、その共通管理費の負担のあり方が実態に合っているのか見直してみる必要があると考えています。
 たとえば、営農指導事業の問題にしても、それが販売事業の収益につながり、販売事業の収益が信用事業の貯金吸収力と直結しているわけですね。その点でいえば、たとえば信用事業について部門単独の人数割合で管理費を配分するという計算でいいのかどうかです。農協の財務処理基準は農水省がかなり以前に決めたわけですが、このままでいいのかどうか検討する必要はあると思います。

 小島 ただ、共通管理費の配賦基準に問題はあるとしても、管理費が高いことは事実です。管理費が高いということがどうして明らかになるかといえば、やはり部門別損益を厳しく見ていってはじめて管理費が高いことが出てくるわけですね。それを共通管理費の配賦という形で薄めてしまうと、本当の損益が分からなくなってしまう面はあります。だから、ある程度不合理な配賦基準であったとしても、それを問題にするよりは、逆に共通管理費をいかに引き下げて節約していくかという話にならなければいけないのだろうと思います。

 梶井 ご指摘の点は分かりますが、部門損益それ自体をどうきっちりと詰めてみていくのかという議論は必要だと思います。

 小島 それはそうでしょうね。まさにそこが今後の改革の中身ということになると思います。

◆強大なバイイングパワーにどう対抗するかこそ課題

 梶井 また、報告書では、経済事業改革の方向としてJAによる直接販売の拡大を提言して、全農はJAの補完機能に徹するべきとしていますね。なぜこういう提言になるのか私は理解できません。

 小島 同感ですね。不経済ですよ。スーパー・マーケットでもコンビニでもナショナル・チェーンがこれだけ大きくなって、向こうのバイイングパワーがどんどん大きくなっている。それなのにJAが個別に販売していくというのは、価格交渉力から言えば月とすっぽんの差になってしまうわけです。

 梶井 それこそまさに全農がしっかり販売しなければ市場対抗力はない。卸売市場の機能が低下してきて、スーパーなどのバイイングパワーが強くなったという状況変化があるという分析が議論の際には大事なんですよね。それをベースにしないで、消費者ニーズに対応するためにJAの直接販売の拡大を、というだけでは全然迫力がないですよね。

 小島 どうも消費者団体と生産者団体が細々と議論しているような雰囲気があって、本来、今の経済の実態を大きく支配しているのは大資本なんだという認識が不足していましたね。大資本に対抗していくためには、協同組合はもっとまとまっていかなければならないという議論が出てくるべきですよ。

 梶井 大資本に対抗していくためにこそ協同組合ができたんですから。

 小島 それに関連することですが、研究会で議論しなかったことは、系統経済事業の主体である全農全国本部と県本部、経済連のガバナンスの問題です。経営指導、指揮・命令、あるいは責任の負い方などをどうするかですね。こういうガバナンスの問題をクリアして、一体として運営される必要がある。経済事業の不祥事もそこに問題があったわけですが、研究会では一切議論してこなかった。
 今回の研究会は、農協のあり方の問題点はある程度はっきりさせたとは思います。ただ、それを具体的に実践していくには非常にむずかしいということです。たとえば、数値目標を掲げて実行していくといいますが、そう簡単に数値目標を掲げられる問題ばかりでもないと思いますし、また、一律の規範を決めればすむということでもないでしょう。ですから、この報告は、全農なら全農に改革をきっちり考えてもらう口火、土台になってくれればいいと思っています。
 また、同時に行政のほうも農協との関係について転機にあるという自覚をもって、農政自身も考えなおさなくてはいけない。私は、今回の議論を“農政のあり方研究”の端緒にしなければならないとも考えています。

 梶井 引き続き議論を巻き起こしていかなければならないと思います。ありがとうございました。

(2003.4.23)

対談を終えて

 「今回の議論を“農政のあり方研究”の端緒にしなければならない…」と小島さんは言われる。賛成である。
 例えば、“改革が遅れたJAが多数存在したままでは、…官民共同の行動目標とされている食料自給率の向上…に十分な役割を発揮していけないのではないかという指摘もなされている”という文章が研究会報告書の中にある。しかし、「消費者に軸足を移す」ことになった農政は、農業、そして農業者からは軸足を抜きつつあり、『「食」と「農」の再生プラン』(02.4)、『再生プラン工程表』(02.6)、『総理指示事項「国民の期待に応える食料産業の活性化と農業の構造改革を推進する制度・政策改革』(02.8)のどれにも、自給率向上はおろか、自給率という言葉も出さなくなっている。“官民共同の行動目標”といいながら、官は逃げたとしか思えない昨今の農政である。“農政のあり方研究”を深めることこそ急務になっている。 (梶井)



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