農業協同組合新聞 JACOM
   

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シリーズ みちのくを生きる女性たち 第4回
自分のあるがままの「モモ」
簾内敬司

森澤和貴子さん


森澤和貴子さん
(もりさわわきこ)
1952年生まれ。52歳。
 「濾過(ろか)器みたいなひと」と評していいだろうか。森澤和貴子さんが経営する「モモ」に通う客たちによれば、和貴子さんと会っているうちに、洗われてくるという。いい顔になっていくというのだ。
 「私って、自分は自分のまんまでいいんだって思うんです。むずかしくてわからないことがあっても、わからないことは、わからないままでいいんだって思う。無理してわかろうとしなくても。人間関係で言えば、話し相手にはなれなくても、黙って見ていたり、黙って聞いてあげたりする聞き手にはなれるということがありますでしょ。もともとがひっこみ思案で、こどもの頃から無口な女の子だったから」
 そう言って屈託なく笑った。たぶん、その笑顔が人びとを洗って、それぞれのいい顔を現わしていくのだろう。「洗われる」は「現われる」ということだ。
 5人きょうだいの末っ子の長女。1年か2年でつぶれてもそれでもいい、と思っていたという「モモ」だが、この7月でもう12年になる。
 世界自然遺産の白神山地のふもと、秋田県山本郡二ツ井町。「モモ」は築70年ほどの土蔵だ。夏は土蔵全体がいっぱいの蔦(つた)の緑につつまれている。こうした土蔵も昔はそこかしこにあったものだが、いまでは珍しくなってしまった。店の名前の由来は、時間泥棒に盗まれた時間を人びとに取り戻してくれた女の子。ミヒャエル・エンデの物語の主人公の、あの「モモ」だ。
 モモがどこからともなくやってきて、「わたし、ここにいたいの」と言ったとき、町の人たちがいろいろなものを持ち寄って、見ず知らずの女の子の居場所をつくってくれた。そのようにして、和貴子さんの居場所もまたつくられたということだろう。和貴子さん自身、隣りの能代市から車で30分の通勤をする「よそ者」だ。
 土蔵の入口の看板には「モモ」とある以外に、レストランとも喫茶店とも書かれていない。だが、カレーもあれば、手づくりのクッキーやケーキもあるし、コーヒーもビールもチャイもある。店内で「陶芸家の食器展」を催したりもする。フェアトレードによるネパールやバングラデシュの女性たちの刺繍や手織りといった布製品の展示即売会もやる。「モモ」はそうした出会いの、ちいさな広場であり、交差点のようでもある。
 20年前は「たまごの仲間」という共同購入グループの仕掛人だった。自分が無理なく手がけられる規模として50世帯を組織した。有精卵や有機野菜をつくる農家と結んで、地域内流通の先駆けだった。「ずいぶんいろんなことを教えられた」というその活動は、いまもゆっくりと続いている。
 「モモ」を始める前、自分の「とりえ」について考えたという。そうすると、とたんに苦しくなった。他者と自分を較べたりして優劣を見い出すのは、自分を苦しくさせるだけ。自分は自分のあるがままでいい。特に「とりえ」などなくても。そう思うことにした。すると、友人に、「あなたのとりえはプロデュースだよ」と言われた。自分ではまったく気付かなかった。
 「自分にあったものは、商売の経験でも何でもなく、願いということでしたよね。ちっぽけでも、そういうことができたらいいな、という程度の気持ちでも、願いがあるんだったら、やってみていいんだよ、やってごらんよと、だんだんそういうふうに自分を押し出していったんです」
 そうして開店にこぎつけると、ある日、「おれのことおぼえているか」という客がきた。養豚農家だという。10年前、豚さえ出荷してしまえば責任はそれでおしまいというわけにはいかない、と和貴子さんに言われたのだという。その後、食肉加工に関するさまざまの資格の取得に取り組み、生産・加工・販売という「手づくり産直」の一貫体系までこぎつけたというのだ。10年がかりだったが、その報告にきたのだった。
 また、ある客は、モチを商品化したいのだが、うまくいかないという。コメ農家だった。和貴子さんはひとこと、「モチはモチ屋よ」と答えた。隣り町のモチづくりをしている人を紹介し、段取りを手伝ってやった。やがて、モチは評判の商品になった。
 願いが叶えられるには、いつでも、というわけにはいかない。和貴子さんに言わせれば、人それぞれの「折り」があるのだという。遠回りの道が、じつは近道だったということもある。それぞれの願いが「折り」を待っている。その訪れまで、「モモ」は誰にでもゆっくりと糸を巻かれている糸車のようだ。そのゆるやかさがいい。
 「私って、仕事もスタッフにまかせっきり。何もしてない。だから、スタッフたちが店主に間違えられたりするんです」
 作為がない。自分のあるがままでいい。そうした清楚な生き方が、昔はあった。作為だらけで、自己主張の油ぎった昨今の世のなかにあっては、希有のことだろう。 (2003.7.30)


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